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人生をひっくり返してわかったこと – ベンジャミン・バトン -

もし、人生が若いころに戻るならばどうするだろう?という問いはよく聞くが、こんな問いはしない。人生がひっくり返る――つまり、若返っていく人生ならば、どうするだろうか、と。

もしそんな人生だったならばをシミュレーションしてみたのがこの映画である。

◆老人からはじまる人生

――1918年、ニューオーリンズに生まれた赤ん坊ベンジャミンは、老人の風貌をしていた。父親はショックを受けて、ベンジャミンを捨ててしまう。老人養護施設に見捨てられたベンジャミンは運よく施設の黒人女性クイニーに拾われ、育てられることとなる。そして、驚いたことに、彼は成長するたびに若返っていくのだった。

そんな彼の日記を振り返ることで、本編は進む。

徐々に若返るベンジャミンは、生まれて17年をすぎた時、見た目は老人の時に家を離れて一人旅立った。そして長い間を経て、デイジーと一緒になり、娘をもうけ、そしてデイジーと娘のもとを離れた。

◆失敗におわった天才児のスキップ進学

この映画を見たとき、私は一つ思い出したことがある。それは、天才児のスキップ進学についてだった。

確かアメリカで、抜きんでた才能を持つ天才児たちを大幅な年数でスキップ進学をさせ、その後どう成長するかという検証があったという。その結果は、想像しているより全くといって芳しくなかった。

その理由の一つは、学生時の体験共感がないからだという。つまり、あの時こんなことして楽しかったよね、といったような体験がスキップした天才達にはなかった。だから、一般的な人々が、そういった経験を共有しながら共感するのが、天才達には理解ができず、うまくいかなかったのだという。

今回の主人公のベンジャミンの場合、老いていく共感も難く、反対に若返る共感も望めなかった。それを裏付けるように、彼が若返っていくことを知っているのは、育て親のクイニーと、老後施設に遊びに来て仲良くなったデイジーだけである。

◆人生は素晴らしい、自分のなりたいものになれる

旅をしたベンジャミンはその後、育った擁護施設に戻った。デイジーとはいろいろあったものの、長い時間を経て2人で暮らすことになった。日記には、一番幸せな時代、とある。自分は同じ時を刻むことができない、娘にはおなじように年をとる父親が必要だ――そういって、ベンジャミンは、最愛の妻と娘から姿を消した。

デイジーと娘から離れた後、ベンジャミンは、いろんな場所に訪れ、自分のしたいことをしてきた。その間、日記は綴られていた。彼は日記で邂逅する。人生は素晴らしい。自分のなりたいものになれる。

ところが、娘がハイスクールになった頃、ベンジャミンはふとデイジーのもとに訪れた。ベンジャミンはさらに若くなっていた。17になった娘が恋に落ちてもおかしくないような20代の青年に変貌していたのだ。

この後、日記は更新されることはなかった。

◆更新されなくなった日記

この、更新されなくなった日記は、象徴的だ。日記が書かれている内容は、生まれた時からはじまり、そして最後にデイジーと会ったところで書き終わった。彼の体の時間軸が逆行する中、日記は、ベンジャミンにとって、デイジーと同じ時間を進められるもののように見える。

ベンジャミンはどうして日記を書かなくなったのだろう。

書こうとしたのかもしれない。けれども、筆が進まなかったのかもしれない。書く気力がなくなったのかもしれない。

それまでの彼は、昔のデイジーと小さな娘の頃の二人に話すように書いていたのだと思う。昔のデイジーが養護施設から旅立つベンジャミンに、旅先からハガキを頂戴、とせがまれた延長線上のように。

最後にデイジーと会うまでの間、彼の記憶の中にはデイジーと娘が住んでいた。しかしながら、突如現実の二人に会ったことで崩壊した。そして、彼は現実の目の当りにした。

本当に自分のなりたいものにはなれないのだと。

◆彼が本当になりたかったもの

作中では、ベンジャミンはいつも穏やかで笑顔を絶やさなかった。幼少のころから見た目と雰囲気だけはいつも達観していた。妻と娘から離れて旅立った彼は、日記では、人生はすばらしい、なりたい自分になれると書いていた。けれども、彼はその時のことを「幸福だ」とは言わなかった。

