4月のGTD勉強会はお休みです&今年のGTD勉強会の進め方について

4月のGTD勉強会はお休みです

4月のGTD勉強会は、お休みします。詳細は次の見出しでお話しますが、今年は4カ月を1サイクルで、ラストひと月をお休みの月にしようと思ったというのがあるからです。5月は通常通り行いますので、ご参加いただきますようお願いします。

 

今年のGTD勉強会の進め方について

さて、今年のGTD勉強会は、以下のような設定で行っております。

 

今年のGTD勉強会の目的:

  • 新規で行う人が継続しやすいようにする(1)
  • コピーしやすい勉強会を目指す(2)
  • 更に勉強会運営の省力化を目指す(3)

今年のGTD勉強会の目標:

  • 勉強会のメニュー化 – (2)(3)
  • 短いタームで新規向けのメニューを実施する – (1)(3)

 

GTDは日本でも徐々に浸透してきました。とはいえ、日常での認知度はほとんどありません。そもそも、GTDいいよ!と言っている人が少ない。まずはGTDいいよ!と思う人を増やすことが先決です。そんなんで、GTD勉強会は、新しくGTDをしたり、GTDでつまづいたりする人の手助けになるための役割として活動しています。

そこで、GTD勉強会自体は、新規で行う人のメニューで構成し、それを年度の中でも繰り返して行っていこうと思います。更に流行るにはコピーできることが大切だと最近思うようになったので、勉強会のメニューを定型化できてコピーしやすいようにできたらいいなと思ってます。今年はそんな方針でいきたいと思います。

で、ターム自体は4カ月を1サイクル、これを3サイクル行いたいと思います。ラストのひと月はバッファ月で、休みか何かイベントができたらいいなって思ってます。

 

もっとGTDを盛り上げていきたい!と思っていますがなかなか数少ないエネルギーでやるのは難しいですね。

 

FacebookのユニークURLが決まりました!

Gtd勉強会 | Facebook

GTDstudyingに決まりました! これから関連した資料などは、facebookで取りまとめていきたいと思います。

 

mixiのGTD勉強会について

GTD勉強会は、もともとmixiのコミュニティで作成しました。オフラインベースのイベント部分だけを用いるといった目的だけに今まで使っていました。しばらくどちらの部分にも告知しますが、今後はどちらか一方で統一したいと思います。

よろしくお願いします。

復興とこれから、そんでもって2010/03/26(土)のGTD勉強会は開催します。

みなさま、おつかれさまです。
被災された方々にお見舞い申し上げます。復興に携わっている方々、本当に有難うございます。

私は東京に住んでいます。元気です。とはいうものの、当日は電車がとまったりして、私も歩いて家に帰りました。

 

助けられたもの

ここ1週間ほどは、私自身も緊急体制モードでした。その後は状況を逐一知り、今が安定した状態になっているのかそうでないのか、あるいは今後に対して自分はどうすべきか、心は千千に乱れていました。

その数日間、私自身も、いろんな人に助けられました。当日一緒に歩いてくれた会社の人々、同居している友人、メールで心配してくれた友人、ネット経由で見る手助けの様々、特に勇気づけられたのは、被災地にいる友人からの声でした。

自分以上に元気な様子に、怯えている自分がなんだか滑稽に見えてとても救われました。

 

がんばっている人々

デマや買いだめの行き交う中、緊急にも輪番停電の計画がなされました。関東あげての節電のおかげで、何度かの実施は免れています。計画がなっていないという話も聞きますが、システムの移行計画ですら数か月をかけます。そんな中、数日間で検討計画実施を何ら問題なく実施できたことの方がすごいなと個人的には思いました。

計画がドタキャンされるよりも、電気が継続してつながることを優先して実施してくれているんだと思っています。先日深夜に帰宅しました。帰路も電灯がついていて、本当にありがたいなぁって思いました。

原発の対応をされている方々、消防車、NPO、自衛隊、海外救援隊、病院の関係者の方々、直接的にできない私は、応援するばかりです。

 

悲観と楽観の挟間

ツイッターでは悲観したコメントと楽観したコメントが錯綜しました。私は状況に影響しがちなので、どうにも悲観的な感情に支配されることが多いです。けれども、この楽観、あるいは希望を見出そうとするコメントに随分助けられました。動画もしかりです。

