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だいたい分かるエマジェネティックス

私はエマジェネティックスをものすごくオススメしています。会社の方で利用してくれないかと、手始めに宣伝用の紙を書いてました。が、時間がなくて、そのままボツになってしまいましたので、アソシエイトの宣伝も兼ねて、紹介したいと思います。

 

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思考スタイルの違いでありがちな、人によって対応が変わるお話です。上司が変わって基準ががらっと変わることも多いことです。仕事先のやり方も場合によって異なります。

 

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内部でのコミュニケーションでも、どうしてそんな行動になるのかわからないこともあります。その1では、自分で調べればいいのに、どうして聞くことを優先してしまうのか。その2 では、いつもは仲良くしているのに、いつも飲みに誘っては断られてばかり。その3では、・・・これは無視っといてください。

 

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エマジェネティックスの簡単な説明です。手にも右利き左利きという利き手があります。思考にもそういうくせというものがあります。エマジェネティックスはそれをおおまかに4つに分けて捉えようとしています。

 

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その4つの思考のくせとは、分析型・ディテール型・社交型・コンセプト型です。各型の特徴を捉えるには、口癖を見るのが一番捉えやすいです。次の4コマを見ると、4つの関係性がわかりやすいでしょう。

 

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で、左側が各思考スタイルでありがちな、うまくいかないコミュニケーションパターン。黄金パターンで、だいたいエマジェネティックスの各思考スタイルがなんとなくわかってくれます。そして右側が、思考スタイルでうまくいくコミュニケーションパターンです。

 

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エマジェネティックスの思考スタイルは、とらえやすいです。例えばそれらは、口ぐせや書き癖、考える基準などにも現れ出てきます。

 

エマジェネティックスのアソシエイト研修では、基礎研修1日間+アソシエイトになるための2日間で、じっくりエマジェネティックスを理解することができます。

何度も言いますが、私がいろいろある研修の中で、何度も行きたくなる研修です。とにかく楽しくエマジェネティックスを理解できる研修です。

また、私が信頼とは何なのかを、考えはじめたのもこの研修がきっかけでした。信頼できる場で、いかに人が大きな力を発揮できるのか、その素地をエマジェネティックスは提供してくれるんじゃないかと、私は期待しています。

アメリカでは、リッツカールトンなどの、ホスピタリティの強い会社に採用されています。日本では2008年にやって来たばかりですが、アメリカでは既に20年程の実績が蓄積されている、立派な思考分析ツールです。

もちろん、エマジェネティックスもただのツールです。だから、その人のすべてがわかるというわけではありません。ただ、人を理解するための指標が用意されているだけです。それでも、「あの人ってわけわかんない」ではなく、「あの人って、コンセプトタイプだからわけわかんなくて当然だ」とワンクッションおけるのは、大きな違いです。

 

スケジュール:2010年10月22日(金)、23日(土)、24日(日)
時 間:9:30-18:00 (3日程全ての参加が必要です)
会 場:ちよだプラットフォームスクウェア
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3‐21
会 場:http://www.yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10
講 師:中村泰彦(EG ジャパン/日本版コンテンツ制作チーフ)
:中尾信也 (EG ジャパン/ビジネス推進チーフ)

研修内容の詳細:http://www.egjapan.net/modules/trainer/index.php?content_id=1
第4回育成コースの様子:http://www.youtube.com/watch?v=4s9bmwb9hLQ

研 修 費 用:280,000円

締め切りは10月17日までです。研修費用はそれなりになりますが、紹介者に私の名前(はじめに – works4Life Season VI参照ください)を記入いただければ、結構安くなります。どのぐらい安くなるかは、個別に問い合わせください。twitterのDMでもOKです。

一人でもエマジェネティックスを楽しんでくれれば、嬉しいです。プレイフルな時間をお楽しみください!

