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収集ステップでそんなに収集できないよ!という場合?(書くことに馴れていない場合)

そんなに収集できないよ!という場合は?→最初は、書くことに馴れる

第25回のGTD勉強会ログで収集項目数を出しました。人によってはそんなに項目を書くことができない、という人もいるかと思います。

収集した項目数が多いからといっていいわけではない

最初に言っておくと、収集する項目数に優劣はありません。

そもそも、収集する項目数の平均値とかはありませんし、その人で気になることが少なければ、収集する項目数も少なくなるからです。きれいな部屋のゴミが少ないのと同じように。

ですから、収集した項目数が多い方がエライとかそんなことはありません。それに、収集項目数が多いと、面倒です。後の処理ステップをする量が増えるんです。

それでも項目数を増やしたい!もしくは、気になることがあってもうまく外に出すことができない! という方もいるかと思います。何を書いたらいいのか躊躇する、という人もいるかもしれません。

今回は、書くことが馴れていない場合に収集ステップでそれなりの項目数を収集できるには、を考えてみました。このような状況は、水泳で言うなら泳げないどころか水に入れないの同じです。ですから、最初の第一歩は、文章を書くことに慣れましょう。

さいしょの第一歩:文章を書くことに馴れよう

文章を書いてください。文章ですよ。書く場所も書くツールも問いませんが、書く内容だけは文章にしてください。「うへぇ」とかそういう感嘆詞だけでは、ダメです。「文章を書く」というのは、自分の考えていることやものに焦点を合わせ明確化することなので、感嘆詞は遠吠え系なのでそれだけではダメです。「うへぇ」なら何がどういう風に感じて「うへぇ」という気持ちになったのかを書いてみましょう。何を書けばいいのかわからない場合は、今日したことを書いてください。もちろん「メシ」「風呂」「寝る」だけじゃダメですからね。

書く場所はどこでもいいです。ノートでもブログでもなんでもいいです。どこに何を書いたらいいのかわかんない場合は、今はやりのtwitterでいっときましょう。140文字で、いっぱいフォローしておくと、すぐに文字が流れて気後れしません。

この「文章を書く」という習慣は、メモをつける習慣にも通じるところがあります。なので、こちらの内容も参考になると思います。

ZTDは、さっくりGTDなんてできないよ! と思った方へのGTDをするための別の階段を用意したものです。今回話したことは、このZTDで紹介されているステップのうち、ユビキタスキャプチャーと呼ばれている部分に当てはまるものです。

今回tiwtterを紹介しました。理由はいくつかあります。流行りものである、他の人もやっている流れに入り込む、そして、カウントができる。習慣になっているかどうかは、どれぐらいツイートしたかで判断してもいいかもしれません。

「inboxはランドリーボックスの様なもの」 via 東京GTDオフ会の感想など #gtdjp

オフ会の中で参加者の皆さんに色々と質問させて頂いたのですが、その中で「皆さんのinboxってなに?そもそもinboxってどういう位置づけ?」と、素朴な質問を投げかけてみました。
収集するツールとしては、デジタル、アナログ様々でしたが、そのやり取りの中で出てきた「inboxはランドリーボックスの様なもの」という比喩は、改めてGTDの本質を表す良い表現だなと感じました。
ランドリーボックスには、家の中にある汚れ物が全て集められる必要があり、靴下とYシャツは別の場所に入れたり、その中に入れ忘れがあったりすると混乱してしまいます。
とにかく、一度全ての汚れ物をランドリーボックスに入れてしまうことが重要なんですね。

一般人の日常の中でGTDが最も適用されている部分があるとしたなら洗濯のプロセスだと私は思ってる。これをタスクやらにも応用させようというのがGTDのアイデア。

GTDは新しいことを行う過程のように見えるけども、実際は、異なるのでは。自分が知ってる中で一番負荷がかからないやり方に揃える行為なように思う。

Posted via web from 私的言語

メモの習慣はどれぐらい継続していますか?

トリガー

メモの習慣はどれぐらい継続していますか?