彼は、彼が一番になりたいもの、デイジーと娘と一緒に時間をすごす父親にはなれなかった。

それは彼が自分自身が一番理解しているはずで、それをデイジーにも伝えて二人のもとを去った。けれども、十数年を経て、二人のもとに戻ってきたとき、自分は二人の父親にはなれないこと、なれなかったことが決定的にわかった。デイジーは結婚していた。彼が勧めたとおりに。

日記を書かなくなったのは、彼にとって、その後の人生など味気ないものとなってしまったからだろうか、伝えるべき人がいなくなったからなのか。それか、もうどこにも旅立っておらず、デイジーの近くで見守っていたので書くことがなくなったからか。それとも、自分がすべき役目ははたしたと、思い至ったからなのか。

◆人生をひっくり返してわかったこと

人生をひっくり返してわかったこと。ひっくり返したところで、終わりとはじまりが若干変わるぐらいで真ん中はさほど変わらない。最初と始まりは子供も老人もおぼつかない。

人生をひっくり返してわかったこと。実行するのに身体年齢は関係ないこと。年齢を理由に、実行することにブレーキをかけてしまうことが問題なこと。

人生をひっくり返してわかったこと。分かち合うことができないのはとてもつらいこと。分かち合えることを、一度知ってしまうと、もう一人では満たされないこと。

最後に、同居している友人の何気ない一言でしめよう。

「昔は一人で映画行ったり劇を見に行ったりして楽しかったのに、今は一人で行きたいとは思わないし、つまんなく感じるようになった。なんでかな?」

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◆関連

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

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あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致しますと共に2012年の方針

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年が明けました。年越しはどんな風に過ごされましたか?

私はiPhoneでゲームをやっているうちにいつの間にか12時を過ぎておりました今晩は。

 

去年はブログ的には静かな年でした。本年も改めてよろしくお願いいたします。

 

◆振り返る2011年

2011年を振り返ってみました。ちょっと今年はへたばって小休憩が大休憩になってしまったなーと反省しています。

 

◇あんまりやってないぞGTD活動とプレイフル活動

今年は私事の活動に集中していたので、GTDやプレイフルな活動にはあまり力を注いでおりませんでした。反省。今年は私事の活動に力を注いでいて、正直そちらにリソースを取られていました。思った以上に長期的なプロジェクトになったので、いやー体育系の部活をされてる人はえらいなぁとほとほと身にしみております。1年とかそんなスパンで立ち向かっていくとかね。体育会で思い出したけど、日体大の集団行動を1月1日のテレビ番組で見たんですけどホントすごかったです。

◇4月にシステムエンジニアからマーケティングに社内転職しました。

すっかりお伝えするのをタイミングを逸しておったのですが、社内とはいえ、システムエンジニアからマーケティングに転職しました。ドラクエの僧侶が賢者にジョブチェンジしてレベル1になったので、仕事の方でも自信喪失の年でもありました。以前から、経験が適用できる範囲は、思った以上に小さいし、私個人の適用範囲は通常より更に小さいとは自覚してましたが、これほどまでとは思いもしませんでした。新しい環境に適用するのがいかに大変かを身にしみた年でもあります。

◇結局twitterの活用は無理だったと言わざるを得ない

何度かトライはしてみたものの、twitterやfacebookに生息。。できませんでした。

 

◆2012年はどうしよう、の前に

さて、2012年に向けてこうしようああしようと考える前に、ちょっと立ち止まって考えたいなと思います。

 

私は、正直なところ、長期的な視野というのがあまりにもなさすぎる人間です。GTDを初めてよくよくそういう軸が構築されてきたぐらいで、未来へ思考するのが苦手です。先のことなど、うまくいかなくて当然だ――ごもっともです。それなのに、なぜにこうも私は未来へ続く先を信用しないというのでしょう。

確かに、私は今まで未来を裏切られた現実も経験しましたし、うまくいった未来も経験しています。そして、未来を信用しないのは私自身へも当てはめていました。しかし最近の私は規制緩和されてきて、昔よりかはまだ未来について考えられるようになりました。少なくとも仕事とGTDの活動については。ここには大穴があって、実はそれ以外については、まったくといって考える余裕などできていなかったのです。まさか、経験値がジャンルによって個別設定されてるとは思いもよらなんだわ……

