Category Archives: 本のフィードバック

『いつまでもデブと思うなよ』レコーディングダイエットはGTDと似ているのか?

 もともと、404 Blog Not Foundさんところの書評を見たのがきっかけの本だったのですが、GTDとやり方が似ているとのコメントがあったので、俄然気になって読みました。
 以後、反響が大きく、いろんな所で書評を見つつ、本当にレコーディングダイエットとGTDは似ているのかなぁと改めて考え直したいと思い、ちょっとその周辺をまとめました。

本の所感。

 読み物としても、またダイエット本としても非常に楽しく読めました。
 レコーディングダイエットについても、なぜそれをしたかの経緯が書かれてあります。また第1章のダイエットに関する比較についても ダイエット=投資と考え、それについて各ダイエットについてのリスクとリターンの観点から比較していることが、今まで見たことがなかったので、それが非常に興味深かったです。
ネットでの書評。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50894513.html
私が一番初めに見かけたのは、この書評でした。

「著者はダイエットを超えた、肉体ハックを手にする。その方法がGTDと全く同じだというのが面白い。とにかく記録を付ける。それだけで、体は勝手に節制をはじめる。」とあるように、レコーディングダイエットとGTDが似ていると指摘しています。
 が、それについてはあまりフォーカスはされておらず、本書が面白いのは、どうしてダイエットをするようにしたのかが書かれてあるからだと説明していました。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/08/post_1ac4.html
 極東ブログさんの書評では、ポイントは二つほどあって、ラベリングの妙、ダイエット成功への懸念点といったことがありました。どちらの点も、私にも納得できる所で、特に後者の成功できる確率は低いのではという指摘が面白かったです。
 確率が低い要因には二つあるとのこと。
 要因の一つ目には、飢餓感との問題があり、これを超えるために非常に難しいということ。これについては、どのダイエット方法でも同じ経路をとる必要があるだろうから、これは何もレコーディングダイエットに限った要因ではないでしょう。
 要因の二つ目には、自己認識の問題があるとのこと。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070921/135667/?ST=nboprint
 NBOnlineの書評は、404 Blog Not Found さんのブログを受けて、レコーディングダイエットとGTDが似ていることを非常に取り上げており、ニューエイジ的自己変容願望がGTDへと繋がる、といったような世代的な位置付けを展開していました。
 『日常作業の効率化という卑近なハックからいきなり「よりよき人生」にすっ飛んでしまうGTDと、オタキングの「レコーディング・ダイエット」は、その「中抜き=お手軽」ぶりにおいても、みごとに相似している。』と評されていましたが、実際のところ、手軽ではないです。実践を継続するには、かなりの困難を要しますが、食事制限をするよりかはお手軽である程度です。やっぱりつらいのには変わりありません。レコーディングダイエットが成功できたのは、熱中するとマメになるオタクな岡田さんだったから、と私は思っています。 

 いろんな見方で評されていた本書ですが、私が注目した点は二つです。レコーディングダイエットとGTDが本当に似ているのかという点、そして、どうしてレコーディングダイエットはリバウンドがしないのか、という点です。

ダイエットとリバウンドの問題

 リバウンドを制するものはダイエットを制する――ダイエットにはリバウンドがつき物です。華麗にダイエットを成功したとしても、リバウンドでほとんどダイエット前と変わらない状態に戻ることはよくあります。ダイエット方法が数多あるのも、このリバウンドがあるからこそで、手をかえ品をかえ新しいダイエットが編み出されるのです。

 なのに、どうしてレコーディングダイエットではリバウンドをしないのか? 私はとても不思議でなりませんでした。一体どんなダイエット方法であれば、リバウンドをしない体になるのだろうか、そもそもレコーディングダイエットのプロセスってどうなんだろう?

