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タスク管理とスケジュール管理は分けた方がいいのか→場合による。

時間が決まっているもの、決まっていないもの 私自身はやってみたことがありませんが、私の「タスクシュート方式」の煩雑さを嫌ったある方が、「全てをGoogleカレンダーでタスク管理するのはどうでしょう?」とおっしゃっていて、それを実践されていました。Kazumotoさんが提案されていたのと全く同じ方法です。

ところが、実際にはその方は、1日足らずで破綻しました。この方法では、「9:30メールチェック」「10:00ブログを書く」というやり方になりますが、「10:00になってもブログを書く気になれない」場合、対処が煩雑になるのです。

引用元: 「予定」と「タスク」 – ライフハック心理学.

上記で言われる「予定」と「タスク」は、GTDでは「カレンダーリスト」に収まるものと、「次のアクションリスト」に収まるものとになる。上記の記事の起因のなった問題は下記のとおり。こういった疑問から、記事の書かれた方はスケジュール管理をすることになったという。

・スケジュールとタスクを分けて考えるやり方は、本当に分けて管理する必要があるのか?

・どちらか一方に統合して仕事を回す方が意識が分散しないで済むのではないか?

・詳細で膨大なタスク処理&管理ばかりに気を取られると、常に仕事に追われているような気になりはしないか?

・いつの間にか「タスク管理」を仕事と勘違いしてしまわないか?

・「期日」というものへの意識が薄れて大きな失敗を犯す可能性があるのではないか?

・慣れ親しんだ時間割方式で考えた方が理にかなっているのではないか?

等と考えたわけです。

引用元: Find the meaning of my life.: タスク管理とスケジュール管理を分ける必要があるのだろうか?.

私は、『仕事全般』について、上記の疑問のうち、以下について、自分なりの考えをまとめてみた。

慣れ親しんだ時間割方式で考えた方が理にかなっているのではないか?

私の考え→場合による。

仕事の状況は人でも異なり、その人の状況によっても異なる。なので、どのタスク管理方法が一番最適なのかは、毎度の状況によって、最適なタスク管理方法が異なる。スケジュール管理がうまくいくのは、だいたい見積もり通りの時間で、タスクであれスケジュールであれ、消化可能な場合である。さて、どういったことで状況が異なってくるかは、以下のような要素が絡んでくる。

  1. 時間が決まった仕事量
  2. 作業が決まった仕事量
  3. ランダムに受け取る仕事の頻度とその仕事の種類
  4. 受け取る仕事の経路(メールとか電話とか)の種類
  5. 人とコミュニケーションをとる仕事量
  6. 自分が受け持つ全体の仕事量
  7. 仕事が完了するまでの平均時間

例えば次のような状態なら、スケジュール型のタスク管理は効果を発揮するだろう。

  1. 時間が決まった仕事が多く
  2. 作業が決まった仕事が多く
  3. ランダムに受け取る仕事は少なく、あったとしても作業が決まった仕事であり
  4. 受け取る際は、ある一人からで固定してて、なおかつ頻度もわかりきっており、
  5. 作業する際には、自分一人で行う作業が多く
  6. 仕事量としては定時に帰れるぐらいの分量だ。
  7. だいたいの仕事の完了する時間は平均していつも数日やかかっても1週間ほどだ

昨今では、上記のような仕事状況が、年単位どころか数ヶ月単位で変わってしまう。その状況に最適なタスク管理方法を毎回探す必要が出てくるだろう。

そして最終的には以下の条件が全体に関与する。

込み入ったスケジュール管理自体に苛立たないかどうか

上記の理由で、私は、どんな状態でも、スケジュール管理をすることが難しい。

初出:

  • 2010/06/22

仕事や私事に追い詰められて陥る、硬直した状態について

現在私は忙しい。年末あたりからその嵐の波はやってきていが、ここ最近になって大嵐となった。12月から1月にかけて、私はおおよそ二つの種類の硬直状態を体感した。ひとつは執筆に関連して。もう一つは仕事に関連して。