 

何度も自分は何がしたいんだろうと考えなおします。高校生の時はサラリーマンにならない方法を考えてました。大学生の時はゲーム会社に就職しようと思いました。社会人になって、人の役に立つシステムを作りたいと思いました。しばらくして、プロセスを最適化しやれる範囲を広げたいとも思いました。

今は、GTDを広めたいと思っています。私が心に響いたものを説明したいです。人の可能性を広げたいです。私が今まで苦しんできた内容で同じように困っている人が手助けしたい、まわりと一緒に楽しい人生を送りたい。笑って生活をしたい。役に立ちたい。

以上が現状の私です。

そんでもって次が、今後の活動の方針のための材料。というかInbox。

  • 11月のGTD勉強会では6つのレベルでのレビューをしたところです。そこでは丁度、新しくしたいことのために、雑事や自分が不愉快だと思っていることで場所が取られていました。
  • gtd関連用にウェブサイト作ってます。今のところガワだけ。GTDってまとめサイトって久しくないよねー、と勉強会に参加された方からつっこみを受けたのが半年前……ほそぼそ作業を続けてようやくサイト構築までに至った限り。今年はここを充実したい。です。
  • エマジェネティックスはセミナーやりたいですやっぱり。コンスタントな集客はむつかしいなぁ。プロファイル代が残念ながら高いが20年の研究代と考えると安いっちゃ安いのですがまぁ高いよね。
  • GTD勉強会はUstというかそういうオンラインライブ系もしたい。まずは音だけかなぁ。つーかラジオか。

ちなみに仕事は会社で目標たててるんで含んでないです。

 

◆ようやく2012年の目標作りのための方針

さて、2012年に向けてというか開けていますが目標づくりのためのレビューを行ってきました。私のレビューの最小単位は、(1)過去を見直し、(2)現状を確認し、(3)未来に向けてやることを決め直す、というものです。これを今回にも適用して実行してます。

具体的には、「振り返る2011年」で過去を見直し、「2012年はどうしよう、の前に」で現状のステータスを見直しました。そしてこの「ようやく2012年の目標作りのための方針」で(3)について検討します。そして以下結果。

  • 不愉快なもの一掃キャンペーン
  • gtd関連ウェブサイトを充実しよう
  • GTD勉強会オンラインの定期実施する

◇不愉快なもの一掃キャンペーン

これは、11月のGTD勉強会で行ったレビューの結果よりです。自分が不愉快だと思っているものが結構あったので、これをできれば半年以内に消化していきたいです。そのためには、どこまでが不愉快だと思っているのか全容を最初に明らかにする必要があります。そしていつも疎かにしがちな処理ステップを実施し、頭を使わずとも実行できるまでの作業レベルに落とし込む必要があるでしょう。そこまでしないとやんないぐらい、嫌なタスク群ばかりです。

◇gtd関連ウェブサイトを充実しよう

GTD関連でまとめサイトがほしいと言われていたので作ったものの、コンテンツが充実していないのでそこを充実していきたいと思っています。それから私のブログだと、勉強会のイベントがわかりにくいと言われたのでその部分も補足できるような形の運用にしたいです。そんなわけで、勉強会の定期更新の手順化と、そもそも充実したいコンテンツってどんなもの、というかどんなものを書けばいいのかわかんなくなってきているので、書くコンテンツを明確化にします。

◇GTD勉強会オンラインの定期実施する

今までGTD勉強会はオフラインですることをメインに行ってきました。昨今のウェブ事情は、昔に比べると充実してきています。特に、メディア関係はUstreamなどライブ関連もやりやすくなってきています。私がオフラインにこだわって実施してきたのはリアルタイムという点と情報量です。自分が発信して5分程度以内にレスポンスが却ってくること、そしてその情報量はテキストだけよりも大きいこと、この2点を満たせれば、ウェブであってもOKなので、できれば発信する場所を広げていきたいと思います。

 

それから、これは基本的な方針ですが、今まで目標を掲げていても結構アバウトに設定してきていて、プロジェクトの目標のように厳密に設定していませんでした。今年は厳密に行おうと思います。次がその目標を守ろうという私自身の約束が、私はいつも苦手です。今年は約束します。個人的で長期的なプロジェクトに慣れるためにも。