GTDとかEmergeneticsとかそこらへんの整理用テキスト

私がGTDを推しているのは、もちろん自分に効果があって他の人がやってもハッピーになれるからだ、と言うのを信じているからだ。GTDは仕事の中間作業である、仕事の管理作業を楽にしてくれる。本当はこの部分で非常にエネルギーをとられているのに、それには気づかずに仕事をしていて、それで大丈夫だって思っているところがどうにももったいなくて、腹立たしい。せっかくこんなに楽になるツールがあるのに使わないなんて! と思ったりすることがある。これがまず発端だった。

所変わって会社である。会社に所属していることには、メリットもデメリットもある。働く人が会社から得られるメリットは、

  1. 作業の負荷分散が可能
  2. 個人じゃできない大きな仕事が可能
  3. 好きな仕事に積極的に集中できることが可能

といったようなものがある。補足しておくと、(1)は、一人じゃとてもできない仕事量があると、他の人に割り振れたりすることができる。障害があっても、仲間がいっぱいいるので、一緒に対応してくれたりする。(2)は、一人じゃビッグな仕事を取ってきてそれに携わることができる。個人だと仕事を取ることもさばくこともなかなかにできない。(3)は、会社の中の仕事はいろいろあるので、自分が好きな方向に進めるように、努力したらできる可能性があることだ。個人でできなくはないとは思うが、意識して行う必要があるかもしれない。

働く人が会社から得られるデメリットは、下記の通り。

  1. 間接作業がいっぱい
  2. 通勤時間がいっぱい
  3. 会社を運営するための時間が割かれる

(1)は書いといてなんなんだが、個人にも言えることだけれども、仕事を管理するような、とか工数計算とかそういった管理作業が必要になる。(2)はその名の通り、まぁ個人だからといって発生しないわけでもないし、通勤時間をそもそもデメリットと捉えていない場合もあるんじゃないかもしれないけれども、ここでは作業的時間がカットされる、という点でデメリットとしてあげておく。(3)は、(1)とも被る感じであるが、方針を決めたりそういったようなことである。まーこれも個人でやんないわけではないけれども、個人以上に大幅に時間がとられて部門なんぞもできちゃったりしてとかそういうこと指す。

上記は、会社の具体的な利益に直結しない作業が大いに含まれることを指し示している。

そういう様々なメリットデメリットを考慮しつつ、企業で働くことを選んでいる人がいる。私もその一人だ。この時に会社に働く心意気は、私は会社に役に立ちたいし、それに対して給料が払われるべきだと思うし、何より会社という大人数で働いたことによる、ダイナミックな効果を与えたいと思っている。1+1が2以上になる可能性があるのが、大人数で働く醍醐味だろう。その醍醐味を味わいたいと、少なくとも私は思っている。しかし、実際の会社はそううまくいっていない部分が多い。なぜだろう?

私は会社に働くのは嫌いじゃない。ただ、私は会社に働くことでうんざりする気持ちになるのは、とても嫌いだ。働くのは好きだ。お金がもらえる、達成感がある、お客さんに喜ばれる。

Make you open

2009年5月の後半、EGトレーナー研修を受けた。私は会社で働いているので、そういう類を生業にしているわけではないので、特に参加する必要もなかったのだが、とにかくもう受けたいのと、あとプロファイルを使ってみたいのとで参加することにした。

これは極めて英断だった。値段的にも(笑)。

EGトレーナー研修は極めて珍しい状況だった。というのも、参加者もそうだが、トレーナー自体もすべて、コンセプト型スタイルを優勢に持っていた。日本ではEGトレーナー研修は、今回で2回目。1回目の時はディテール型も優勢にいて、そうではなかった。コンセプト型はお祭りタイプなので、まぁ随分明るい雰囲気に恵まれてプログラムは進んだ。

2日目のプログラムを終えてリフレクション、つまりまとめの時に入ろうとした時だった。音楽が流れてなんだかぽろっとしてしまった。他の人がリクレフションで答えている時にも、全然ポロポロは止まらなかった。

 

 

エマジェネティックスの本を初めて読んだ時に感じたことは、ああ、自分も普通なんだ、ということだった。コンセプト型で説明された男の人は、シャレじゃなくて自分のことみたいに感じた。別に、ヘンとか普通とかって何なのさ? という気持ちはあったとしても、まぁいいや、て思ってた。でも疎外感みたいなものはいつも感じていた。それの根本的なものが何なのか、というのはついぞ分かっていなかった。