今回は、どのようなレベルの硬直状態があるのか、そしてそれによる自分自身の状況とはどういうものかを記録することに焦点をおく。

というのも、このような状況は本当に内部からは理解しにくいからだ。例えば私は友人と住んでいるので、コーナー場外からタオルを投げてくれるが、一人だと正直いつ「ももうだめだ」というのがわかりにくい。そんなわけで、ちょっとばかし状況を共有できたら、一人でも感知ができるんじゃないのかなと思ったわけだ。

1.硬直状態のレベル

硬直状態は、レベルがある。

(1)危険 – 物理的作業にあぶれた状態。まだ心理的な余裕はある。
(2)致命的 – 物理的作業に溢れた状態。心理的にも余裕がなく、茫然自失。

硬直状態は、作業的レベル→心理的レベルに深刻度合いが増す。(1)はまだ客観的に自分の状況を見れたり、笑ったりすることができるが、(2)になると、笑うにしても表情がこわばっており、笑うことに違和感がある。何より、何を考えているかの感覚があるようでない。

ちなみに私は執筆に関して(1)を、仕事に関して(2)を体感した。

2.各硬直状態での身体的反応

ここでは体験した通りのことを記す。

(2ー1)危険状態での身体的反応

  • 上半身内臓が収縮する感じ
  • 肩が収縮する感じ
  • 全体的に倦怠感
  • 周りの状況の音や視界について、何かしなきゃと思うものの結局うまくできてない

(2ー2)致命的状態での身体的反応

  • 脳みそが収縮する感じ
  • 肩が収縮する感じ
  • 顔の表面が強ばった感じ
  • 全体的に倦怠感
  • ぼうっとしている
  • 周りの状況の音や視界を認識できるが認識するだけ
  • 顔のバランスの均衡がくずれる

途中で書いてて言うのもなんだけど、これは今回にしか適用できない。

GTDを始めるきっかけになった以前にも、同様の硬直状態を感じたことがあった。その時の状況は、この二つの状態がないまぜになった状態だからだ。 また、の私は二段階しかないが、もう少し他の人を洗い出すと、3段階以上の硬直状態があるかもしれない。つまり、人によって硬直状態の状況は分化しているかもしれない。

3.各硬直状態での心理的・思考反応

次、各状態での心理的・思考的な反応を記述しておく。といっても、渦中から離れてはしまったので、実際のところこのような状況なのか、真芯をついているとは言い難い。ただ、このような考え方に偏る、ということだけは言えるだろう。

(3ー1)危険状態での心理的・思考反応

周りの状況に反応して、何かしなきゃと駆り立てられるものの、行動するが、特に何も考えていないために、いまいち作業が終わらない。次の状況がでてきたら、それに反応するためそれ以前の仕事は放ったらかしになってしまい、結局何もおわっていない。

GTDで気になることを洗い出しすればよいという気持ちではある程度書き出すことは可能。

・洗い出せというけども、2時間も時間とってられるか

(3ー2)致命的状態での心理的・思考反応

何度も言うが、茫然自失。 これはどちらかというと、このときにあらわれ出た言葉を出力しておいた方がわかりやすいかもしれない。

  • 洗い出さなきゃ、でも何を洗い出せばいいの?
  • 洗い出さなきゃ、でも2時間。2時間?
  • まずはこれをやろう。これをやってから、次なんだっけ?
  • えーっと
  • あー、はい
  • とりあえず事務処理
  • それから・・・
  • なんとかしなきゃ
  • どこから手をつけたら
  • 洗い出すにも、どこから洗い出せばいいのかわからない
  • やんなきゃ

正直言って、このぐらいの言葉しか、そもそも出てこない。思考稼働率が極端に低下していた。

危険状態から致命的状態への心理遷移は、危険状態ならば、怒り・困惑・混乱などといった感情的な状態が非常に露わになる。一方、致命的状態は非常に逼迫しているため、そういった感情の回路か分離するようになって、虚脱した状態に変化する。これが大きな違いだろう。

感情の起伏がはげしい心理状態が何度も続くと、エネルギーが枯渇する。だから、更に致命的状態になると、感情面に使用していたエネルギーも現状維持に費やされて、その結果感情の起伏が少なくなるような気がする。現状維持とは何か。私の予想の一つでは、GTDで言うところのオープンループを保持するために使用している気がする。あれは、内部で決定がされない場合、極力保持しようという方針が流れているように思う。