 

◆そんなわけで今年もよろしくお願いします

こんな感じで2012年の方針も決めて、心新たに進みたい所存です。ブログとともに今年もよろしくお願いいたします。ちなみに画像は、友人が作ってくれた去年のクリスマスの料理です。ただの自慢です。

モレスキンのカスタマイズ

今年ももうすぐ終わりです。カレンダーの話をしようと思ったら結構モレスキンのカスタマイズ話がまとまったんで、先にこちらをまとめて紹介します。

 

◆モレスキンカスタマイズ(実装中):年間カレンダーはってます。

後ろに年間カレンダーをはってます。手帳を常備していないので、カレンダーをすぐに見る必要がある時に困るんですね。それで年間カレンダーをはっております。

http://ozpa-h4.com/2011/12/07/moleskine_calender_2012/

[MOLESKINE]モレスキン用の2012年カレンダーを配布致します via kwout

ちなみにネット上ではこの二つを利用しています。

 

 

◆モレスキンカスタマイズ(やってみたい):月間カレンダーもはりたくなるが……

年間カレンダーをはると、他にもいろいろはってきたくなってくるわけですが、月間カレンダーにも手を出したくなります。でも月間の手帳すら使えてないのにモレスキンで使えるかという問題が立ちはだかってるわけでござる。で、実際に月間カレンダーをモレスキンにはって使っている例です。

 

 

◆(資料)カレンダーいろいろ。

一応月間用で使えそうなカレンダーを探したので共有。

1.シンプルな2012(2013)年カレンダーPDF無料ダウンロード | ウェブスタジオ アラクネ

有名なアラクネさんちのカレンダー。シンプルで簡単にカスタマイズできるところがグッドです。月曜・日曜はじまりを選べられるのがいい!

2.Art of God Blog | 2012年モレスキンオリジナルカレンダーダウンロード(ポケット用)(ラージ用)

モレスキン仕様なカレンダーです。私はモレスキンはラージサイズ利用なので、ラージ用があるのがいいよね。

3.OpenCage: モレスキンラージ用カレンダーリーフ 2012年1月〜4月分

シンプルなカレンダーです。これもモレスキンラージ用。

http://opencage.blogspot.com/2011/10/201214.html

OpenCage: モレスキンラージ用カレンダーリーフ 2012年1月〜4月分 via kwout

 

◆(資料)本家モレスキンのデスクトップカレンダー

そこまで調べたならそもそもモレスキンからカレンダー出してるよね?と思って探してみた。デイリーだと土日とかいろいろ繰るのを忘れそうで使ったためしがないです。

 

◆(資料)日めくりといえばよつばとひめくり

かれこれ数年前から買おう買おうと思って結局一度も買ったことがないとゆー。理由ははたして年間使える自信がないから。……。こ、今年は買おう!

http://yotuba.com/hime13_main.html

よつばとひめくり2012 via kwout

 

◆アマゾンリンク

 
アスキー・メディアワークス ( 2012-03-10 )
ISBN: 9784048861144

なぜディズニーランドに行きたくなるのか?

 

ディズニーランドに行きたいから行く。理由は説明できません。一種の中毒かもしれません(笑)。

ディズニーランドが人々を惹きつける理由 : 投資十八番

 

 

ディズニーランドは不思議なところだ。数ある施設の中で、私が興味深いと思う施設のうちの一つである。上掲の通り、私もディズニーランドは好きだ。空いているなら何度も行きたいと思うものだ。私がそう思う理由はもうただ一つで、「不快」が極度に排除されている『空間』であり、そしてそれを実現するための『運営』だからだ。

 

◆極上とはその変化さえ気配がない

私の好きなものに、家から送られる米がある。これがまたうまい。農家が自分たち用に作っているお米なので、通常のお米よかうまいんである。はじめてもらった当初、私は特に何の感慨もわかなかった。普通に美味しいといえば美味しいのだが、「うおおおおおお!これは!!(カッ)」などといった、美味しんぼ(ミスター味っ子でも可)で見かけるようなリアクションは出なかった。

しかしである。その日を境に、私のご飯を食べる量が顕著に増加した。

 

