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効率を上げるのには限度がある。

効率を阻む要素

どうしても調子の悪い時間はある

 
 気分が滅入っている、好きなスポーツの好きなチームが敗退した、等の心理的状態で、効率ががくんと落ちることはある。

体調に依存する

 二日酔いで調子が出なかったり、お腹が痛くて目が回ることはある。こんな時に効率の話をされてもしょうがない。

思考等の効率重視ではない作業もある

 いいアイデアを出そうと思っても、効率重視でできたら問題ない。問題は出てくるかどうかじゃないのか?!

存在重視の時間もある

 ミーティングは出なきゃいけないんだよ。出ることが大切。

 といった要素があって、効率が効率が、といってもどうしても効率を保つことができない場合もある。
 しかし、一体私はどこから効率を重要視し始めたのだろう?

そもそも効率を重視する目的とイデアの公式

 ちょっと考えれば効率がうまくいかない場合があるのに、どうしてこんなに効率のことを躍起になるように考えたのか?
 目的はただ一つだろう。早く家に帰りたいから。現状、そんなに早く家には帰っていない、どうして? 効率よく時間を使っていないから。だったら効率よく時間を使ったら9時5時で仕事がおさまるんじゃない? なら効率だ! といったような按配で、私は効率を重視するようになった。
 その時考えている公式はこんな感じ。

 やる作業=作業効率×時間

 このうち、時間は9時5時の7時間で確定だから、となると作業効率を上げるしかない、ということになる。
 でも、現実の世界はこの公式だけでは成り立っていない。

現実世界のプシケの摩擦要素

 やる作業=作業効率×時間

 これで、今日できる作業というのがどれぐらいから見通しがたつ。のだけれども、他にもいろいろ現実世界にはやってくる。

(1)そもそもやる作業が増える。

 つまり割り込みタスクが入るということだ、しかも優先的にやってほしいことで今日までにとか明日までにとかざらに言われてしまう。かなしいかな、本質は割り込みタスクではなく割り込み型のタスクであって、本来はすべきタスクであるということだ。

(2)作業効率に、体調等の要素が関係する

 効率を阻む要因の一つに体調というものがある。状況は逐一として変化する。効率効率といっても、心身ともに健康でなければ効率はうまくいかない。となると、自分が不健康であれば、上記公式はそもそも成り立たない。

(3)各作業に対して、活性化効率が異なる

 作業によっても、このぐらいの効率でやるのが一番やりやすい、というものがある。どの道でもアクセル全開がベストというわけではない。事務作業に頭を動かしてもエネルギーがもったいなくない? そういうことだ。

(4)作業から作業に移行する際のインターバルが発生する。

 時間は7時間で固定と書いてあるが、休憩時間や作業移行時に発生するインターバル時間は加味していない。つまり、利用可能なのは実は7時間たっぷりというわけではないということだ。

 これらのように、現実世界では、公式が正確に成り立たない要素が存在する。何よりエネルギーは有限である。仕事に全力を傾けるのはよいが、アフター5に使い物にならなければ、人生という仕事がうまくいかないのではないか? 何もアフター5じゃなくてもいい、次の日の仕事にエネルギーが100にならなければ、次の日は効率よく働けるのだろうか?

GTDによる対応策

 GTDはエネルギーを管理する、といっていたのであるが、当初この意味がどういうことを示しているのか計りかねるところがあった。

(1)の対応方法 - GTDリストで再リスケ

 割り込まれたタスクが今すべきかどうかは即時に判断する。新しいタスクがアサインされたとなると、あぶれるタスクが存在することも確かだ。それは、GTDリストを見て、明日に回しても問題ないものを選ぶ。
 予定は守るためにあるのではなく、判断するために必要なのである。

(2)(3)の対応方法 - コンテクストにそったActionリストを用意し、エネルギー量にあわせて実行する

 ミーティング後で疲れた頭で、資料を作るのは得策ではない。あまりエネルギーを使わないような、事務処理や資料読みに当てるのが妥当と思われる。
 そこで用意しておくのがコンテクストにそったActionリストだ。この中で、電話ぐらいなら、メールの返答ぐらいなら、といった作業の概要を見てできそうなものを選ぶ。
 エネルギー量じゃなくても、時間が10分くらいしか余ってない時にも、このActionリストから選ぶのは役立つ。ミーティングまであと10分ぐらいならちょっと電話ぐらいはできそうだろう。
 また、同じタイプの仕事を続けてやることはエネルギーを効率よく使うことでもある。全く別の作業をやるより、似た作業をやる方が、やりやすい。

(4)の対応方法 - インターバルがあるのは当然である

 効率化の問題で、インターバルは避けられない問題である。しかしながら、仕事が変わるのならば、そのインターバルはどうやっても発生してしまう。だから、ここはインターバルはあるものだ、と受け入れる方がよい。何事も息継ぎが必要だ。
 問題は、終わった作業から次の作業に取り掛かるまでやたら時間がかかってしまうことだ。これをどうにかしてほしい! これがぐずぐず病というものだろうか?!
 というわけで、(4)についてはうまい対応方法が私の中で出ていない。
 インターバルを狭める方法という意味では、コンテクストの似た作業を連続して行う、というのがそれに当てはまる。似た作業なので、特にあまり考えずとも次の作業に進むことができる。
 あとは、作業の順番を予め決めておくくらいしかアイデアが出てこない。。