EGトレーナー研修ではコンセプト型ばっかりの研修だった。コンセプト型はアイデアが思いつくタイプ。まぁちょっと変わってるね、新しいものがすきね、という人はこの特性が強く出ている。私がヘンでも、基本的にヘンな人ばっかりだ。正直初めに思ったことは、あんまり我慢しなくても大丈夫なんだろう、ということだった。実際、現場はその通りだったし、ワークショップも、私自身が考えつかないようなアウトプットが出てきて驚くばかりだった。びっくり箱みたいな、とても楽しい研修だった。

2日目に涙したのは、多分このメンバーのおかげなんだろうと思う。コンセプト型ばかりのメンバーで、私は加減することなく参加できた。それが多分心に響いたんだろう。

 

EGトレーナー研修では何がもたらされたのか。全面的に自分が受け入れられた空間がもたらされた、ように思う。とりわけ、不特定多数という条件で。

私たちは一体感というのが好きだ。あれは、てんでばらばらの人達がいても、ある同じ目的のためにそれぞれが行動していることから、あたかも同じように感じるのだと思う。1forAllではないけれども、楽しいこともつらいことも同じことのように分かち合う。それはそれで、自分が受け入れられている空間なのではないのかな、と思う。

別に何かされたわけでもないし、私もしたわけでもない。ただありのままで存在することが許された、単にそれだけだ。たったそれだけなのだ。

今回の研修でサポートに入っていた人ともお話をした。私が上記のように泣いたのには随分驚いたみたいだ。見た目的には随分クールなのに(どうやら印象はそのようならしい)、そんな風に泣いてびっくりしたそうだ。日本の教育にも抑圧されていたのかも、ということを話してくれたが、そこには神経が至っていなかったので、確かにそういうこともあるかもしれないと納得した。

 

これまで表示してきた文章は、友人に言わせると「眠たい教授の文章だ」なのだと言う。ぶっとんだ話にならないよう最新の注意をかけてきた成果がこれだ。そしてDraftsに書く文章は面白いと言う。分析型の私にしてみれば、随分つっこみ所の多い、論理的な梯子がいまいちな文章だと言われること請け合いな文章なのにも関わらずである。

Draftsというカテゴリを作って、RSSに流さずに記事を書こうとしたのにはいくつか影響がある。公開してない文章があまりに多すぎくなってきたのとか、それを時系列に管理しておきたいのとか、poicのぶっとんだ文章を公開しているのが羨ましくなったのとか、そろそろ面倒くさくなったのとかまぁいろいろ。

Draftsというカテゴリを作って、もうちょっと書いて公開する範囲を広げようとしたこと、それからもうちょっと気軽に書いてみようと後押ししたのは、EGAsiaの今回の認定トレーナーであるジョシュのおかげだろう。

研修後の懇親会、ジョシュと話した。つたない英語でなんとか、今回の研修がよかったことを私は伝えた。ジョシュは熱心に聞いてくれた。そしてこうも言ってくれた。

「Emiはステキな所が一杯なんだから、もっと心を開いてごらん、Make you open」

 

「Make you open」は、私の好きな言葉の一つになると思う。そして今思ったんだけど、ジョシュはヨシュアなんだよね。聖おにいさんのTシャツを応募したんだけど、あたんないかなと思う今日この頃。

よき師とは

  • 自分の教えることについて、レベル間と成長モデルを持っている
  • 自分の教えるものについて、できることとできないことを知っている
  • 相手の抱える問題について、上記の基準で判断できる
  • 相手の抱える問題について、最適な質問や回答等のアドバイスを行うことができる
  • 相手の状況に合わせて、適切な量の情報を与えることができる
  • 相手の状況に合わせて、最適な課題や最適な質問を作成することができる
  • 相手の成長促進のために、最適な課題や最適な質問を与えることができる
  • 相手に関する全てを全面受け入れすること
  • 相手が自分の補助なくして、その後相手は成長し進むことができる

 

ダブり感あり、不足あり、拡張順でなし。

ロールモデルで言えばミルトン・エリクソンのスタンスが一番近く、前提となる考え方としてはエマジェネティックスを置く。

コミットしたいことを思ったことを収集しなさい

GTDの収集範囲は?