感動とは、ある意味、それを受け取る前後の差分の大きさによって感動の度合いも大きくなる。しかし、差分が大きいというのは日常からもかけ離れている場合も多い。たとえばレストラン。すごく美味しいレストランがある。感動も感激もした! しかし、次に来るのはもう1年後でいいや、と思うことがある。感激もあるのだが、その自己主張っぷりに、結構な気合いを入れなくては食事ができないというものもある。雰囲気がではなく、食事がそう主張する。

しかし、件の米にはこういった気負いはない。いつでも食べれるし、いつでもやめられる。選択するのに気合いは必要がない。それは最初っから。あまりの違和感のなさっぷりに、私は気がつかなかった程であり、自分の行動を指摘されてみれば、成程である。

これが、ディズニーランドでも同じことが起こっているんだと思う。

 

◆施設という『空間』の「不快」は何をもって排除できるのか?

さて、施設という『空間』の「不快」は何をもって排除できるのか? それは、記事の最初に書かれている、人々がディズニーランドが戻ってくる3つの理由にまとめられている。

米著名サイト(OPEN Forum)の記事によると、人々がディズニーランドに戻ってくるのは「清潔さ」「親しみやすさ」「安全」の3つの理由のためだという。

ディズニーランドが人々を惹きつける理由 : 投資十八番

 

「不快」は、簡単に言えば、マイナスのイメージ全般を指し示す。「清潔さ」が、人々の「不快」を排除するものであるのは、説明をするまでもない。「親しみやすさ」と「安全」は、その場所に対する不安という「不快」を取り除く。「親しみやすさ」は精神的な面で、「安全」は物理的な面で。

このマイナスのイメージを”全て”取り除きさえすれば、そこは素晴らしい場所になるはずだ。しかし、実際それを実践するのは難しい。ディズニーランドが他の施設から抜きんでているのは、この「清潔さ」「親しみやすさ」「安全」を実現するために徹底しているからだ。「清潔さ」は、隅から隅まで綺麗にしている。特に、それがわかるエピソードに記事中のゴミ箱の話がある。

5.小さいことにも注意を払うこと
ウォルト・ディズニー自身がゴミ箱のタイプを指定したと、ブルースは私に話した。これらのゴミ箱は現在2年おきに交換され、4ヶ月おきに塗り直される。
Apple創業者のスティーブ・ジョブスはMacintoshのゴミ箱アイコンについて完璧主義者だった。ジョブスとウォルト・ディズニーの類似性は偶然の一致ではない。

ディズニーランドが人々を惹きつける理由 : 投資十八番

 

ここまではまあよくわかるだろう。しかし、スティーブ・ジョブスとディズニーランドの違いが一点ある。それは何だろうか?

 

◆『空間』の「不快」を継続するための『運営』

ディズニーランドが抜きんでているのは、『空間』の「不快」を継続的に取り除くための『運営』を回している点だ。

上掲で「これらのゴミ箱は現在2年おきに交換され、4カ月おきに塗り直される」とある。これが、『空間』の「不快」を継続的に取り除く活動である。Macintoshの中のゴミ箱アイコンは、最初のアイコンデザインを作りさえば、その後は風化したりすることはない。はじめてPCを立ち上げ、廃棄物になるまでゴミ箱が廃れることはない。しかし、ディズニーランドのゴミ箱はそうではない。それで、ディズニーランドでは、定期的にゴミ箱をメンテナンスするよう『運営』に組み込まれている。

私が声高にこの部分に着目するのは、たかがゴミ箱のメンテナンスを、明確な理由を持って実施しているからだ。形骸化する作業の中で、こうも明確に理由がはっきりしていることは珍しいし、それが浸透していることは正直稀である。私はその点に驚く。

 

 

さて、『運営』と言葉をつづってきたが、これは動的な作業を伴う。『運営』を実現するのは実際のところ、ディズニーランドの従業員である。『運用』はゴミ箱を定期的にメンテナンスする、といった取り決めだけでは片手落ちである。それが実現して『運営』たる素晴らしさが語られるものである。それを実現するための注力点を、ディズニーランドは知っている。

 

 

◆『運営』を実現するための注力点

じゃあこの『運営』を実践すればいいんだね!となるわけだがところがどっこい、うまく従業員が動いてくれないと実現してくれない。じゃあディズニーランドはどういうところに注力しているのかっていうと、それを実現してくれるための従業員――彼らの中では、キャストと呼ばれるメンバーを大事にする。