まとめ

 効率を重視してしまうと、稼動時間を正確に分単位ではかったり(私だ)、休みの時間が悪に見えてきたり(私だ)、インターバルの時間が極悪に見えてくる(私だ。。)。

 休みは必ず摂るべきものだし、仕事がこまごますると、インターバルが生じるのでパフォーマンスが下がってしまうは仕方がない。

 時間が少ないから、効率よく仕事をするのはいい。でも突き詰めてもそれはそれでハッピーになれるかというとなれない。私たちはロボットじゃないんだからそんなにどんな状態でも効率を最大限出せられるわけじゃない。
 じゃあどうやったらハッピーになれるのか? だったら効率の意味をちょっと変えればいい。限りある現状の出しうる効率を有効に使って動こう、これだって効率を上げるのと変わらないじゃないのか? そんな視点からやり方を考えてみてGTDのリストを振り返るのもいいかもしれない。
 
 今の自分の状況に合ったできる限りのことをやる、それでいいじゃないのさ。

帰ろうとする時に感じる薄暗い不安感を解消するためには?

 その日私は会社でWeeklyReviewを行い、気がかりなことの総てのステータスを確認し終えた。足取り軽く帰路に立ったその時、私は初めてようやく気がついた。いつも傍らに感じていたあやふやな薄暗い不安感が消えていることに。

傍らのカオナシ

 私がGTDをはじめに、適した仕事術を躍起になって探してきたのには、いくつか理由がある。もちろん生産性を向上させるためでもあるし、残業をしたくなかったからでもあった。その中には、ほのぐらく傍らに寄り添うあやふやな薄暗い不安感を取り除きたい、というのもある。

 あやふやな薄暗い不安感――それは、目立つことはないけれども、だからといって存在自体が消えるわけでもないものだ。だらだら残業をしてしまうぐずぐずした自分、帰る時になんともいえない後ろ髪をひかれるような気持ち、休日のふとした時に思い出す仕事のこと、そんな折にそれはひょっこり顔を出す。千と千尋の神隠しに出てくるカオナシのように、微妙に存在をアピールしつつ、忌避されつつ、ふっとそこに現れる。

 もちろん私は、こんな鬱陶しいものはバイバイしたい。しかし、どこをどうしたらこのもやもやしたいわれなき不安感は取り除かれるのだろうか?

汝、働け。しからば去らん

 まず私が考えたのは、こうだ。時間中にちゃんと働いていないから帰るのが後ろめたいんだ、と。つまりは生産性の問題だと思った次第。生産性が向上すれば、その不安は自ずと晴れるだろうというのが私の予想だった。
 そんなわけで、時間と作業の計測に格闘した。しかし哀しいかな、結果はむしろ、生産性を向上させるにも限度がある、ということ明らかにしただけに終わったのである。
 作業と作業の間に挟まれるインターバルの時間、作業自体を管理する時間、同僚とのコミュニケーションを交わす時間、会社の勤怠や交通費を申請する時間、等々。もちろんメールを読む時間や、休憩をとる時間も大切。これらは、直接的には生産性には関与していない。けれども、こういった合間合間の時間があることで、生産性は向上している。なんにせよ、作業する時間を延長することで生産性を向上するには限界があることを、私は改めて知った。

 しかも、前提を覆すような出来事が起こってしまったのだ。

働けど働けど 我が不安無にならざり

 その日は通しの仕事だった。会社に来てから帰るまで、ぶっ通し。仕事を管理する時間も勤怠や交通費の時間は取られない。でもちょっとばかりはコミュニケーションの時間はある。これぞまさしく生産性の一番高いはずの日だ。流石に今日はあの不安ともおさばらだろうと、私も意気揚々としていた、だがしかし。
 家に帰る私の背後には、やっぱりもやもやした薄暗い不安感が後からついてきた。

 それはつまり、生産性と不安感は全く関係がない、ということだ。仕事の勤勉さ加減によって不安感が生じているわけではないことが確定したのだ。
 だったら、この薄暗い不安感はどこからやって来るのだろう?