2008年6月にDavid Allenが日本にやってきた時、私は個人的に質問した。訊ねたかったことは、収集する範囲についてだ。当時、収集範囲の対象が、私の中でかなり拡張していた。その時点で私なりの結論みたいなのがおぼろげにあったのだが、まだはっきりと言葉にはなっていなかった。結局、曖昧なままに質問したところ、Davidからアドバイスを頂いた。

コミットしたいことを思ったことを収集しなさい

上記の言葉を思い直しては、GTDの収集の対象がそもそもどういったものなのか、考え直した。

私がこの言葉を最初に耳にした時、違和感を感じた。というのも、私が収集の対象範囲のイメージとは、異なったからだ。私はどちらかというと、コミットする以前のどうともしがたいものでも収集すればいいんではないか、という風に広がっていたところだ。ところが、Davidから出てきた言葉は真逆であった。

人間に思考スタイルがあるならば、人間の作った道具にも思考スタイルがありうる

時同じくして、私はエマジェネティックスを知った。エマジェネティックスは思考分析の一種であり、人の考える傾向は、分析型・ディテール型・社交型・コンセプト型の4つの思考スタイルの比率で捉えようとしている。この考え方は、歩かの思考分析よりも柔軟で、どんなパターンの人間でも説明することが可能である。

さて、仕組みや道具は、人間が作ったものである。であるからして、人間の思想を反映することもある。GTDも何らかの思考スタイルの偏りがあるんじゃないかと、最近では思っている。GTDの5ステップ自体は、コンセプト型をよりよく反映しているため、GTD全体についても、コンセプト型の思想をよりよく反映したものだと、当初思っていた。私はコンセプト型が強いので、だから親しみやすいのかと思っていた。しかし、Davidの上記の言葉や、そもそもGTDが仕事を成し遂げる仕組みであることを考えると、コンセプト型だけではない何かが含まれていることを、薄々と感じるようになった。

コンセプト型だけではない何か――それはディテール型だろうと、考えるように至った。ディテール型は、理論的・実践的ということから、極めて実現的な内容を重視する。私がいろいろなディテール型とおぼしき人間を見てきて思ったのは、彼らは一律の箱を用意することである。彼らは順序が好きで、存在するものとそうでないものとをクリアに区別する。そして、ディテール型はある基準に従って、箱に収めてのみ、その存在を認めるのである。この存在の認め方が、Davidの言わんとしていることなと同じではないかと思ったのだ。

ディテール型のコミットした『物』

コミットすることは、ディテール型で言うところの箱に収めることである。箱は、GTDのリストだと言葉に相応する。言葉という箱に気持ちが収められた時、彼らはその存在を認める。そして――以降がディテール型の特徴だと思うのだが――このその箱に収まった時点で、彼らの箱に対する意思はほぼ固まっている。

そう思うに至った際の材料として、上記のようなことがある。例えば、PoICの4カード(以降便宜的にタグと呼ぶ)には、かなりクリアな基準がある。ディテール型は、これはアイデアだ!と、かなりクリアに考えているように感じる。実際はどうかは分からないが。

また、シリアル・ポップな日々のakizukidさんの場合だと、「これは僕は真逆になんでも残ってしまうのが嫌だ、という感覚がある。」という文面があり、ある程度取捨選択した結果のみを必要としているのが伺える。反対に言えば、必要かそうでないかが、ある程度自分の中でクリアになっているのである。いずれにしても、曖昧さを感じなかった。

コンセプト型の出力する曖昧な『物』

しかし、コンセプト型はそうもいかないのである。PoICのタグを考える時にいつも気になるのが、感想というには放っておけず、アイデアというには曖昧なものの場合、どちらにタグを付ければいいのだろうか、ということである。そもそも、感想を書いている間にアイデアに変容していくことはよくあることだ。そして、コンセプト型はその変容に対してあまり区別をしない。というか変容しているとも気がつかない。どのリストに所属するかで、まず困惑する。