2.キャストメンバーを大事にする
ディズニーランドには「チームセンター」があり、キャストのために、保険、割引、チケットサービス、輸送サービス、納税等代行サービスなどを提供している。私がここで気づいたメッセージは、「従業員を大事にしなさい。そうすれば顧客に親切になる」ということだ。

ディズニーランドが人々を惹きつける理由 : 投資十八番

 

だからといって、キャストを大事にすればキャストがそれに報いて動くようにはなる。しかし、一人のキャストがうまく動けても、複数のキャストが同時にうまく動ける話はまた別の話である。そこで、複数のキャストが同時にうまく動かすために、ディズニーランドでは、マネージメントを重要視する。それが、以下の文でまとめられ挙げている。

 

1.資質ある人材を取り立てればお金は後から付いてくる
ディズニーランドのマネジメントで優先順位が高い3つのことは、リーダーが優秀であること、キャストが優秀であること、そしてゲストの満足である。優先順位の4番目が決算だ。私の解釈は、会社が最初の3つのことを正しく実行できたのであれば、お金は自然と集まるということだ。

ディズニーランドが人々を惹きつける理由 : 投資十八番

 

ここで注目したいのは優先順位だ。優先順位は、実現するために注力すべき順番だ。ゲストが何度もディズニーランドに戻ってくるためには、ゲストの満足が必要である(優先順位3)。そのゲストの満足を満たすためには、人々が戻ってくる3つの理由を施設に実現させなくてはならない。それを実現するのはキャストである。そのキャストが働いてくれるためにはキャストを大事にする必要がある(優先順位2)。その複数のキャストを効果的に働いてもらうためには、彼らをマネジメントすることが必要となる(優先順位1)。

 

なぜディズニーランドにまた行きたくなるのか? 簡単な話だ。ディズニーランドの中では、「いやだなぁ」と感じる頻度がほとんどなく、「楽しい!」と感じることばかりが蓄積されるからだ。人の多さと並ぶこと以外にはという条件が入るけれども。

好きでい続けること

■概要

自分が何かを好きであると他の人が認めている状況が、自分が何かを好きである感情。しかし、自分が何かを好きである感情のみが、自分が何かを好きであると他の人が認めている状況に寄与はしない。行動が必要である。

◆好きでい続けること

最近、好きなことを仕事にし続けている人を知った。私と言えば、分野自体に執着心を持ったことがあまりないので、好きを仕事にできること自体がなんというか、不思議で仕方がなかった。

好きなことに関わる形は時期によって様相が異なる。友人もまた、形を変えつつも同じ業界に携わっている。勉強熱心で、その仔細が仕事へ還元される様はいっそすがすがしかった。話を聞けば、もともと昔からそういった類は好きだったようで、それがずっと続いているようだ。

私は正直羨ましかった。

自分はそこまで好きで在り続けたものはとんとない。そんな奥深くにまで潜り込んでいくことも少ない。今まで長らく続いたものと言えば、ピアノだ。しかしその活動は、母親との敵対関係と並行して歩んできたものでもある。ピアノ自体を弾くことは好きではあるが、ピアノを深く知ろうとか、積極的に携わろうとか、そんなことは一切なかった。そもそもピアノに対してどうこうしたいという意思も思想も持ち合わせていなかった。

どうやったら、続けられることができるのだろう。

◆友人の昔の記憶

友人に聞けば、今仕事に携わっているものは幼少のころから好きだったものだと言う。その興味の枝葉は仔細に及び、到底私ではそんなことはしないであろう詳細にまで興味を伸ばしていた。

神は細部に宿るとよく言われるが、実際のところそうだ。それは、私自身GTDでも身に染みてきている途中である。そのプロフェッショナルと言われる者とそうでない者の分かつところと言うと、いかに関与する部分に対してどれだけ注意の幅を広げているかに他ならない。

たとえばチョロQにだってその枝葉は伸び行く。あの小さな固体に対して、その何十倍もの体積のある車と同様に軽量化を行い、そして原動力となる電池にまで気をかける。私には到底考えたことのない世界だった。