レコーディングダイエットの仕組み

 レコーディングダイエットは、自分の食べたものを記録する、という極めてシンプルな行動から始まるダイエットです。そこから徐々に作業を追加していき、最終的にカロリー制限をするところまでもっていくという方法です。
 考え方の基本は、カロリーの足し算引き算を明確にすることの一点に絞られています。
 レコーディングは体に吸収される食事の足し算を正確に行うことです。この記録するところがレコーディングダイエットの肝となるところで、これがGTDの収集ステップに似ているのかな、と私は思いました。
 レコーディングダイエットは、以下の4つの段階で構成されます。

  • 助走 – 食べたものを記録
  • 離陸 – 食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録
  • 上昇 – 一日の摂取カロリーを決め、それを守りながら食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録
  • 巡航 – ダイエット法を併用しつつ、一日の摂取カロリーを決め、それを守りながら食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録

 フェーズを進む毎に、やることがだんだん増えていきます。上昇のタイミングで、初めてカロリー摂取の調整に入ります。
 レコーディングダイエットが特徴的なのは、この3段階目の「上昇」ステップで、カロリー調整に入る所でしょう。他のダイエット方法は、ほとんど「上昇」ステップから突入します。これは仕方のないことかもしれません。今までのダイエット方法は、体重を減らす、という一点を主眼に置いた方法であり、総合的にダイエットを行うという視点はないからです。

 確かに、逐一記録する部分はGTDの収集ステップと似ているかもしれません。しかし、その後のデータに対しての作業については、GTDとは異なっています。GTDは処理をするためのデータを収集しますが、レコーディングダイエットは現状を確認するためのデータを収集します。なので、今までのテストの問題を全部取り出し傾向と対策をとるといった全うな受験勉強の方がむしろ似ている、というのが個人的な意見です。

しかしどうして太るのか?

 岡田さんが、レコーディングダイエットを始めた理由も、自分はどうして太っているのか、その理由が分からなかったからだと書いています。その理由を解明するべく、詳細にデータを取り、状況を確認しようと試みていました。その途中において、記録していない食事をしていることに気づいた、と本書では書かれていましたが、この気づきは非常に重要です。

 そして食事の記録をした結果、食事の内容、食事をする時間、食事の回数などがわかり、自分がどのような食事習慣だったのか、というのが白日のもとに晒されるのです。
 
 本書でも書かれていますが、太っている人の場合、食事の内容はいかにもカロリーの高そうな食事であり、食事の回数もまた多いです。内容や回数もさることながら、私自身はそれ以上に、記録していない食事があったという、無意識に食事をしている習慣自体も問題なのでは、と思いました。

 私の母親にも、体重の心配をしなければならない体型です。無意識の食事の摂取は、確かに私の母親についても似たような習慣があります。岡田さん程には無意識でないにせよ、母親はナチュラル~にお菓子を食べます。その行動には淀みがなく、息をするような無意識さで食事をします。
 食べることに対する意識の希薄さ、回数の多さが、太っている人の気になる習慣のように思います。

 岡田さんは、このレコーディングを実施するにつれて、自分の習慣というものを目の当たりにし、いかに自分が体重を維持するための行動をしたのかを認識したと説明されていました。

リバウンドのワケ、レコーディングダイエットがリバウンドしないワケ

 さて戻って、どうしてレコーディングダイエットはリバウンドしないのか? それは、上記のように自分はどうして太るのかの習慣を目の当たりにしたおかげで、他のダイエットよりも、やっぱり今までの食事がしたい! という願望から免れるようになったのではないのかと思いました。
 習慣を見直すタイミングのないまま、ダイエットをする人は、次のような気持ちを心の中に潜ませつつダイエットをしているのだと思います。

・好き勝手にご飯を食べているのに、どうして私だけが食事制限をしなければならないの?
・私は何も好きで太っているわけではない、ただ体質だからどうしようもないのだ。
・今までちゃんと痩せることもできたんだから、今回だって痩せられるし、ぶり返し太っても大丈夫。
・今の食事の習慣は、ダイエットが終わったらやめてもいいんだ
・ダイエットをしている私は、仮の姿だ
・私が悪いことなんて、一つもない
・私は悪くない
・ダイエットなんて、本当はしたくない
・今のままじゃ、私はダメなの?
・今の私は受け入れられないの?

