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意思決定プロセスが利用するシステムを変える~EvernoteからDiigoへ~

Evernoteの使い方について、随分模索してきた。Diigoでメモ機能が追加され、ついでにプレミアムアカウントが用意されて画像もアップできるようになった。そんなんで、Evernoteは完全にリファレンス型アイテムとして利用しようかと思う。

 

Evernoteに今まで入れていたのは、メモ、資料、ウェブ記事など

で、そう決める前に一旦Evernoteの記事から、自分のカテゴリ分けをしてみていた。大きくわけて、メモ、資料、ウェブ記事等。

なんだけど、一番の大問題があった。

 

Evernoteを見る気になれない。

 

何がどうというのかわからないが、Evernoteのクライアントツールが本当に苦手になってしまった。昔(といっても2.0の頃だが)はそんなはずじゃなかったのに!とか思っていたが、一度Evernoteの機能を見直したところ、確かにさもありなん。

理由は大きくわけて二つ。

  1. コンセプトが合わない
  2. 情報の取り扱いが合わない

 

1.コンセプトが合わない

Evernote3.0のコンセプトと私は合わないことが発覚した。もともとあったいくつかの機能がなくなっていたことに、ようやく気がついたのだ。

個人的に、EvernoteのPCクライアントツールのうち、私が一番好きだったのは、ノートスクロールだ。Picasaにも同じような実装がされてある。これが、ノートのようだったものが、トイレットペーパーみたいな振る舞いができていた。これが何時の間にかなくなってた。

ノートスクロールは多分おそらく、検索機能が充実したのだから、ノートを繰る、といったような行為は不要だと思われてしまったのかもしれない。

ここから、Evernoteはトイレットペーパーのようなノートの概念から、カードの概念に変わっていたのだ。

で、検索すりゃいいんだけど、Evernoteで検索したくない、と思った。

じゃ、なんでEvernoteで検索するのが嫌いなのかと考えたら、結構不要なデータが出てきて、そこからまた探すというのが面倒くさいと考えている模様だ。

しかしDiigoでは検索はそこまで嫌がっていないし、それなりに検索はする。じゃあ何がイヤなんだ?? となったら、Evernoteに私が入れた情報、ということになる。この情報が、私にとって、検索した後に見たくない情報ばかり、というのが、私が検索をしたくない理由になっているようだ。

 

私個人の場合は、必要なオブジェクト自体は検索する時点である程度決まっている。検索する時自体には、ある程度の文脈があって、それにあわせて本なりウェブ記事なりを探そうと考えるのだ。

Evernoteならば「あれについて昔ウェブ記事クリップしているか本があるかも」、と思うところ、私は「あれについて昔ウェブ記事クリップしてたっけ」と思って検索する。この場合、Evernoteで本についても検索に引っかかることは、面倒くさいのである。

それならノートブックで分けて管理して、ノートブックを選択してから検索すればいいじゃん! と思うだろう。それを私は面倒くさがるのだ。

簡単に言えば、マグカップは左手で持つのに、いつもデフォルトで右側に置いてて面倒だ、そういう類の合わなさ加減なのである。

その最初の入り口が異なると、その後の仔細までも合わなくなってくる。それが、情報の取り扱いである。

 

 

2.情報の取り扱いが合わない

その情報のソースは何か、ということを諸君は気にするだろうか? 私は気にする。

もともと私は話が混ざりやすいタイプだ。外部ではっきり区別しておかないと、何時の間にか聞いた話が自分で体験した話になりかねない。事実なのか、それとも自分がそこから感じたことなのか、といった内外の区別はしておきたいと思う。

が、Evernoteはノートだけあって、後から編集が可能なんである。ところがどっこい。この、編集できるという操作が許可されていることからして、その情報が本当に正しいかどうかが不安になるのである。

しかし、Evernoteはデータの正確性よりも数を取った。しかし、正確性が欠けることは、私にとっては大きな問題となったのである。

 

以下はDiigoのリスト表示である。自分のメモ、それに対するコメント、ウェブ記事、それに対する引用、それに対するコメントが全て区別されており、それが画面で確認可能である。

image

こんなに細々せんでも、と思う人もいるだろう。私はここまではっきりしてくれて、ようやく安心感が出るというわけだ。

 

とにかく私はまぜっこぜになるのが我慢ができなかった。PoICの問題にあたったのも、この部分のような気がする。

こうして、EvernoteはウェブページやPDFなどのデータを保管するためのツールとして用いることになるだろう。

今後の使い方をまとめるとこうだ。

 

  • Evernote – 完全ストック型(情報の編集は想定していない)
  • Diigo – フロー型+ストック型(情報の編集は想定済み)

 

 

結局EvernoteやDiigoに何を求めているのか?

結局のところ、EvernoteやDiigoに私は何を求めているのだろうか?  例えば、447ブログの中で、自分のグーグルを作りたいとあったが、その印象は非常に、納得できるものがある。

自分だけのGoogleを作るため

私は情報収集のほとんどをGoogleReaderとTwitterを使って済ませています。その中で気になったものは全てEvernoteにしまっておくことにしてます。それは「自分だけのGoogleを作るため」です。調べ物をする対象が日本語Web全体よりも、自分が以前興味を示した対象の範囲内であるほうが、欲しい情報が見つけやすいに決まっています。

447ブログ: エバーノートに情報を残す。それはなぜですか?