そんな風に幼少の時代を過ごした友人ではあったものの、ずっとその世界に浸っていたわけではなかった。実際本格的に足を突っ込んだのはしばらくしてからのようだ。それも人の縁をつたって。そこからさまざまな形を経て、今現在に至ったという。

◆自分の最近の記憶

自分を振り返ってみる。私はGTDが好きだ。勉強会は続けたいと思うし、実際続ける予定だ。だから、勉強会に続けるための嫌になる部分はかなり除去して今の運営スタイルにしている。

私のGTD勉強会の最大の優先事項は「継続」だ。だから、このご時世ソーシャルで皆で協力することの方がメリットがある!と言っているにも関わらず、一人で実施することにしている。人と関わることで、私が続けること自体を嫌になるのを防ぎたかったからだ。

それ以外にも、記事を出す際の手順書を作って極力考えずとも記事を書けるようにしたり、最終的には資料を作らない時期があるのも、実施するのが嫌にならないためだった。このように、いかに労力をかけずに勉強会を実施できるかにがんばってきた。

それらは、勉強会を継続するため、好きを継続するための努力だ。

◆好きな気持ちと、それを示す行動

好きな気持ちは変わらない。好きな気持ちは私の中では変わらないが、その気持ちが外部に示し、私がどれほど好きな気持ちを持っているかをほかの人が認めているかどうかは、また別の問題だ。

私たちはよく「気持ちは誰にも負けない」と言う。ならば、何が負けているというのだろうか? それは、その気持ちを行動に反映する部分においてだろう。

なんらかの阻害があって、行動に落とし込むことができず、気持ちだけが空回りする。

好きでい続けること。

私にとってそれは、好きなことについて行動を起こし、そしてまたその行動が実現できるように、障害となる要素を取り除くことだ。そうして、その最初の行動が継続された時こそ、好きが継続される事実と成り、外部に対して現実化し、ようやくほかの人から「あの人はこれそれが好き」と認められるのである。

友人にしたってそうだ。今現在の時点で継続していることこそがその証明だ。たとえどんなに形が変わろうとも、である。生き残っていることこそが、すべての証明となりえており、気持ちの証明ともなっているのだ。

◆好きでいるのは簡単だ。

好きでいるのは簡単だ。感情をただ持ち続けることは簡単だ。

しかし、それを誰かに認めてもらうことは別だ。好きであることに伴う行動が必要だ。その行動が継続するのに難しいのであれば工夫も必要だ。長らく、続けて、いくための工夫が。

そうやって、たき火の火を絶やさぬように、行動を絶やさぬこと、意識が合わないならばそれすらも変えてなお、続けることを優先することが必要なのである。

それは好きなものが何に対しても必要である。職業にしろ、やることにしろ、道具にしろ、人にしろ。

初出:2011/07/03

JIRAって素晴らしい!!

 

■記事概要

今会社でJIRA以外の別のタスク管理ツールを使ってるんだけど、そろそろ要望が出てきて、この要望だったらJIRAは既に解決してるんだよなーつくづくJIRAっていいよなーって思い出して書いた記事。

 

◆JIRAってなあに?

JIRAとはイシュートラッキングシステムの一つで、バグトラッキングシステム(BTS)ともいうべき素晴らしい製品だ。

ところで私が製品を素晴らしいと褒め称えるのは珍しい。そもそもJIRAになんでこんなに感情が入れ込んでるのかも、私自身不思議でならない。

確かに昔設定が大変で、その設計思想に頭がうにってつらい時もあった。その苦労を乗り越え、設計思想を理解し、設定一式を自由自在に設定できるようになって征服できたという気持ちもあろう。とはいえ、それにしたって私が褒め称えるのは珍しい。どこがそんなにいいんだろう?