で、そういう曖昧な、これからそれに対してコミットするかどうかわからないものも、収集の対象にしていいんじゃないのかと思い、冒頭のように質問しようと思ったのだ。

しかし、これは完全に私のGTDへの誤解であった。GTDはディテール型の強い人間が数に対抗して遂行ために、コンセプト型のフレームワークを利用したやり方である。少なくともDavid Allenの当初考えていたであろう最終単位は、ディテール型の明確な一律の箱であるように思われる。

私はというと、クリアな箱もあるし、ビニール袋のような場合もある。そして、大きな特徴として、、箱の中身が、リストにまたぐかそうでないかの変容を遂げる間に、私は箱に入れてしまうのだ。私が扱っていたのは、コンセプト型仕様の箱だったのであり、成長過程の『物』を頭の中から収集してしまう癖があるように思われる。思うに、GTDはこのような曖昧な『物』が収集されることは、そもそも想定外だったのではないだろうか。

PoICはこの曖昧な成長過程を、タスクフォースで、過去データから創出する。ちなみにコンセプト型は、『エマジェネティックス』でも説明していた通り、頭のるつぼへありったけの材料をつぎ込み、ありったけの実験をした後に、神頼みになる。頭の中でタスクフォースされる感じと言えばよいだろう。

そう考えると、私がGTDについて感じてきたいろいろな違和感に説明がつくようになった。GTDのアプリケーションがほとんどが線形的でSomedayリストやReferenceリストにあまり配慮してなかったり、Pile of Index Cardsの中で99%と1%と言われたりすることも、そのディテール型の箱をGTDで想定しているならば、とても合点が行く。もともとGTDはディテール型の強い人間のためのシステムであったし、そしてそれに集まる人間もディテール型の強い人間がほとんどであることも、そして彼らが、その箱によって築かれる平面そして時次元の世界に、気づきにくいことも。

冒頭で示したDavidのアドバイスと、David Allenの定義したGTDとについて、推測とは言え、私の中でようやく消化できたような気がする。私のみているGTDと彼のそれとの異なり方を理解した。しかし、その私の理解したそれであっても、GTDという枠組みは崩壊することなく、包括した。思想を分かつとも、枠組みはそれさえも許容するのである。

過去起きてしまったことに「~だったら」と考えるのは、「過去」に事前予約しているから

何かうまくいかなかった時に、「~だったらできたのに」と言うことはありますか? 私の友人の一人に、よく口にする人がいます。

私も毎回この言葉を聞くのは辛い上、本人自身もそういう風に考えるのが辛いと言うようになりました。なんとかできないものかと常々思ってきました。正直、私はこの「たられば」で考えるのが、とても嫌いです。何故なら、過去の自分を否定する行為だと思っていたからです。しかし先日、もうちょっと突き進んで考えてみたところ、どうやら本人にとっては、過去の自分を否定する行為ではないのでは、と考えるに至ったのです。

ちなみに私が今までに、友人に提案してきた対策案としては、「そういう言葉を使わないようにする」というものでした。毎回却下されましたがー。

ディテール型の癖とは

ところで、GTDとエマジェネティックスを理解するようになり、最近では思考スタイルによって、GTDへのアプローチが異なることを感じてきました。このうち、ディテール型の強い人というのは、実行するのに「いつ実行するのか」という条件を必ずつけるようにします。

そして友人にもその癖というのは非常によく出ていました。項目をリストアップし、それについて大まかな時間予算を算出し、見積もってから実行していました。友人は、何かを実行する際にはディテール型の思考が活発に働いているようです。

この点は、コンセプト型の強い私から見ると、非常に不思議な行為です。というのもコンセプト型はその時間の約束自体が拘束力を持ちません。「3時に約束ね」では納得できず、「4時から映画を見るから3時に約束ね」と言われないと、その時間に集まることに納得しないのがコンセプト型です。一方、ディテール型には、理由はなくても時間を決めることに非常に拘束力があります。彼らは、時間さえ決められれば達成するのがたやすいのです。