4.硬直状態からの脱出方法

(1)の危険状態からの脱出方法は、GTDが適用できるかもしれない。1時間もしくは2時間程の問題となっている箇所に関して、突き詰めて不安要素を洗い出すので対応できる。しかし、この作業を信じてできる余裕はなく、そして周りもそれを許されるような環境にはなりえない。従って、強制的な状況に限り、GTDが対策として行われることは少ない。残念なことに、GTDが最大発揮されるタイミングは、このタイミングであるにもかかわらずである。

(2)の致命的状態は、(1)の危険状態から更に深刻である。(1)はまだ項目の洗い出しができる状態であるが、(2)になると茫然自失で正直対応している内容が、自分で対応できる範囲から越えている。外部から巻き取りなどの対応が必要なレベルだろう。

自分自身の限界

最近(2)を体験したわけだが、ある案件に対して担当になったが自分では対応できる範囲を越えていたため、その役割を辞退した。

今回の役割>自分が対応できる役割

ということだったが、上記方程式の判断となったポイントは以下の通り。

  • 案件の納期が短期であること
  • 案件の内容自体が複雑であること
  • その役割に対する私の実績が少なすぎること
  • 体力的な問題があること

これが、上部に説明する理由となった項目等である。そして個人的な限界に同意せざるを得なかった。

非常にかつ単純なことだ。私は、情報が過多になるとすぐにアップアップする。とにかく必要最低限の項目しか把握しないことから必要不必要以上の情報がやってくると、すぐに回らなくなる。

今までそれでもなんとかできたのは、自分が担当する周りについてだけ把握をし、それ以外は一切無視する方針を取っていたからだ。その範囲を今回の仕事ではかなり広げることになり、そして情報に溺れた。

こういった溺れる中でも、ある程度の方針や切り捨て等を行って、本来は進むべきなのかもしれない。しかし、できなかった。

私がストレスに感じる状況はかなり多い。人と会うだけでもすぐに体力が削がれる。場所を移動することでも疲弊する。そして情報過多という状況。GTDをやるようになって、ある程度対応できるようになったかと思ったけれども、自分自身の能力が延びるわけではないのだから、結局情報過多をストレスに感じることからは免れなかった。

今回足りないと思った点は、実績による解決策を考えるまでに短い時間で対応すること、担当を割り振る際の誰に何をすればいいのかを決められないこと、タスク分解し実行段階に落とし込むまでの時間がかかること。根本的に思考回路が時間的な制限に対応していないように思う。

どうして決定し、実行できないのか。私もそれが聞きたい。どうして決定し、実行できるのか。その確証はどこからやってくるのか。流れの見えぬままになぜ前に進められるのか。ゴールイメージが具体的でないのに、それでも突き進められるのか。

うずめく理由や原因はどうあれ、簡単な話だ。私はその状況に対応できる技量はなかった。単にそれだけだ。

たったそれだけだ。

硬直した状態から復帰へ

数日たったがまだ感情の整理はできていない。この話を思い出す度に心はかき乱されるし、何より自分自身に悔しさを感じる。

私は私なりになんとか今まで進んできたつもりだ。負け戦で臨むつもりはない。いくら失敗は先にした方がいいと言われていても、そこに付随する責任やリスク、周りへの影響を考えるとそうそうにはできない。自分自身へ赴く破壊を敢えて享受できる勇気も少ない。自分が願い、そして突き進もうとしていた道に大きな足かせ自体が自分自身だったと目の当たりにするのだって。

(2)からの硬直状態からの復帰は本人にとっては簡単に割り切れるものではない。

この世界とかの世界のへりに立って、大きなひび割れの奥底にいるようなものだ。そこには誰もおらず、どこが前で後ろなのかもわからない。そもそも天地すら理解できず、自分が本当に地に降りたっているかすら疑わしい。権力が実績が名誉が自信が感情が剥奪され、それでもなおかつ、世界は変わらずに進むかのように見える。

絶望の澱の、言葉に表すのすら難しい感情が粟立つなかに、たたずんでいる。誰かと話している時や、何かの作業をしている時にはそんなことなど忘れているのに、ふっと何か言われた瞬間に、その場所でありながら奥底に追いやられ、バカバカしいほど、情けないほどに傷つく。