特に私の中で印象に残っているのはこのおじいさんの笑顔です。菩薩のような、生きながらえたことを喜ぶ気持ちにあふれています。生きていることが一番大切なのだと、はっとさせられます。こんな笑顔ができるのには、どうしたらいいんだろうと、考えさせられました。

 

自分自身の状況など

正直私はこういう状況はとても苦手です。たとえ自分に身の粉がふりかかっていなくても、そんな状況が起こっている、と知るだけで心が痛みます。

当日は頻繁にツイッターやテレビを見ていましたが、情報がある程度安定し、収集された情報が提供されるようになった2,3日後からは、ツイッターやテレビは敢えて見ないようにしました。

情報が多いとそれだけで全部を受け入れてしまい、情報や感情に自分が乗っ取られるからです。

 

これから自分はどうするか

私もできる範囲で応援していきます。

応援の仕方は様々です。直接的な作業でなくても、献血、募金、支援用のサービスのサポートをしたり、情報をとりまとめたり、募金先を精査したり、献血のリマインダーサービスをつくったり、などと多岐にわたります。復興後に旅行に行ったり、落ち着いた後にボランティアに行くのもあります。時期によって求められるものは変わっていきます。

「重要なのは、重要なことが起こった、その後なのだ」

これは、どこでか耳にした言葉です。この言葉は、正に今の状況を表していることです。地震は短い期間の話ですが、復興はこれから長い期間をかけて行われます。この短期間に応援ができなかったとしても、それは長期的に行われる復興の中で、ゆるやかにサポートしていければいいのではないかなと思います。

今動けなかったとしても、それは後から動くために力を温存しているのだと、私は考えるようにしています。

 

 

「そんなつまんねぇこと言うなよ」と声をかけて我にかえる

絶望とは、自分が何をやっても効果を与えられないと認識し、そして努力をあきらめた瞬間に根付くものです。世界は循環しています。逆説的に言えば、どんなに状況が悪かろうとあきらめないことこそが、希望の光を灯す力です。今自分ができていなくても、誰かがしているものです。その活動が断続的ながらも継続することが大切だと思います。

と、自分のGTDの活動についても痛くしみいった次第。

とはいっても、暗雲たる気持ちに彩られるとなかなか元に戻りません。そんな時に私がよく自分に使う言葉があります。

「そんなつまんねぇこと言うなよ」

私は、思考分析のエマジェネティックスの中で面白いことが好きなコンセプト型の比率が高いです。それで、鼓舞というか、我にかえる言葉が見出しのような言葉になります。他に聞いた中で好きな言葉は「○○(自分の名前)、今輝いているかい?」

あなたにとって、我にかえる言葉は何でしょう?

 

そんなわけで、GTD勉強会も継続して開催します。

 

 

さて、2011/03/26(土)に開催予定のGTD勉強会は、行います。まだ席はありますので、気になる方はご参加くださいませ。

内容については、以前に行った勉強会がありましたんで、そちらを参考にしてください。

 

2011/03/26 第28回GTD勉強会 6つのレベルレビュー☆ワークショップ

3月は「6つのレベルレビュー☆ワークショップ」です。

 

■勉強会詳細

  • 日時:2011/03/26 (土)
  • 場所:東京/池袋 ルノアール 池袋パルコ横店
  • 時間:15:00-18:00(3時間)
  • 定員:14名
  • 参加費用:\2,000

 

■参加登録URL

URL:http://atnd.org/events/13841

 

前回に続いて、トライアルでいくつかのイベント管理サービスを利用しています。今回はATNDです。ATNDでは、twitter,mixi,google等のアカウント登録ができますので、mixiのアカウントからでも簡単に登録できます。

 

 

■今回の勉強会の内容について

3月です。2011年もなんだかんだと3ヶ月目を迎えました。2月のレビューステップは盛況のうちに終了しました! その中で、レビューステップは、高みから見る価値観などを見直す意味でも必要です。が、そんな高みのことを見直すことってそんなにないです。今回は、せっかくなのでその高みの見直しを行います。