この行為は、つまり、実行することを「事前予約」するようなものです。彼らの構造は非常に四角張っていて、箱に四角のお菓子を折り詰めするかのごとく、考えるようになっています。それは実行する内容についても同じようで、それで、ある程度の見積もりをしながら、今日できることを算出します。ちなみに、この実行時間の見積もりも、ディテール型にとって非常に自然すぎる行為です。

ディテール型の彼らにとって、事前予約をして実行するので、遂行率というのは非常に高い値をいつも獲得しています。しかし、コレが裏目に出る場合があったのです。

何らかの問題でうまくいかなかった場合に、ディテール型が対処しがちな方法

ディテール型の事前予約をして実行する行為は、これから実行するような未来の項目に対して非常に有効であり、それは遂行率の高さからも裏付けられます。しかし、うまくいかなかった場合、何かおかしな状態になっているようなのです。

例えば友人がうまくいかなかった場合、一番上で話した「たられば」話を連発します。過去に対して「たられば」を考えても、現実が変わることはありません。なのに、なぜ今のタイミング仮定法を使って過去について考えるのか、私には皆目さっぱりわかりませんでした。現実を見て遂行することに長けたディテール型であるにもかかわらずです。しかし私、ここで考えました。そもそも「たられば」と考えるのか? そこで、先ほどの「事前予約」のことを思い出しました。

そもそも「たられば」話は何なのか? うまくいかなかった状況が、どのようならばうまくいったであろうか、と考えていることです。これって「過去」に対して「事前予約」してるってことじゃないの? と思ったわけです。

とはいえ、なぜ過去に対してまでそのような「事前予約」が働くのでしょうか? そこで、ディテール型の遂行率が幅を利かせてくるのです。遂行率が高いがゆえに、ディテール型は確信に満ちており、自分の行動にかなりの自信があります。自分たちの「事前予約」内容に抜かりはない、と。

このような動作は、ディテール型でなくても同じことをします。別に言葉で「たられば」話をせずとも、壊れた自動販売機でボタンを押しても何も出てこなかった時に、しつこくボタンを押す行為も同じです。私たちは、「ボタンを押したら商品が出てくる」ことを確信しているにも関わらず、そういう状況がならずに再度「ボタンを押したら商品が出てくる」の最初の行動を繰り返すのです。

これは瑣末な時間なことについてですが、ディテール型は遂行率が高いために、長い時間スパンのことであっても、同じような行動を取ってしまう、のではないかなと思ったのです。

いつになったら止めるのか?

自動販売機のボタンの押す行為をやめるのは、新しい情報を受け取ったり推定に至った場合です。例えば通りすがりの人に「その自販機、壊れてますよ」といわれると、何度も押していた行為はピタっと止みます。それは、新しい情報が追加されたからです。

では、ディテール型のような長いスパンの実行内容の場合は、いつになったら止められるのでしょうか? ここが難しいところなのです。ディテール型は、遂行率が高い故に、新しい情報を受け取ったり推定に至る動作に入るのが少ないのです。なぜなら、毎回うまくいくので、毎回状況を確認する必要がないからです。それで毎回、ボタンを押すように、何度も「事前予約」をしようとしているように見えます。

しかもこの行為はディテール型にとって、非常に強力な癖なので、それを否定すること自体に大きな山があるようです。少なくとも私にはそう見えます。

ディテール型の友人が、「たられば」を止めるのはいつなのか?  いまだ不明です。

「現状を再設定すること」という行為が、どういうものだったら働かないか、については不明ですが、友人にとっては「過去を否定する行為」なのではなく、現実が未だ「過去」なのでしょう。

「過去仮定法」を使ってしまうサイクルと、成功パターンまとめ

ディテール型がうまくいくとき~

1.事前実行予約を行う
2.実行する
3.うまくいく
4.やったー!