誰も知らないし、誰も知り得ない。誰がどうというわけでもなく、何がどうしたいわけでもなし。

できればこんな状況など来てほしくもないものだ。せめて、誰かが同じ気持ちを味わいながら、次へ進んだかと思うことが、それだけが心の頼りだ。私がこのようによくわからぬ感情に追いやられたのと同様、今までの誰かはそれを享受しつつ成長してきたのだろう。誰にも共有せぬまま、共有できぬまま。孤独を知り、絶望を飲み込み、そして一回り大きくなる。嗚呼、胸がいっぱいだ。

いずれにせよ、立ち上がる時には自分一人で立ち上がるしかない。誰が願おうが、誰が妨げようが、誰が気にしなかろうが、誰が気にかけようが、所詮他人事だ。過去の自分も未来の自分すらも、他人事だ。

このように私がいろいろ書いたとしても、それを同じ時間でわかちあう人もいなければ、同じようにわかちあえる人もいない。未来の自分だって不可能だ。けれども、こうやって書き綴ることで、その片鱗を感じることはできるかもしれない。

落胆し、嘆き落ち込み、悲嘆にくれて、悲しみに身をやつす、恐怖に体を振るわせ外部に牙をむく。孤独に喚き散らし、絶望にうちしがれ、そして最後には慈しむがいい。どんなに否定しようと最後には残るこの塊を放棄することはできない。

孤独と絶望を飼い慣らすのは、いつだって難しい。

仕事の種類が変わってしまって計画通りにいかない

勉強会で貴重な話を聞きました。

今回関係するのはAさんです。開発系の会社に勤めており、社会人になって6年目になる状況です。そのAさんですが、今年の春にがらっと仕事が変わりました。

Aさんの仕事状況

Aさんは、それまで開発系の仕事をしてきました。開発の仕事なので、結果を出すまでの間隔が数ヶ月単位というものでした。それが今年の春から、人事異動で別の仕事に就くことになりました。Aさんは開発から離れ、全く別のジャンルの研究職に携わることに。研究職では、結果を出すまでの間隔は数ヶ月から数年単位になりました。

この数ヶ月間、Aさんは新しい仕事に取りかかっています。しかし、想定外の作業があったり、雑事に時間が取られて、計画通りに仕事が進まない――それがAさんの、最近の困ったことでした。

勉強会の中で、Aさんの内容についていろいろ話し合った最中、話題の焦点はAさんの雑事へと向けられました。雑事は代替ができないかどうか、とかいった提案も出てきたのですが、その雑事は会社の教育活動の一環で行われており、Aさん自身もすすんでそれをしていたとのことがわかりました。

その話をAさんがした時、一人の方がこう言いました。

「好きでやっているのに、どうして『雑事』って言うんですか?」

これは、ものすごく重要な指摘でした。

また、その雑事についてですが、最近始めたことではなく、もう数年はその作業を行っていることが明らかになりました。つまり、仕事が変わる前には、雑事は雑事でなかったはずなのです。

さて、今のAさんは一体どんな状況に陥っているのでしょうか?

Aさんの状況とは?

ぶっちゃけると、新しい仕事で予定通りいくわけがない、としかもう言いようがありません。これは簡単な話で、現状に応対できる実績がAさんの中で何もないからです。

社会人の「仕事」というと、一律に誰でも同じ方法が有効だと思ってしまうものですが、そうではありません。問い合わせの数が増えた、関係者が変わった――そんな些細な現状が変わるだけでも、今までのやり方が合わなくなることもあります。ましてやAさんは、主要となる仕事の種類がまったく異なるわけです。これですんなり計画どおりにいくはずがありません。

やり方が合わなくなると、どうなるのか。Aさんの状況に直面するわけです。つまり、計画を立てているにもかかわらず、計画通りにはいかなくなります。主要な仕事が変わったAさんにとっては同じ会社の仕事ですが、全く新しい仕事になってしまったのです。