はじめてのGTDでも触れられていた6つのレベル。巷でいくつかはブログ記事も見かけますが、なかなか注目されていないのが残念なところです。

GTDがすごいぜ!とかもう一歩先のレベルに進むためには、6つのレベルの見直しが必須です。というのも、私がこのレベルの見直しをしたことで、随分と見通しがよくなった経験があるからです。

とはいえ、見直しといってもやり方もよくわからないし、なかなか実行に移すまでには行きません。そこで、今回は時間を設けて、みんなで実施しながら体験と情報を共有していきましょう。

当日は、概要を説明し、そして後半で実際に6つのレベルで見直しの作業を行っていきます。

 

■事前作業

・特にありません

 

■今回の持ち物

・筆記用具

・GTDのプロジェクトリストややることリスト

 

■アジェンダ

  • 15:00(40min)~ 開始/挨拶/自己紹介(人数依存)
  • 15:40(50min)~ 6つのレベルーの概要説明
  • 16:30(60min)~ 6つのレベルの見直しを実際に実施してみる
  • 17:30(30min)~ クロージング(感想共有)

尚、勉強会後に懇親会という名の飲み会を行っています。都合が合わなくてこっちだけでも参加してみたい、という方でもOKです。

ではでは、よろしくお願いします。

2011/02/26 第27回GTD勉強会ログ 「レビューステップを皆で実施する会」&Facebookのファンページ作りました #gtdjp

先日の土曜日、GTD勉強会を開催しておりました。今回のテーマはレビューステップ。いまいちめんどくさい、やってるようなやってないような心もとない、そんなレビューステップ。それをこの勉強会で、もうちょっと確かなものにしていくべく、といった趣旨で開催しました。

勉強会の目的等

さて、実際の勉強会はこんな風に位置づけて行いました。

目的:レビューステップの意味や目的等を理解しつつ実際に試そう!

ビフォーアフター:

ビフォー:レビューって何したらいいのかわかんない。やってる感がない

アフター:レビューステップのやることがはっきりしている

勉強会で実際にしたこと:

  • レビューステップについて情報共有する
  • レビューステップにまつわる困ったことや実際やってることを共有する
  • リストを使って実際にレビューステップを行う

このうち、やっぱり有意義だったのは、GTDをこなれてやっている人のレビューステップがどういったものか、ということ聞けたことです。

レビューステップにまつわるいろいろ収集ステップ

GTD勉強会では、活発な意見交換を目標としているので、参加者の自己紹介を必ず行っています。で、その自己紹介の中では、必ずGTDに関して困ったことを紹介してもらっています。そんでもって、勉強会ではその内容を肴にしつつ、会自体を進める構成になってます。その今回の勉強会で収集された内容がこんな感じ。特に今回は、レビューステップに的を絞って困ったことなどを紹介してもらいました。

  1. レビューステップでしていることは、収集→処理→整理ステップ
  2. プロジェクトは、分解するのが億劫、どうしたらいいんだろうとかんがえてしまう
  3. レビュー自体は面倒くさい
  4. 価値観が計画する時に有効利用できていない
  5. レビューステップって何をすればいいのかわからない
  6. まとまった時間がとれず、Somedayリストのレビューができていない
  7. レビューってやる意味あんの?

いろいろ言いたいことはありますが、今回はそのうちの「価値観が計画する時に有効利用できていない」「レビューステップって何をすればいいのかわからない」「レビューってやる意味あんの?」等について、参加者の方からお話を聞いた、6つのレベルから見たレビューについての内容をまとめます。

Remember The Milk(RTM)の紙を印刷してみても、全くレビューができない

弁護士のこータさんは、GTDを初めて数年経っています。こータさんが専ら使っているツールはRTM。しかし、実際レビューで確認しようとRTMの画面を印刷しても、全くレビューができなかったそうです。そこでこータさんは何をしたか? 価値観を見直しました。

価値観というのは、GTDで言うところのあの6つのレベルの部分です。それをこータさんは徹底的に見直したそうです。具体的には、自分はどんな生活をしたいのかをつぶさにイメージしたりだとか。快適な家に住みたいと言うならその家はどのぐらいの大きさで、一軒家かマンションなのか、場所はどこらへんで間取りはどうか、その部屋にはどんなものが置いていて、どういうことをしてくつろぐことができるのか。また、お金は潤沢がいい、というのならば、実際的にどれぐらいの資金を持っていればいいのか? 等など。非常にクリアなイメージで想像するようにしました。