鬼ごっこ

 ふと思いついたことだが、この薄暗い不安感と鬼ごっこに出てくる鬼は、とてもよく似ている。いずれも自身が変動し、周りから忌避されて、私たちはそれから逃げようとする。この相似形の一つを紐解けば、もう一つへの解にも近づけるかもしれない。そんなわけで、ちょっと寄り道をして鬼ごっこについてちょっと考えてみた。

鬼ごっこの危険な状態

 鬼ごっこは、鬼につかまってしまうとアウトだ。だから、鬼ごっこで危険だな、と思われる状態というのは、こんな状態である。

 一つ、鬼の居場所がわからないこと。これはとても危険。居場所がわからないので、背後から忍び寄られては一巻の終わりだ。だから、鬼の居場所を知っておくことは非常に重要である。
 二つ、鬼との距離が近いこと。距離が近いと、鬼から逃げることが難しい。逃げるのに出遅れてしまうと、いとも簡単に鬼につかまってしまう。だから、鬼と離れていることが大切だ。
 三つ、鬼と対峙しているのが自分自身のみであること。例えば、複数の人間の中に潜んでいることを考えてみよう。この場合、鬼は他の人にもつかまえにいくので、ターゲットが自分から反れる可能性が高くなる。だから、回りが複数存在する場所に移動することが重要だ。

 これをまとめると、鬼から回避するには、以下のようなことをすればいいことがわかる。

・鬼の居場所を毎度確認すること
・鬼からよく離れていること
・まわりが複数いる場所に隠れること

薄暗い不安感の危険な状態

 今度はこれを、薄暗い不安感について考えてみた。
 今まであまりちゃんと考えていなかったけれども、不安感の中身は一体何だろう? いずれにせよ、将来何かしら危険な状態が起きやしないか、という不確かな未来に起こりうる危険を心配している。

 鬼の居場所がわからないこと。これは、危険な未来がいつ起きるか、どのように起きるかまったくわからないことと考えてもいいだろう。確かに突発的におきる危険の方が予め予測された危険よりも遥かに危険性が高い。
 鬼との距離が近いこと。これは、危険の発生時期が近づいていること。きたるべき危険に向けては準備が必要だが、その準備をする時間が限られては充分な整えを行うことができない。
 鬼と対峙しているのが自分自身のみであること。これは、危険を回避するメンバーが自分自身のみ、ということだ。これは確かに非常に危険だ、メンバー間での比較検討をしないままに対応を実施してしまうので、かなりのハイリスクになる。

 つまりは、いわれのない薄暗い不安感は、(1)危険が発生するところを予測すること、(2)危険の発生時期から離れること、(3)危険について複数の人間で共有することによって逃れられるんではないかということを示唆している。る?

危険を予測するってどういうこと?

 上で示した3つの方法はちょっと抽象的なことでよくわからない部分がある。まず一つ目の危険が発生するところを予測するってどういうことかを見ていく。

 危険を予測する、といってもねぇ、危険は仕事が大量発生したり、全く時間がない時に仕事が発生することで簡単に危険は生じる。でもその発生する仕事っていうのは、もともとのプロジェクトからみれば、来るべき未来、ゆくゆくは発生する仕事ということだ。ならば、その来るべき仕事をある程度予測しておけば、すぐに対応することができるんじゃない? そしてまたこうもいえる。危険がやってくるまでカウントダウンができるならば、それこそ危険と今いる場所の距離感がわかるというもの。

 だから、プロジェクトが今どこまで進んでいるかと、これから行くべき道すじが少なからず見えているといいんじゃないかな、と思う。

危険の発生時期から離れるってどういうこと?

 次に危険の発生時期から離れること、ということ。これもちょっとわかりにくい。危険は先ほども言ったように、本来危険なものではなかった。けれども、同時に大量に発生したり、あまりに極端な時間で発生したりすることで危険になってしまう。だったら、前もって進められる仕事は進めていれば、この危険からは離れるんじゃないかってことを言いたい。当たり前だけれども前倒しが大切ということ。

そもそもどうしてだらだら残業するの?

 薄暗い不安感に対処する方法が明確になった今、今更ながらに、だらだら残業する理由を考えてみた。
 だらだら残業してしまうのは、早く帰って実は後から大変なことになってしまうんじゃないか、という恐怖感がある。ホントに今帰っても問題ないの? 後からすごいことになったって知らないよ? そんな声なき声を感じてしまい、ぐずぐずぐずぐず椅子から離れてしまうことがままあった。

 椅子から立ち上がれなかったのは、今の状態で本当に大丈夫なのか、その判断がつけられなかったからなんだろう。

薄暗い不安感から解放された理由

 最初に、薄暗い不安感が過ぎ去ったと書いたがそれはどうしてか? もちろん、今までに導いた、薄暗い不安感を逃れる方法がいつの間にか実現されていたからだろう。
 それは、WeeklyReviewを実施することによって(1)すべてのプロジェクトとその進捗を最新の状態に同期することで現在位置を把握することができ、(2)それらのプロジェクトに対して、自分自身ができうる限りのことはすべて行っており、(3)なおかつ、それをマネージャに報告することで情報を共有すること、これらすべてを実現されていた。

どうして生産性だけじゃダメなの?

 一番初めに行っていた生産性だけをチェックするのがどうしてダメなのかを改めて考えてみた。生産性は数学に喩えるならば、線分の長さのみを確認するだけの行為にある。しかしながら、プロジェクトは充分な長さの方向性のあったベクトルである。ここで必要なのは、長さと方向性であるが、生産性ではそのうち方向性が欠落していた。だから、生産性があがったといっても、それがプロジェクトに対して寄与しているかどうかを確認することができなければ、意味がないからだろう。

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