結論として、次のような対策案をコメントしました。

新しい研究職の仕事については、最適化の状態を見つけるための試行段階と割り切り、いつも以上の仕事のバッファを取ること、雑事については粛々と仕事をこなすこと。

Aさんの困ったポイントまとめ

Aさんに私からコメントできることは以下の一点です。

  • 今現在、何が制御できて、何が制御できないかを考えてみる

Aさんには主要な仕事と雑事の仕事があります。主要な仕事が変わってしまい、雑事の仕事も制御できなくなってしまいました。しかし、雑事はそれ自体が独立して活動しているし、以前の仕事の中では制御できるものだったはずです。

長い間、一つの仕事に慣れ親しむと、新しい仕事にありつくとやり方に非常に困ることがあります。理由の一つに、考えが追いつかないから、というのがあると私は考えています。車が急停止できないのと同じように、ある仕事に合うようにカスタマイズされた思考パターンを、新しい仕事に合うように切り替わるには、時間がかかるように思います。Aさんの中でも、知らず知らずのうちに、計画の見積もりが、以前の仕事で適用できていた物差しで行っていることが関係しているかもしれません。

いくつかまとめ

Aさんの内容からいくつかまとめておきます。

  1. 制御できる限界
  2. 「雑事」という言葉
  3. 実績の分かれるところ

制御できる限界

GTDは新しいことを制御することはできません。けれども、GTDをしていくうちに、制御できるものとそうでないものを区別することができることでしょう。

GTDがいくら優秀なシステムであるとはいえ、もちろん無理なこともあります。その一つに、「新しいことを制御する」ことがあります。この言葉で指し示すものは、たとえば新しい仕事についても、どんな状態でもすがすがしい気持ちで取り組むことができるというものです。確かにGTDはどんな状況でもよい状態で仕事をすることを目標としています。しかし、どんなに好きな仕事でも限界はあります。

それに割ける時間、周りの期待度、その間に持ち合わせている仕事の量などなど、このようないろいろな要素から、求められている期日にまでゴールにたどり着ける算段がない場合、ストレスを感じやすいでしょう。私もGTDをやるようになってずいぶん経ち、それなりに仕事を回せるようになりました。それでも、全く知らない項目に対していつまで作業ができそうなのか考えて、うんざりすることから免れていません。

ではGTDはどうやって対応するのか? その他の制御できるものの力を抑えたり、そもそも制御できて後回しにできるようなことがあれば、それを中断して、使える力を集めることです。

「雑事」という言葉

些細な変化は、さまざまな形で出てきます。今回その変化は、言葉に表れ出てきました。

「好きでやっているのに、どうして『雑事』って言うんですか?」

勉強会の中である方が言われた言葉です。

最重要の仕事がうまくいっていない――そんな状況がいつの間にか、雑事と称される仕事は、Aさんの中で、仕事の中でもその他扱いになってしまっていたのです。本来ならば、好きで行っている仕事であるにもかかわらずです。このように、状況によってとらえ方は異なってしまいます。そして、そのような気持ちは、言葉になって現れ出てきたのでしょう。

このような変化は、非常にさしたることです。通常、このような差異を知りうることはなかなか難しいと思います。微々たる変化があること、そしてそのような変化を通常では読みとりにくいことを理解してもらえればなと思います。

最初は違和感、次に眉をひそめるようななんとも言いがたい顔の表情、それから作業をする際に漏れる些細な愚痴、そこから誰かに対して文句を言い始め、更にはそれを改善したいという不満を訴えるという形のように、変化は徐々に膨らんでいきます。

最初はそういった些細な部分を読み取ることが難しいですが、馴れてくるとそういう細やかな部分にも注意を広げていきたいものです。

実績の分かれるところ

仕事管理も「仕事」の一つです。要素がちょっと変わるだけで、快適な状態からはずれてしまうのも、当然の結果です。

Aさんが、メインの仕事で計画どおりにいかないのは、それに相応する「実績」がないからだ、と上記で述べました。複数の具体から一つの抽象に昇華することは可能ですが、一つの具体から抽象に昇華し、別の具体へと展開することは基本無理です。

私たちは、社会人になったら、会社での活動に関わることは全て「仕事」という一括りにします。しかし、その内容はそれぞれ異なります。仕事と他の仕事を区別する条件は、いくつもあります。個人の経験値以外の中で言えば、たとえば以下のようなものが考えられます。