そうすることで、自分が目指すべき姿というものが明るみになってきます。そして、この目指すべき姿を、レビューの判断基準として用いるようになったと、こータさんは説明してくれました。

また、こータさんの中では仕事は人生の中では優先度が高いというわけではないとおっしゃいます。けれども、自分の活動の中でその仕事がどんな風に意味があるのか、この価値観をまとめを見直すことで、ひもづけるようになったといいます。

それは私の目指したい姿に貢献しない

日々の収集を重ねていると、たまたま見かけたものだから興味が出てくるものがあります。しかし、こータさんは気づいてしまった。自分の目指すべき姿の基準からみるとどうでもいいものが半数ぐらい占めていることに。そこで反芻しました。はたして自分が目指したいものと異なるものを選んで実行してもいいものか。時間は有限だ。果たして是か非か?

時間は有限です。やりたいことを集めていけば、いくらだって増殖します。Somedayリストが200や300膨れ上がるのは極めて普通です。それらは全部実行できるものでしょうか? 実際のところ、どうなんでしょう。やりたいことの総数と、時間――こータさんはこれらを合わせて考えた結果、自分が目指すべき姿とはかけ離れたものは、手放しやすくなったと言います。寄り道をしているには、あまりに時間がないことに気がついたからです。

これを聞いて、私も改めて価値観などのレビューを行いたいなぁと思いました。

まとめ:気持ちと行動とをひもづける

こータさんの行っているレビューの作業は何でしょう? それは、気持ちと行動とをひもづけることです。

最初は気持ちがあったとしても、行動を続けていくうちに徐々にずれていくことが多々あります。例えば、何かを伝えたいと思ってブログをはじめたんだけど、ブクマ数や反応があるのが楽しくて、いつの間にかブクマ数を獲得するためにブログを更新して、ずいぶん記事の中身が変わってしまったりだとか。

こータさんのしたことは、このぶれを最小限に抑えることでした。まとめた価値観は、やりたいことの優先度の基準になったり、今稼働しているプロジェクトの感情的な意義を強化してくれたりします。これを毎週行っていくことで、自分のやりたいことの焦点が徐々にクリアになっていくところがレビューステップはいい!と、こータさんは説明してくれました。

反対に言えば、そういった気持ちを確かめることを頻繁に行わなければ、感情と行動は解離しやすいとも言えるでしょう。

レビューステップの意義を見出すのは難しいです。レビューステップをすることで、短期的に効果が出ないし、仮に長期にしたとしてもその効果を知る方法がしらなかったりして、「やってよかった!」という気持ちを見出せずに終息してしまうことも多々あります。

今回は長い目、とくに6つのレベルと合わせて見た結果、レビューステップがどういう風に組み合わせられるのかを知ることができた、いい機会だったと思います。

こータさん、それから勉強会に参加してくださった皆さん、どうもありがとうございました!

FacebookでGTD勉強会のファンページを作りました

http://www.facebook.com/pages/Gtd%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%BC%9A/193137954042555?sk=info

情報共有をもう少し積極的に行いたいと思いまして、FacebookでGTD勉強会のファンページを作りました。が、本当に作っただけで、設立日しかまだ入れてません。。 Facebookのファンページは、記事や画像などを置けるので、気軽に勉強会のログや画像等の保管庫として使えそうだと期待しています。今週中には、勉強会で利用したペーパーも載せたいと思います。

mixiは、イベントの作成がやりやすかったり、メールアドレスなどを主催者側が知らずにできたりするので便利だったり、メンバーの人となりをかいまみれたので、全く知らない人でもなんとなく知ってる気になって勉強会の開催がしやすかったです。けれども、不満もありました。もともとGTD勉強会は、オンラインのやり取りは私のキャパを超えていたのであきらめて、オフをメインに考えていました。それで、トピック機能はあきらめていたのですが、それ以外に情報をストックする方法がないのがつらかったり、またmixiに入っていないと全然見れないというのもデメリット部分です。それに、オフメインといいつつも、コミュニティに参加してくださる人には、各地の方もいて、なんというか私が残念な気持ちになります。