 ダイエットをしている全ての人がそうだというわけではありませんが、必要に迫られて、いやいや仕方なくダイエットをし始めた、という気持ちの人がいる人も確かなように思います。それらの人の中には、ダイエットを全く拒否する気持ち、むしろ抵抗することさえ考えている気持ちが存在します。
 なので、ちょっとしたきっかけで、その気持ちが膨らみ、ダイエットをしなかった頃の食事習慣に戻ってしまいます。

 表面的なリバウンドの理由は、食事習慣が身についていない、ということがまず考えられるでしょう。ただ、レコーディングダイエットでは、「助走」フェーズで、自分の今までの食事習慣を見てきたので、もう帰りたくありません、という気持ちになりやすく、それでリバウンドしないようにも思います。

レコーディングダイエットとGTDの共通点

 レコーディングダイエットのリバウンドをしないことは、それは「助走」フェーズがあることだと、とリバウンドをしない理由の部分にて明らかになりました。私がポイントと思ったうちの一つはクリアになりました。さて、もう一つのレコーディングダイエットがGTDと似ているか、といった部分はどうなのでしょうか?
 確かに記録する部分自体はGTDの収集ステップを似通ったことがあるかもしれません。しかし、それ以上に似ている部分があることに気がつきました。

習慣を再設定するプロセスであること

 レコーディングダイエットもGTDも特に明言はしていませんが、両者は図らずも習慣を再設定するためのプロセスになっています。
 習慣を再設定するために必要なポイントは、現状を確認し、同じ作業を繰り返すことで何かしらを訓練します。
 レコーディングダイエットでは「助走」フェーズで現状を確認し、レコーディングを繰り返すことで、食べたものを意識的に取り扱うことを訓練します。
 一方、GTDでは収集ステップで現状を確認し、処理ステップを繰り返すことで、直ちに決定することを意識的に行うことを訓練します。
 両者とも、一旦は意識的に作業を行いますが、これを続けて行くにつれて習慣化され、意識しなくても考えの基準になるように自身の体へと融合して行きます。

同じことを繰り返すプロセスであること

 レコーディングダイエットもGTDも、基本的に同じことを繰り返すプロセスです。レコーディングダイエットは食べたものなどを記録し、GTDは所在ない「物」に対してキャプチャし、それについてどうするかを考えます。
 そういった、シンプルな作業を繰り返し行う内容であるといった部分も、両者の共通点ではないかと思います。
 同じことを繰り返すプロセスであることは、これは習慣化することにも一役買っています。単純な作業でなければ、習慣化は難しいからです。

レコーディングダイエットに書かれていないこと

「助走」フェーズで食べる罪悪感から解放する

 「助走」フェーズが食事を見直す位置づけにあることから、実践する際には重要なポイントがあります。
 ダイエットをしようと思う人は、そう思い至る程なのですから、自分の食事習慣がちょっとダメだなぁという自覚があります。でもほんのチョットであります。
 ですが「助走」フェーズでは、その食事習慣を自分の身を挺してダメだしするような状況になります。食べた内容を記録すること自体で、なんでこんなに食べてしまったんだろうと、食べること自体に罪悪感を感じるかもしれません。ですが、「助走」フェーズでは、この食べたい気持ちと実際はいけないんじゃないかと思う内実の誤差から生じる罪悪感と、実際に食事をしたことの現実とを乖離させることが目的だと考えた方がいいと思います。
 ここでは、今までの習慣を受け入れることこそが一番重要だと私は勝手に思っています。罪悪感というのは、結局の所自分の食べた内容を拒否していることと等しいので、まずは「こんなに食べたんだー」と感心するようにして、全く別の誰かが食べているログを見ているような気持ちでやってみて下さい。
 自分の感情と、食事を乖離できた時、そこで初めて次のフェーズに進んでみて下さい。

『レコーディングはすべてに応用可能な、「奇跡を当たり前にする」技術なのである』

 NBOnlineの書評では、上記部分を大きく取り上げていました。単なるダイエットの方法から、大きな技術を得たという話ですが、岡田さんの気持ちが大きくなるのも納得の行くところです。ダイエットを成功し、贅肉から解放され、月面着陸をしたかのような軽さを手に入れました。しかもリバウンドすることなく50kgの減量、昔以上に感じられる気持ちの高揚や、自由度が高くなったことに対して気持ちも大きくなります。しかし、ダイエットをして状況が変化できたことが「奇跡を当たり前にする」技術だと言うわけではありません。
 レコーディングダイエットに成功して学ぶべきことは以下の二つではないでしょうか。