  • 作業内容
  • ジャンル
  • 仕事場(物理的な意味で)
  • 人間関係(社内・社外含む)
  • 会社での立場
  • 個人特性

上記のうち、一つでも異なると、それは以前の仕事と同様のパフォーマンスを再現することが難しくなります。

Aさんの場合、「作業内容」と「ジャンル」が代わり、その結果「人間関係」も変わったことでしょう。関係者への融通の効き方も多少なりとも変化があったに違いありません。これで大きく3つの要素が異なりました。

このように、快適に作業ができる諸条件は入り組んでおり、私たちは簡単に快適な状況から外れてしまうものなのです。

今回はAさんのお話でしたが、Aさんは未来の私たちのことでもあるのです。人事異動や転職、人生のイベントで状況は変わっていきます。その度に再度仕事管理の仕組みを見返すことが、必ず必要となってきます。GTDをした後では、その新しい環境へ順応するのが、短い時間で対応できるのです。

仕事量増加に対応するための対策パターン

さまざまな理由から、仕事を今以上にこなしたいと、私たちは考える。

こなす仕事量=単位時間にこなせる仕事量×時間

このうち、求められる仕事量が増えるため、左側が増大する。したがって、右側もそれにあわせる必要がある。対応策のひとつとして、そもそも求められる仕事量を減らすこともあるが、最初は無理である。そんなわけで、最初は右側の方程式をやりくりすることで対応しようとする。

対策1:時間を増やす→つまり残業

簡単な対策として、時間を増やすことで仕事量をこなす。しかし、ある程度の時間を超えてくると、それだけでも無理な場合だったり、そもそも時間を増やしたくない場合は、次の対策を考える。

対策2:単位時間にこなせる仕事量を増やす→効率化

効率化、といっても二つのパターンがある。

対策2-1:今やっている一つの仕事の時間を縮小する

対策2-2:インターバル時間・隙間時間等を、仕事に当てる

まず最初に考えるのが、対策2-1である。これは、パターン化された仕事に関してはなんらかの工夫により、かかる時間量を減らすものである。しかし、これにも限界値があり、ある一定以上の時間より短縮することは難しくなる。

次に考える方法が、対策2-2である。ちょくちょく余っている時間もどうにか使っていきましょうと提案する。しかし、がむしゃらに仕事をやっていると、どれが隙間時間に合う仕事かどうかを判断する余裕が、まずない。

じゃあ、GTDはどのような対策を取っているのか?

対策2-3:仕事の管理時間を縮小する

GTDは仕事をこなすのに直接は関係ない間接的な時間を短縮しようとする。対策2-2をいきなり実行するのは難しいので、GTDでは、そういうこまごました作業をまとめて行おうと提案する。いわゆる、2分以内はすぐやろう、という話である。

といっても、この作業はすぐに展開することができないので、定期的に行うレビューの際の処理ステップでのみ実施することからはじめるとよいだろう。そうすることで、(1)実は結構な2分で行えそうな仕事を自分が持っていることを知り、(2)2分の作業も数をこなすと結構な労力が必要となり、(3)それらのこまごました仕事をこなすだけでも随分気が楽になることを、知る。

そして、結果的に定期的なレビューが、思った以上に時間がかかることを知る。そしてその時間を短縮するために、日々の作業ですぐさまこなすことが最善であると判断した時、2分以内作業をこなすことを全時間に適用することが、ようやく可能となる。

ちなみに、2分以内はすぐやろうという作業が、いきなり全時間で実行しようとしても適用できないのはなぜか? 2分以内でできるかどうかの判断作業が脆弱だからだ。この判断作業は、定期的なレビューの際に、収集した『物』を”真面目に”ワークフローで取り組んでいれば、おのずと培われるはずである。本当に真面目にしさえすれば……

 

GTDは、それ以外にも工夫を重ねる。対策2-2のかわりに、次のような対策を取ろうとする。

対策2-4:インターバル時間・隙間時間を最大限減らす

仕事と仕事の合間は、間の時間であり魔が差す時間でもある。ちょろっと休憩と息をとったら1時間経ったということもあるだろう。GTDでは、(1)事前に仕事をリストアップし、(2)手がつけやすい指示を提示しておくことで、そのようなことがないように防ぐ。