私がメモを取り始めた、というより、フリーノートを持ち始めたのは大学生だった頃。その後は、あったりなかったりの時期もはさみつつ、そういったメモ帳を使い続けてきた。最初はほとんど日記だけ。というか、7年くらいは日記しか書いてない。

それでも、メモするのは気分によってあったりなかったりするので、メモする、という行為はなかなか習慣化しにくい行為だな、と思う。ここで言いたかったのは、メモするのはこんなに大変なんですよ、というよりかは、まぁ気長に行こうぜ、ということ。数週間ぐらいで、メモができなくたって、大丈夫って言いたいわけだ。今だって、数ヶ月ノートが新しくならないことだってあるのだから、これからメモする人もあんまり気負いせずに使っていってほしいところ。

それから、残り数ページが消費できなくなってきたら、次のノートに行ってもいいと思う。終わりに近づいてくると、仕事でもやる気がなくなるのと同様に、ノートも「いざとなったら書ける場所がなくなる!」という無意識的な気持ちも左右されてるので。

自分コメント

  • 初出 2009/11/24

GTDでスッキリしない理由

GTDでは収集ステップをするとスッキリする! とよく言われる。人によってはスッキリしない場合もある。その理由を大昔に考えてみた。

スッキリしない理由

・そもそも余裕がある

この場合は、精神的な余裕を指し示している。ストレスとリラックスは正反対の関係であり、ストレスが高ければ高い程、リラックスを感じることができる。

・物理的な収集をやっていない

精神的な収集だけでは、スッキリ感というか脱力した感じを得ることができない。精神的な収集で気が晴れた場合は、かなりやばい状態でもある。精神状態にも気をつけよう。

・そもそも鈍感である

あまりに体に疲労が溜まると肩こりになっても感じなくなる。そういう人がGTDをやっても、あまりに感じない状況が続くので、まず体が認識できない。ストレスすぎて、ストレスだと感じることを放棄してしまった。ストレスを放棄すると、同じ認識ジャンルであるリラックスな状態も、もちろん理解がしにくい。リラックスしている、というのもストレスを感じてこそである。

収集ステップは、頭の緊張を解いてリラックスする

頭にデータが保存されている状態は、神経回路に電気信号が持続して流れている状態だ、と認識している。

昔P2Pプロトコルのためのプログラムを作ったことがあって、Broadcastというメッセージの流し方があるが、Broadcastは全ノードに対して全員通達するという、絨毯爆撃のようなメッセージの流し方だ。ノード自体は誰と繋がっているかは知っていて、あるノードからメッセージを受け取ったら、それ以外の繋がっているノードにそのメッセージを送るというやり方である。次に同じ内容のメッセージを受け取ったら、何もしない、という方針を持っている。

オープンループは言わばBroadcastの状態がずーっと続いているような状態だと思っている。上記プロトコルでは、次に同じメッセージが着たら破棄するようにしているが、脳の場合は多分そうではなく、クローズするための情報が流れてくるまで、同じ情報がやってきても流れてしまうのだろう。けれども、脳の神経回路の中には、完了してなくてもメッセージを送らなく調整する神経回路もあるのだろう。それで、短期メモリからは、ある一定の時間を経過すれば、ほとんどの情報をすぐには思い出すことができなくなる。

自分コメント

  • 2009/1
  • 途中で終わってたし。

公私にかかわらず収集する理由

 

重要なのはできるだけ思考の流れを分断しないような大きさを確保することです。

horirium | 「システムノート」の手法1

現在hoririumさんのところでは、手帳というものを見直し、それに代替する新たなものを提案しています。それがタイトルの「システムノート」であり、その「システムノート」で重要と説明されているのが、上記の文になります。

思考を中断させない、というのはあらゆる場面で重要なポイントです。今回は収集ステップに目を向けてみたいと思います。

収集ステップは公私にかかわらず収集しろというのは、どうしてか?

GTDをはじめて、最初の頃から不思議に思った点はこのことです。どうして収集ステップでは、何でもかんでも集めるのがいいのか?