・習慣によって成功体験を獲得したこと
 レコーディングダイエットはメモを取るのが 結構つらいんじゃないかと思います。 レコーディングダイエットに成功した、ということは、このメモを取る習慣を獲得したに等しいです。これは、継続は力であることを身をもって学んだということです。運動選手が強いのは、この継続の力を体感しているからだと思います。
 一度体感しているのとしていないのとでは、続けていること自体に問題を感じなくてもよいので、他のことをやり始めても、気持ちがきっと楽になるんではないかと思います。多分。

・習慣は力であることを学ぶこと
 上記の内容と似ているのですが、上記が習慣と成功が結びついたことについて学べられること、こちらについては習慣を身に着き有用であると学べられることが重要なのだと区別しています。
 この部分は、「繰り返すことが大切だ」というのを頭ではなく体が理解していることが重要なのだと言いたいのですが、「継続は力なり」という言葉はなかなかに実感できないものです。こちらは、成功できた人だけが感じ取れるボーナスみたいな感情だと考えた方が、いいかもしれません。

体形と自己認識の問題

 極東ブログさんのところでは「助走」の時点も要所の一つではとあり、大いにうなずくところがあります。というか、友人に勧めたら思いのほか抵抗にあっちゃった(えへ)。
 極東ブログさんでは、その要所となりうる理由が自己認識に関わるとありますが、実際そうだろうなぁと思います。

 「リバウンドのワケ、レコーディングダイエットがリバウンドしないワケ」で、ダイエットをする人には、ダイエットをすると宣言したにも関わらず、心に裏腹の気持ちを持っている人が少なからずいると説明しました。裏腹な気持ちは、現在の自分を守るための抵抗だと思います。ダイエットをしようと考えている人の中には、とても体型についてコンプレックスがあり、今のままの自分を受け入れてほしいという気持ちがあります。ダイエットを勧めるなどという人間は、それを真っ向から否定するようなものですから、受け入れがたいのかもしれません。

 一体どの部分に対して激しく抵抗しているかは曖昧で、人によって異なるのかもしれません。体型、もしくは食べること自体、あるいはその両方、多くにして両方を否定する者に対する抵抗のように思います。汚い部屋にしろ、内観にしろ、GTD
にしろ、レコーディングダイエットにしろ、全てをさらけ出すのは問題を明らかにする手段であり、何かしら問題がある人間には問題と真正面から向き合うことになるので、頑なに拒否するのはいずれも同じようです。
 けれども私はいいたい。明らかにすることが、あなたを真っ向から否定するわけでも、問題を解決するわけでもない。ただ実情がわかるだけであり、たった一歩を踏み出して、新たなステージへ進んでほしいな、と思うわけです。それに一回やってしまうと慣れるので、その後は内観だろうがGTDだろうが、現状を明らかにする作業には抵抗なくできるようになるでしょう。まぁそれが実際は難しいのでしょうが。。

本の感想:『創造学のすすめ』

創造学のすすめ
創造学のすすめ
posted with amazlet on 07.08.25
畑村 洋太郎
講談社 (2003/12/16)
売り上げランキング: 10755
おすすめ度の平均: 4.0

4 抽象度が高いので難しいかも
4 良い本ですが根気は必要

はじめに

 コメントをいただいた方からお薦めされた本です。
 創造を基点にした、創造に至るまでの過程、そして創造し抽象なものから具体化するまでの過程を取りまとめた本です。
 読みやすい本ですが、確かにお薦めされた時点でもコメントがあったとおり、実践向きではありません。寧ろ作者の考えてきた、創造する、という部分を理論家したものを明示しています。この部分は抽象化のしにくい部分なので、まとまり切れずにもやもやしていた人にはクリアになる本かも知れません。

具体から抽象へは不可逆であること

 この本の中で、著者は具体から抽象へ変化することは可能であるが、その反対は不可能であると述べていました。これは、私の中の非常に合点のいった点の一つです。

 「理論は後からついてくるものだ」と、自分ではよく言うのですが、この方法にて物事を学ぼうという機会はなかなか少ないです。特に学校では、一旦は大まかを話すことの方が多く、具体例から理論を導き出す、というような教え方はあまり見かけません。この言葉を裏付けてくれるのが、上記の抽象から具体化へは不可であるということです。「歩いた後に道ができる」というのも似た感じを受けますが、これはちょっと違いますね。