ちなみに(1)だけでは不十分である。粒度が不明瞭であると、手をつけにくいからだ。

 

それ以外にも仕事生産性をあげるための、GTDの工夫はあるのだけれども、今回は一旦省略する。とまれ、GTDで仮に仕事が適用できたとしても、やはり限界がある。期待される仕事量>こなせる最大限の仕事量、となった場合は、GTD以前の話の人間的限界に達する。

このタイミングで、ようやく次の対策を取らざるをえなくなる。

対策3:期待される仕事量を減らす

 

多少の前後はあるだろうが、基本的には数値順で、工夫の仕方を展開していくように思う。

朝のはじめに色を決める

 

新しい文房具を使い始める時、いつも「君が私の最後の恋人だ!」と思っているのだが、毎回裏切られるのは何故でしょう。

JETSTREAMは相変わらず所持しているのですが、最近使い始めた文房具について紹介します。STYLE FITです。

もともとこの文房具は、ちょっとしたマインドマップを描く時に色をつけられたらいいなーと思って買いました。そんなんで、最初は3色構成の橙・桃・紫という構成。けれども、結構よさげな感じなので5色カートリッジも買って、現在3本構成で生活しています。

かきあじがいい・色がキレい・色がいろいろ

STYLE FITの私にとって良いところを挙げると、この見出しのようなものがあります。マインドマップで色の気持ちよさを知っていたつもりでしたが、いろんな所でこんなにカラフルになるだけでも、随分気持ちが変わります。いやいやホント。

これだけではなんなので、STYLE FITにまつわる最近の作業活動について紹介します。

 

1.初心に戻ってDoingリストを作る

最近作業が今一だったと思い、初心に戻ってDoingリストを作るようにしています。といっても、厳しいルールのようなものではなく、GTDリストにある項目から今日やる予定の作業を紙のリストに書いて、基本上から順に行うという按配。

2.JETSTREAMで書いてたDoingリストをカラフルにSTYLE FITで書く

Doingリストを使い始めたのが2009/07/09。色をいろいろにし始めたのが2009/08/03。それは私がコンセプト型の思考スタイルが強いからじゃないか、という相性もあるかもしれないけれど、なんとなく具合がいいです。

なんとなく華やぐ、というような雰囲気程度かもしれませんが、ひとまずよいです。

3.朝のはじめに色を決める

これをし始めたのが2009/08/7で8/11の今日で3日目。これは単に、いつ記述したものがわかればいいなーというだけの理由で、取り入れました。

3日目なので、効果というような効果は今のところないです。

 

Doingリストをし始めたのには、何かきっかけがあったはずなんですが、どうやら前の勉強会で細長いRHODIAをDoingリストのかわりに使っていると聞いて、それで始めたようです、私。

荒れ狂う現実の中で、精神の安寧は見つかるのか?

自分で自分の首を絞めてはいないだろうか?

GTD は「ストレスフリー」仕事術と呼ばれますが、それは何も「ストレスなしに仕事を無限に片付けられる」という意味ではありません。

「いま」「ここで」何をやるべきかを判断するためのすっきりとした頭を維持できていて、荒れ狂う現実は Inbox と ToDo リストに納められており、いったんそれを開きさえすればストレスなくタスクに向き合える、ということなのだといえるでしょう。

本当に忙しいときでも GTD の効果を引き出す7つのポイント | Lifehacking.jp

 

仕事は忙しいこともあります。そんな状況が本当はあってほしくはないのですが、実際はそうも行きません。荒れ狂う現実の中で、どうすれば精神の安寧は見つかるのでしょうか?

まるでそれは、台風の渦中の中で、台風の目を見つけるようなものです。台風の目にしても、知識上では無風だと知っているものの、それを体感した人は数少なく、本当にあるのかと疑わしい気持ちにもなります。しかし、そんな中でもセイフティゾーンはあります。私はそれをGTDで見つけることができました。

ドラクエの冒険の書のように、放っておいた冒険を、放ったらかしにした状態から再開できる方法を知ることができれば、一つの冒険に邁進することができるのです。

しかし、そんなにいつも台風の渦中ばかりでは身がもちません。どうすれば一番速く、台風の目を見つけることができるのでしょうか? その見つけ方が習慣になっていれば、私たちはどういう風に変わるのでしょうか?