 

また、ライフハック心理学ではこのようなプロセスで一つ気になることを言っていた。

GTD、それからEvernoteというサービス、そしてiPhoneやiPadを「使いこなせるかどうか」のポイントとして私がいま真っ先に強調したいのが、「想起」にこだわるのをやめて「検索」に向かえるかどうかだということです。

想起から検索へ – ライフハック心理学

 

しばらく考えてもみたが、想起にこだわることをやめるのは、私には難しそうな話のように思えた。何せ、私の場合想起でほとんどが始まっているし、連想がなくなれば、私の特徴自体が薄らぐような気がする。

私が探そうとする際には、すでにおぼろげなのがら、本なのかウェブ記事なのかは思いついている。思いつかないのは詳細だ。だから、その詳細が見つかる先を、EvernoteやDiigoに求める。

そして、少なくとも、私が辿った道は、Inboxではなく、ある程度整然としたListでなければ、私にとって再利用の価値は少ない。そうでなければ、処理した時間の意味が、全くもってなくなってしまうからだ。

本のデータもEvernoteにつっこんだ時期もある。だが、借りた読んだといったデータもあわせて管理したくなるから、Evernoteだけでは難しかったのである。そして、その全てを把握しようというもくろみは、テンプレート機能等で対応しようとしていたEverNote2.0で失敗を遂げている。

おそらく、Evernoteの最適な利用用途は、447ブログにあったように、個人グーグルを作ることが適しているように思う。そして、私は個人グーグルはあまり必要としていないようだ。

 

人は一様にはなれない

エマジェネティックスは人の多様性を理論的に説明している。そして私はそれに納得する。4つの思考スタイルは、例えばそれは各ニューロンの属性を総和し、比率をとったもののようにも見える。

人によって比率が同じタイプがあってもやはり異なる。手順が異なるからだ。

この手順の違いが、人によって異なる意思決定プロセスへとつながり、この意思決定プロセスの異なりが、今回EvernoteやDiigoでのコンセプトの異なりへと展開されたのだろう。

エマジェネティックスから見れば、どちらのツールもコンセプトよりである。その中でも、ロードマップをよく見せるDiigoは計画や意図がはっきりしており、分析型の強いツールのように見える。一方Evernoteは、情報の制御を解放し、数への道へと進んだ。

どちらが優れているとかはない。単に、考え方の違いだ。

 

汝自身を知れ、と随分昔からいわれるのは、この細かい手順の違いを把握しろと言ってるのだと私は思う。人は一様にはなれない。一様になる理由もない。

道具ならば、自分専用のものが一番使いやすいのと同様に、プロセスや情報の把握の仕方にも、自分専用のものが一番つかいやすい。

私の意思決定プロセスにフィットしたのは、Evernoteではなく、Diigoだった。今回は、それだけのお話。

読書メモ 決定力を鍛える

買ったらそれで満足するのか、真面目に読む率が極端に減る。今回の本も結局ざっと読みになってしまった。もともとこの本を買ったのは、チェスのスペシャリストがどんな風な考えを持っているかを知りたかったこと。で、見直したら邦題と原題があまりにかけ離れていた。道理で見出しがいまいち合わなかったはずだ。
今回の本の収穫は以下3点。
  1. 言い方が極めて明快。
  2. 「自分の癖の意思決定を知ること」
  3. 関係ない作業はオートマ状態に

言い方が極めて明快

その人の世界は、文章から再構築される。その人が見えている世界がいかに明瞭なのか、整理されているのか、どれぐらいのフォーカスで見通しがあるのか、そういったものが浮き彫りに出る。彼の場合はクリアな世界だ。論旨に迷いがなく。言葉も具体的だ。

会社でミーティングの鬼とも言っても過言ではない人に、資料のレビューをしてもらったことがあったけれども、あれもしびれる経験だった。あれほどまでに、会合という名の複数人の話し合う場で、整理されたミーティングの時間はなかった。それと似たようなクリアさを感じた。

「自分の癖の意思決定を知ること」

最近になって、人によって言葉を確定するまでの工程が人によって具体的に異なることを薄々感じるようになった。それに至るまでの項目としては以下のようなもの。
  • 人によって分類のしやすい方法は異なる(ファイル形式、イベント形式等)
  • 人のノートは役に立たない、その人にしかわからない言葉だから via お菓子の先生
  • その人にとって似合ったセリフや言い回しは異なる。それは自分で見つけるしかない via 友人
  • 会社の仕事でクライアントが納得するまでのプロセスが、見つけるのに困難だったり、自分の方法とは微妙に異なったりして、ややこしい
  • 言ったらその内容が確定するのか、言った後に何度か繰り返すことによって確定するのか
    (私は言うこと自体が確定する意味を持つが、友人の場合はそうではなく、何度かくりかえs
  • エマジェネティックスの思考スタイルの原型はシナプスの経路ではないのか、そのシナプスの経路は人によって得意経路がすべて細かく異なるのではないのか

で、今回の彼の言によって、人によって意思決定に至るまでのプロセスはかなり細かく異なることで確定した。チェスのスペシャリストが言うのだから間違いないだろう。

関係ない作業はオートマ状態に

キルケゴール(だっけ?)の生活習慣が、周りの人間の時計変わりになっていたように、イチローの儀式が無意識にも実行できるように、心を傾けるのが無用だと思う部分にはスケジュールの通りに動くことで、オートマ状態に持っていくことが大事だとゆー。

決まった行動というのは極めて低エネルギー状態で実行することができる。なおかつ、その作業に没頭しながら、思考だけが解離でき、あたかも歩いている時に頭だけが別のことを考えることができるようになるのだ。

これを全体の時間にかけるということは、つきつめて考えるといかに規律のある状態に自分を強いることができるようにするか、である。チェスは長い試合もある。集中力をどれだけ継続するかもポイントになるだろう。これは、粘り強さを構築する手段であるのかもしれない。

決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣
ガルリ カスパロフ
日本放送出版協会 ( 2007-11 )
ISBN: 9784140812624
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

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