ディテール型うまくいかず、「過去仮定」事前実行するとき~

1.事前実行予約を行う
2.実行する
3.うまくいかない
4.あれ?
5.「言われたのがもうちょっと後だったら~」
と(過去向け)「事前実行予約を行う」

うまくいかず、うまくいくとき

1.事前実行予約を行う
2.実行する
3.うまくいかない

4.あれ?
5.現状を確認する
6.5の状況に合わせて事前実行予約を行う
7.実行する
8.うまくいく
9.やったー!

 

―ー

・最後のパターンがなかったら、割とまとまっててリリースできたんじゃないかと思うが、流れがなくって困ったんだっけ。

・「Emergenetcis考察」とかのカテゴリがそろろそろ必要なんじゃないかと。

MindMapって成績表→アイデア出しのプロセスパターンについて

マインドマップは我流でなんとかやっています。けれども、毎回使っているかというとそうではなく、必要な際に実施しています。私が使っていた際に友人がコメントしたわけですが、それが以下のようなものでした。

「マインドマップって成績表なんだね」

はて。成績表ってどういう意味で使ったのかよくわからず、詳細をたずねました。曰く「マインドマップって、普通だとアイデアを発想させるためのツールとして使われてると思うんだよね。でもそうじゃなくって、ここまでわかってる、とかそういうのを整理するために使ってて、特にアイデアを発想させるために使っている感じではないよね」

確かにそうです。言われてみれば、アイデアを考えるようなことについてマインドマップを使ったことはあまりありません。個人的には、マインドマップの磁場は非常に強くて、私は反対にこの磁場に影響して、いまいち思いつかないタイプです。だから、何かまとまった考え事をする際にマインドマップを使う場合、ある程度頭の中でアイデアを出す→マインドマップで整理→細かい部分をマインドマップに補足する、という3段階のフェーズで行っています。

どうすれば頭が活性化しやすいか?

どういう状況で頭が回転しやすいかは人によって異なります。以前、私はカードが使えなかったりすることに非常にショックを受けていました。自分がそんな状態でもいいかを正当化する理由を何気なく探していたりするんですが、最近エマジェネティックスの思考スタイルのように、考えやすい形状というのがあるのではと考えるに至りました。GTDで時系列の資料だけで十分なのか、イベントレベルの方が捉えやすいのかもそれで説明がつきますし、カードが苦手なのも、線が苦手なのも納得ができます。

今までの経験を総合すると、私の活性化しやすい状態というのは、言わば十分なスペースのある無重力空間の世界なのでしょう。線で区切られることもなく、アイテムの大きさも統一する必要もなく、それらの繋がりを気にする必要もない――そんなんで、今は白紙のB5ノートに、画像メインで項目を書いています。

私はコンセプト型の強い思考スタイルですが、勿論コンセプト型が強ければ私と同じ状況下で活性化しやすいとは言い切れません。しかし、仮に画像が多く非線形をコンセプト型を特徴とするならば、マインドマップは、あきらかに非画像線形型を特異とする人が思いついた方法ではないかと思います。というのも、私がマインドマップを使っている時には、アイデアが具体化されるといっても、アイデアの根本自体が世界を超えて広がるとは、とんと思わないからです。マインドマップに落とした時点で、ある制限された世界になります。

これは面白いことです。考え方が非線形である場合、物理的な線やかける範囲などが大きな制限として立ちはだかるかわりに、考え方が線形である場合、物理的な線や範囲などは思考の制限とはならないからです。思考の海が得意なのか、紙の海が得意なのかは人によりけりですね。

(1)ある程度頭の中でアイデアを出す→(2)マインドマップで整理→(3)細かい部分をマインドマップに補足する

この方法は、「コンセプト型(1)→分析型(2)→ディテール型(2)→社交型(3)」なのかもしれないと思っています。

マインドマップでアイデア出しをする場合は、分析型→ディテール型→社交型→コンセプト型、というサイクルかもしれません。

 

自分コメント

  • 要素が多すぎて負けた
  • Mindmapってこういう風に使ってるんです、ていうのを紹介しようと思ったら、途中から分類に入ってもーた。
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