 

どうもこうも、新しい生活に順応させるのに、意識的にどうこうやるってことがうまくできないせいでもあるわけです。
そこで、ふっと思ったのは、普段の生活を何気なく送るということそのものこそが、実は最上のライフハックなのではないかと。
習慣というものの魔力は、よくライフハックのテーマに挙げられます。
習慣は、意識的に物事を進めるわけでなく、無意識的に物事を進めます。
そういうことが何故できるのかといえば、それは自分の生活のうえで、無駄があまりなく、違和感を感じないからだと思います。

精神的にきつい状態をハックすることは可能なのか? :: 1R@個人システム.Wiz

 

台風の目を見つける作業が習慣になっていれば、渦中にいててももしかすると普段の生活と変わりないのかもしれません。

ところで、遠藤誠という弁護士を知っているでしょうか? 彼は人権派弁護士として知られており、帝銀事件の主任弁護人等を担当していました。オウム真理教事件で麻原彰晃からの弁護の依頼を拒絶したことでも、有名です。彼は2002年に鬼籍に入りました。私が彼を知ったのは、ほぼ日新聞で連載されている「おいら。」からでした。

 

その新聞記事に 遠藤弁護士の
今年の年賀状の文章が載っていたのである。
その文章が、頭を離れずにいる。

「いろいろと変な事件がいっぱい起きました。

そこに共通して言えることは、
自分の欲望が通らないと、
それをすべて、ひとのせい、世の中のせいにして、
犯罪を犯すバカどもの行動であります。

私は、何か起きたとき、ひとが何をしたか、
何をしなかったのかを、一切考えません。
自分が何をしたか、
何をしなかったかだけを考えることにしています。

そうすると、雲のように悠々と、
水のようにサラサラと、生きられます。」

ほぼ日刊イトイ新聞 – おいら。

 

弁護士という職業はいつも激動の真っ只中です。火事から火事へと渡り歩くようなもののようです。その中でも彼の心の中は、澄み切った湖の水面のように平静だったのでしょう。

ジェットコースターのように仕事状況は変わる

 

4月になって仕事が変わって早々、今までの自分のタスク管理方法がうまく働かないことが明らかになってきました。

今までは、処理すべき依頼文書のような書類があって、それを管理しておけば、基本的に他にメモを作ることなく仕事が管理できたので、仕事の文書をクリアホルダに入れて管理するという方法が有効でした。

via 仕事が変わったら今までのやり方が通用しない – Thinking about…

GTDは、個人的には誰しも必要になるであろうと思っています。その理由の一つが、ブログで見かけたエントリのような仕事環境が急激に変化することです。上記のエントリでは、いきなり忙しくなったパターンですが、それ以外にも違うパターンでもありえます。

最近仕事管理に関連して思いつくイメージに、次のようなものがあります。単位時間における処理作業がどれぐらい蜜に存在しているか、と。マシンを使い始めるようになって、ドッグタイムと言われるようになりました。それは単位時間に消費する作業が多いからです。その作業数が多ければ多いほど、意識すれば意識するほど、その時間は濃密になっていきます。

仕事は状況によって、その作業数の時間密度が異なってきます。状況によっては分刻みもありますし、仕事内容によっては年刻みのこともあります。

私も、GTDを実施している途中で上記の方と同様に、仕事の状況が変わることが二変三変とありました。忙しくなければGTDは必要ないのではと思うこともありました。が、いつも状況が変化するのは突然です。そうでなければ自分が気がつかないぐらいに徐々にです。そうかと思ったら、台風一過のように一時をすぎれば何事もなかったかのような静けさになります。

私たちの仕事状況は、いつも突然に、いつも予告なく変わっていくのです。まるでジェットコースターのようです。以前にお話した、ハチドリの時間やクジラの時間がありましたが、私たち一人ひとりがその両方の時間を持ちあわせることがあるのです。さて、ハチドリの時間とクジラの時間、これらはどうやって一つにまとめたらよいのでしょう?

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