ちなみに、自分の場合、JIRAは二桁のプロジェクトを関連会社込みで回したぐらいの運用を行っていた。

 

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満足できる仕事と、GTDを紹介し続けていくこと

◆どんな仕事ならば、満足して続けられるのか

このところ仕事についてかんがえる。この先、自分が長らく仕事を続けていきたい場合、どのような仕事だったならば、満足して続けられるのか。

◆私の好きな仕事の要素

この前、ひすいこうたろうさんの主催したホンキの1日@TOKYOに参加した。その中で、自分の10年後について、なりたい自分について、そんな夢を4人で1グループで東京のヒーリングスポットを巡りながら話した。

振り返ってみると、私はGTD勉強会のような場所が好きだ。そして、エマジェネティックスのようなセミナーの場所も好きだ。それから今はまっているネット上で話すことも好きだ。これらについて共通しているのは以下の通り。

1.参加者が少し高まるのを補助していること
2.その補助するのに自分が関わっていること
3.その作業がリアルタイムで行われること

突き詰めていくと、それは誰かが本来もっている力を今以上に出せる環境を整えること、それに加担するのが私は好きらしい。

◆GTDで学んだ「信頼」

GTDで学んだことは多い。特に今一番学んでいることは「信頼」だ。GTDで培おうとしているのは、この「信頼」である。GTDのシステムと自分との「信頼」を構築し、その「信頼」されるシステムを経由して、自分自身と自分とを「信頼」するように拡張していくことができる。

以前、任天堂の誰かがどうして他の会社に転職しないのかという話が、ウェブ上で話題に上ったことがある。個人的な意見では、任天堂とその人との間に信頼関係が構築されているからだ。年収や待遇以上に、一番手に入れられないのが、この信頼関係である。

信頼関係は、どのような振る舞いで実現されるのか? それは、多少の失敗があっても許容されることだ。現に任天堂は、そのゲームの歴史でも失敗も多い。ディスクシステムの栄光は小さい。バーチャルボーイの赤い世界を知る人間は少ない。

しかし、任天堂が他の会社と一線を画しているであろう点は、これらの昔の遺跡が何らかの形でリバイバルを果たしている点であろう。Wiiが世界に現れたが、私は既視感によく捉われる。任天堂は、自分たちのしてきた内容をよく理解している。このことこそが、信頼関係の現れではないだろうか。

◆「信頼」の先の「今以上の力を発揮させること」

さて、任天堂の話は、いかに信頼関係をもって仕事をすることが難しいか、についてだった。

私が仕事で実現したいことはといえば、この信頼関係だ。もし、信頼関係をもって、全メンバーと接することができるならば、どんなによい仕事ができるだろうか。

私が好きな共通事項は、その夢のような信頼関係を、短期間でも実現できることだ。そしてその結果として、メンバー自身が今以上の力を発揮させることを目的とする。

また、私が特徴としている点は、私とそれに参加するメンバーとの信頼関係を作ることを目的としているのではなく、そのメンバー自身の信頼関係を構築していることを目的としている点だ。私自身は、ただの媒介でしかないし、ただの媒介でなくてはならない。

◆「信頼」を構築するGTDとその広がり

GTDが好きなのは、私自身とに信頼関係を構築する方法を提供してくれるからだ。また、GTDは私に強制することもない。このツールを使え、この考え方にしろ――GTDは一切そういうことはしない。人の異なることを当然とし、そのありのままで許容する。それがGTDだ。

「コミットしたいことを思ったことを収集しなさい」

これは、私が収集の対象にしたい範囲に困っていたときに、デビッド・アレンからアドバイスしてもらった言葉だ。

「私」という範囲はどこからどこまでだろう? GTDは「私」が広がろうが縮まろうがそれも許容する。見える先が私の範囲だ。そんな認識の中にすら、GTDの考えは浸透もできる。そうでなくったって、日々の仕事や生活にも適用できる。

◆私は今後もGTDを紹介しつづけていく

私は今後もGTDを紹介していくつもりだ。もちろん、ほかのことにかまけてて、姿勢が疎かになることもある。というか今の時期がそれだ。

けれども、GTDを紹介し続けることだけには私はコミットしている。ただ、苦手なコミュニケーションツールというのがある。自分の一番活動しやすい部分を見つけつつあるので、それに合わせて活動して、ながらく続けていくようにカスタマイズしていくつもりだ。

私がこんなに、明確に言えるのには、それがもちろん私が満足できる仕事だと確信できるようになったからだ。対象とやり方と、どちらの別々に満足するものが見つからないと難しい。
今考えているのは、Ustreamで定期的にWeeklyReviewを実行するためのプログラムを提供することだ。映像は難しいからたぶん音だけになるけれども、それぐらいなら実行しやすいだろう。

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