それでFacebookのファンページも試しに作ってみています。Facebookのファンページが、みんなにとって使いやすい場所に育つといいなと思っています。

ファンが25人集まると、固定URL?というかパスが作れるそうなので、ひとまずそこを目指したいところです。よかったら、いいね!を押してくださいね。

非常に落ち込むまでの経緯と、それを解消するにはどうしたらいいか

最近、といっても数ヶ月以内の話。非常に落ち込んだ時がある。そして珍しく、落ち込んだ瞬間をとらえることができ、そこに至るまでの経緯をなんとなく理解できた。

そして理解できた途端、本来落ち込んだ内容とは別に、理解した内容自体に落ち込んだ。なんつーの、ショックを受けたことにショックを受ける、みたいな。

■落ち込む瞬間の感覚と、そこに至るまでの経緯

落ち込む瞬間の感覚は、例えば「足下を掬われる」といった比喩に近い。そしてそこに落ち込むまでには、段階を踏んだ。

残念ながら、私の落ち込むプロセスは、ミルフィーユのように重なって発生するもののようだ。最初はひっかき傷、次に少し深くなって、その次に抉られ、最終的にはのっぴきならない状況に追い込まれるといったような感覚だ。その傷は、些細な行動や小さな情報の積み重ねだ。ただ、それが重なるタイミングが、あまりに悪い。

そしてのっぴきならなくなった時に落ち込み、そして落ち込んだ瞬間には、私はどうして落ち込んだのかがわからないが、落ち込んでいることだけは理解するのだ。

これが私の落ち込み方のようだ。そしてこの、ただひたすらに嫌なことが積み重なったことこそが、私が落ち込んだ時にすぐには、ほかの人には説明しずらい理由だとも思った。

■落ち込んだ状態を解消するには

さて、落ち込んだのは仕方がないとして、次に落ち込みをなくすためにはどうするか? 私の場合、自分で一番得意な方法をとる。つまるところ分解で紐解くことだ。

最初は、どんな具体的なことが落ち込ませる原因に落ち込んだのかを考える。

落ち込んだ状況をトラッキングできた状況を思い出すと、落ち込む要因となった具体的なことは、様々であり、そしてそれぞれに脈略とかそういったものはない。しいていうなら、私が少しでも落ち込む原因となりうるものだ。

「なぜそんなことで落ち込むの?」と考えたところで仕様のないものばかり。いつもは気にならない親知らずがしくしくし始めたと思ったら、昔の嫌なことを思い出してブルーになったとかそういう類のものだ。

落ち込みを解消させる暫定対応としては、ひもとき、そこに至るまでにどんなことを思い出したのかを正確に思い出す。私の場合。

あとは、しばらくしたら霧散するのは知っているから、寝たりして、感情が自然とニュートラルに戻るのを待つ。

まぁそんなとこ。

■解消のポイントは、別の価値を見つけること

ところで、解消のポイントは「分解する」ことじゃない。解消のポイントは、自分が得意な方法で、別の価値を見つけることだ。

私の場合は、分解対象、観察対象として「落ち込む状態」を正確に読みとることで、別の価値が生まれている。

これが以上にうまく働いているのは芸人やらネタを必要とする人間だ。どんなに苦労しても失敗しても、それがネタになるかどうかを考えることで、価値のないと思われた出来事に、価値ができる。

このように、人によって見つける価値は異なる。まずは、自分の好きなことに関連させられるか考えるのが一番てっとりばやいんじゃないかなと思う。

例えば、通常ありえない状況での本番状況の練習になるからといって、風邪になった状態でも練習しに先生の家に来たと言うピアニストだったかバイオリニストだったかがいたなぁとか。

他にもついてる!と思う絶好のタイミングだと考えるとか、ブログのネタにできるとか、悲劇のヒロインごっこができる最高のタイミングだとか。

今自分がしている何かと、落ち込んだ状態とを、ひもづけること――こうすることで、落ち込むことすら糧となる。

初出:

  • 2010/08/09

「時は流れず」読書ログ

時は流れず

(1)
私たちの考えている過去や未来といったものは、それは単に思考の産物である。時が流れているわけではない。時が流れている、と私たちが感じているだけにすぎない。

という要旨にいたく同意。

(2)
過去は変えられぬもの、と知っていながらも、すでに点数が理論上では変わらないのにも関わらず、テストの点数がわかるまで、やきもきしたり、いい点数でありますようにとお地蔵様に願ったりもする。私たちがそう願う対象は、過去そのものではなく、過去が作られる過程に対してなのである。

という要旨にも納得。

(3)
他我問題。簡単に言うと、あの人はこう考えてるんだよ、と軽い気持ちで他人の気持ちを憶測するその行動は、なぜするのかどうしてできるのかなどを真面目に意図や意義を考えること、と今のところ理解している。

***

(1)
私は過去についてはとりわけ考えることはなかった。今回のように、著者が懸念していた、「過去は本当に実在するのか」ということを考えたことがないぐらい。

「もし過去が~だったら」というようなことは、私もむかしはよく考えていたのだけれども、それを考えると、今の現状をすべて無に返すことになるのを知ってやめた。やめたのは、過去仮定もそうであるし、過去に希望振り返ることなども含む。もしくは過去に恨みを合わせることも。

私は過去に対していい意味でも悪い意味でも憧憬が少ない。過ぎ去った過去について、ひどく「ああすればよかった」「こうすればよかった」と過去シミュレーションしすぎることはない。その一方で、「あの時は本当にこうで楽しかったよねー」という気持ちにもあまりならない。

未来や過去は、概念の中から形成されるものとは、私自身も経験している。とりわけ、私は未来の概念がなかった。今でこそわかっていることだが、未来は、今現在がある程度安定しており、ある一定のルールに従っていることを経験した結果、未来への可能性を想定することができる。

ここで言うある一定のルールとは、たとえばある仕事がある時系列の作業に従ってゴールまで導かれた、といったようなことだ。何度もその道をなぞることで、私たちはその流れというものが、あるものだ、と存在を疑うことがなくなった時に、未来への道が開いた。

実際昔の私の今という状況は、安心ならないものだった。考えがころころと変わるものだから、おいそれと簡単に約束はできなかったりするのだ。今に振り回されている限りにおいては、未来など見えぬものだ。

(2)
過去物語への気持ちを寄せることは、私もある。卒業試験の結果前は、すでに決まっているでろうが、明るみでない結果に対してやきもきしていた。 過去が作られるとは言え、そこに採点のブレがなくもない(チェックシート式なら話は別だが)。ただ、自分が関与している状況ではないのだから、影響力の度合いが格段に違うのだろう。たぶん、自分が関与するのと、関与できないのとでは、100と0.00001もしくはそれ以下の度合いで。

(3)
他我問題も。先ほどの過去現実未来が考えることによって存在するならば、他我問題自体も、考えることによって存在するのに帰着するのではなかろうか。過去は、「自分」が経験した内容に基づき、再現しようと試みる方法であって、再現する要素の元となるものが異なるだけと考えてもいいのではないのだろうか。過去と自分以外の誰かの要素の違いは、精度の違いとみなして。

信頼できるシステムとは

1.それに対して受け入れていること

敵意を持っているシステムに対しては、信頼はしていない。自分を妨げるものとして認識しているために、自分にとって信頼できるシステムではない

2.それらに対して自分自身と関係性があると継続して認識できること

敵意を持っていないシステムにしても、まずは自分と結びつきがあることを意識していること。しかも尚且つ、継続的にその意識ができること。

継続的に意識ができるできないの要素は異なる。例えば、この文字列が無味無臭で自分自身のものではないように感じるまでの時間は、人によって万別だ。

3.それらに対してどう刺激を与えればどう反応できるか返ってくることを知っていること

自分とそのシステムとに対して特定の因果律が生じており、システムの反応が自分にとって予想範囲内、予想外だったとしても対応可能範囲な範疇であること。

4.それらに対して、あらゆる局面において経験を持ち合わせること

何か例外的な処理があったとしても、そのシステムに対して対応できること

5.それらに対して、自分がこうしたいと願った場合に、そのやり方を安易に創造できること

コントロール範囲の拡大。

そしてこれらは、自分の認識する世界に対してについても、行われている。

Posted via email from 私的言語

初出:2010/06/23

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