David Allenの言うには、理由は確かこんな感じだったと思います。自分の立場から考えるとやるべきことや気になることは仕事以外にもあり、それが実は頭を悩ませているからだ。だからどれであっても収集する必要があるのだ、と。

Davidの言いたいことは、頭では理解できます。でも、なんとなく釈然とこない。確かにフォーカスが仕事や生活の一部分から全部に変える必要があるのはわかる。でも全部に変えたらうまくいくのはどうしてなのかは、わからなかったのです。

脳みそに皺はあれど、境界はないのだよ

で、そんな時思い出したのが時間と脳みその関係です。曰く、脳みそに時間という概念はなく、しゃべる内容によって未来へ行ったり過去へ行ったり自由自在だ、と。

で、ふと思った。それって、カテゴリについても同じことが言えるんじゃないかな? カテゴリだって、人が覚えやすかったり見やすかったりといった理由から、敢えて分けているだけで、脳みそはそんな概念はないんじゃないかなぁ、と。

確かにそうです。でなければ、息をしながら自転車をこぎつつ歴史の暗記をすることだって難しいに違いありません。と、これはちょっと言いすぎ。意識的な区別はあるにせよ、脳みそが無意識的には区別はないのだと思います。だからこそ、相手とビジネスな会話をしつつ、目の端に時計を見ながら後何分でお昼かなと心の中で考えることもできるのでしょう。

脳みその家捜し

さて、話を戻して、脳みその家捜しにはどうしたらいいのか? 収集ステップは、いわば脳みその大掃除です。新しい情報はもちろんのこと、古くてこびりついた情報までをも一旦取り出す必要があります。でも、そんな古くて思い出すことすら難しい情報、どうやって出せるの?

そこで、「できるだけ思考の流れを分断しない」ようにするのです。脳みそは同じ作業であれば、負荷が軽減され、動きやすくなります。それができるように、脳みそには思い出す作業を延々と繰り返すように仕向けるのです。でも思い出してからこれは仕事、生活、と区切っていると、その思い出す流れというものを分断してしまう。だから、判断する作業を一旦除いてしまうのです。

しいて言うなら、脳みそという名の池に飛び跳ねる魚を捕まえるような

収集ステップは、私には上記の見出しのようなイメージがあります。思い出そうとしても、意識的に思い出せるかというと思い出せないので、私はわざと思い出そうとはせずに、周辺のことを思い浮かべます。撒き餌みたいな感じ。で、思い出した!と思ったのをすかさず拾って出力する。これがいわゆる飛び跳ねる魚のイメージ。

思い出そうと思ったのを直接思い出す、といった一本釣りのようなことはできず、飛び跳ねた魚をささっと拾い上げる、というのが私の思い出す作業のやり方です。池の中に何匹魚がいるかはわからず、どこに存在するかもわからず、飛び跳ねるのが何でいつどのくらいなのかもわからない、私の捉えている脳みそのイメージにもとてもフィットします。

結論

で、結論です。公私ともに収集をするのはなぜか? 思い出し収集するという作業に専念するため。ブレインストーミングと同様、質より量が必要なのです。

GTDをするなら物理的な「物」も巻き込もう

ちょっとした疑問

 webサイトでGTDをはじめた方々の記事を見て引っかかったことがある。物理的な「物」は「1.収集」に含まれているんだろうか、と。

「物」とは?

 『仕事を成し遂げる技術』では「物」の定義を以下のようにしていた。

物とは、あなたがそれに対する次の行動のステップを決めないままに、あなたの精神的、現実的な世界の中に、あなたが放置しているもので、本来、そういう風であってはならないもの、です。

 精神的な世界を取り扱っているGTDについてはよく見かけるのだが、週次レビュー後のリストはどうしても精神的なものしか出てこないので、実際現実的な世界の中での物を「1.収集」しているのかよくわからないのである。

 なので、他のwebサイトの人だと「1.収集」には頭の中で自分が考えている精神的な「物」以外にも、処理していないDMなどの物理的な「物」についてはどう取り扱ってるんだろうか、と不思議に思った次第である。
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