 いずれにせよ、実践するにつれて理解が深まっていくことは、確かと言えそうです。

実践的な具体化への落とし方はあるけれど

 この本では、抽象的なデータから具体的なデータに落とすためにはどうしたらいいのか、というのを説明しています。
 思考平面図、思考くくり図、思考関連図、思考展開図、という図面を作っていくことによって、ある抽象的なものを具体化していけばよい、というのが一応の実践方法として紹介しています。これらの図は、見た目によっては非常に簡単なように見えますが、案外この図にまとめる作業が骨を折ります。このような難しい作業になれるにはどうしたらいいか、私にはこんなこと無理なんじゃないか、と思いますがこれもまた実践で数をこなす他ないのが現状です。
 でも、このまとめ方を得られるようになれば、高い位置から物事を見る立ち位置を得られるのは必至ですが、実際どのように実践を重ねていけばいいのかわからないところがつらいところかなと思います。

まとめ

 この本では、最初にも話したとおり、創造する、という前後の工程の理論の型を明示してくれました。創造の過程を今後理解する上で、私にとって大きな基本になりそうです。
 理論は必ず通るシナプスみたいなものだと思っていますが、これを理解してシナプスを通るのと通らないのでは、シナプスの強化速度が格段に違います。このシナプスの経路が確立し、そこを通るのにストレスがなくなった時こそ、その道筋を理解したと言えるのではないか、とそんなことを考えたりしています。

余談・高い視点とは?

 勉強をする友人に勉強をする面白さを聞いたことがあります。そのときの答えは次のようでした。「ある程度内容を理解していくと、それらが繋がって、別の見え方がする」。この別の見え方、というのがもしかすると高い視点と同じなのではないかなーと思っています。
 となると、高い視点は、抽象化が高くなる、ということでもありえます。でも、これらは全部スタティック、静的な関係の抽象化です。

 仕事、もっと大きく言えば人生で必要なのは、そういった静的な関係の抽象化もそうですが、動的な関係の抽象化、というよりもむしろ脈略がもっと必要になります。具体的に言えば、仕事上で、このプロジェクトがどのプロジェクトの準備のための作業なのか、このプロジェクトはどこに続いていくのか、とかそういった部分です。
 日々の仕事では、そのプロジェクトの個々のアクションをこなしていきますが、アクション自体はプロジェクトのゴールに行き着くためです。しかしながらそのプロジェクトは別のプロジェクトをゴールに導くためのものでもあったりし、そういう意味ではプロジェクトはまたアクションでもあるのです。そういった、望遠鏡でフォーカスを変えられるような見方ができるのが、高い視点を得る、という意味ではないのかな、と思うわけです。
 と思ったんだけれども、この「風が吹いたら桶屋が儲かる」の関連性については、既に『仕事を成し遂げる技術』で説明しているのでした。

 でも、困ったことがあります。自分がどのぐらいの高い視点を得ているか、、というのがわかりにくいことです。
 それに、手にしたとしても、多分手にしたんであろうけれども、もしかしたら違うんじゃなかろうか、という不安感がぬぐえません。

追記

 gliffyでまとめてみました。

『仕事を成し遂げる技術』感想

仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法

『仕事を成し遂げる技術』のこまごました感想です。

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「仕事を成し遂げる技術」を読み始めました。

 Amazonのブックレビューでは直訳的すぎるなどのブーイングがかなり見受けられた本。見つからないのをいいことに私も読むのを後回しにしていましたが、ようやく買って読み始めています。

翻訳の内容は?

 Amazonのレビューで見かけた通り、確かに直訳的な翻訳が多いことは確かです。だからといって、それが理解を遠ざけているかというと、一部はそうかもしれません。

 わかりにくいのは、どちらかというと書式やフォーマット、それから本の内容かと思われます。
 書式は行と行の幅があまり余裕がないところや、本の端から文章の間の余白が微妙に余裕がないところが気になります。フォーマットは構成がわかりづらい所があります。それから本の内容ですが、章によってボリュームがかなり変わってくるのと、アウトラインが割りと細分化されているのとで、今どんな内容を話しているのか現在位置がわかりにくい感じなところがあります。
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