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GTD Japan Review(2) 私が日本で流行らせたい理由

最初に、まず私が日本でGTDを流行らせたい理由をまとめておこう。GTDが日本で流行らせたいのには、私には次のような理由があって、現状が理想とは言えない。だから私は、日本でGTDが流行っていないことについて不満を感じている。私の理由はいくつかある。

  1. GTDを使って仕事が楽になったので、ほかの人にも仕事を楽になってほしい
  2. 日本の会社がもっと健康的になってほしい
  3. GTDのもっと別の切り口での話ができる人がほしい
  4. もっとGTDについての生の情報がほしい
  5. GTDについて更に研究を重ねたい

GTDを使って仕事が楽になったので、ほかの人にも仕事を楽になってほしい

GTDいいですよ! と私が声高に言うようになったのは、最初に私自身がGTDをするようになってずいぶん仕事が楽になったからだ。見出しでは仕事と言っているが、実際のところ、生活や心持ちなど、私の全般に関して多くの効果をもたらした。

例えば時間的な概念。私は今までずいぶん時間的な概念が欠如していた。未来に対して信用がおけなかったので、未来に関して言っても、その内容を信用することができなかったのだ。それは外部に対してもそうだし、内部である私に対しても同じことが言えた。

それから決断力について。決断力をつけるためにはどうしたらいいのか? 多くの人が確固たる自信を持って言うにはどうしたらいいのか、と気になるところだが、結局のところ場数のように思う。どれぐらい自分の意志を自覚して(この自覚していることこそが重要である)、どれだけ決断してきたかに依存する。GTDでは処理ステップを通じて、いやいやながらもその決断する回数を増やされるのだ。選択することはある一つ以外の可能性を遮断することであり、大いに力のいる作業である。まぁそれで、私は昔より自分の決断について納得ができるようになったと思う。

そして思考の粒度。私がGTDを続けている最大の理由なのだが、GTDを続けるだけでも、自分が成長している!という感覚に時たま垣間見ることができる。最近になって久々の粒度が変わったところだ。

そういった、私という人間自身の活動に深く関わってきた。それこそが大きな効果であり、GTDいいですよ!、と私が続けて言いたくなる理由だ。

これが一つ目。

日本の会社がもっと健康的になってほしい

次に思ったことが、会社への不満だ。会社がパラダイスっていう人もいるけれども、多くの人はそうではない。ここはいい、ここは悪いといったバランスの中で会社で働いている人が大抵だと思うし、私自身も実際その一人だ。

で、私の会社は割といい会社だと私は思ってるんだけれども、そうも言えない状況になることもしばしばあった。その時になんだかものすごく腹立ってしまい、非常に憤慨していた。

とはいっても、ここで転職して会社を変えたとしても、パラダイスがやって来るとも限らない。だったら、私にとってパラダイスになるように仕向けていく方がいいじゃないか、と思った。

それで、一人一人の生産性がよくなれば、多少の環境に対しても、何らかの変化が起こるのでは? と思って、会社にGTDをすすめるようになった。

これが二つ目。

GTDのもっと別の切り口での話ができる人がほしい

私の勉強方法は、試したり資料(ここではウェブでの記事等)を見たりして、まず一人でうんうんうなってあーでもないこーでもないと、自分自身で考えることか始まる。これが一通り終わると、ようやく人に話せる状態になるのである。GTDへの勉強方法も同じだった。

GTDについてもひとしきり考えたのち、自分なりの一段階目の帰着点ができた。これをもとに他の人とコミュニケーションを!と思ったんだけど、話せる相手があんまりいない。つーかそもそも母数が少なすぎる。ということに端と気づいたので、ふんなら日本でGTDをやっている母数を増やすために何かせねば、という考えに落ち着いたわけです。

これが三つ目。

もっとGTDについての生の情報がほしい

GTDを続けてはいるものの、その理論や効果についてはまだまだまとまっていなかった。そのためには、GTDをしている人の生の情報がもっと必要になってきた。とはいっても、日本のGTDユーザの母集団は少ないし、それに習熟度のバリエーションも少ない。

とにかくサンプル数が根本的に少ないのだから、やはりこの観点からみても、日本でGTDをやっている母数を増やすために何かせねば、そしてそれを受け取る場所を作らねば、と思った次第。

これが四つ目。

GTDについて更に研究を重ねたい

そもそも四つ目の理由の真の理由は、GTDの研究を続けたいことにある。今回研究という言葉で落としているが、考察を続けたい、そして何かと別の次元でつながる何かがあるのでは、と私はおぼろげながらに思っている。

GTDと何がつながるのか、は皆目見当はついていない。しかし、私の中ではGTDは大きな枠組みで、広がりを持っており、他に何をとるにしたってGTDと繋げて考える癖ができすぎている。今更GTDなしに、話を進めること自体が難しくなっているのだ。

そしてそれを何らかの形でまとめて、これこれこうなんだ! というところまで持っていきたいと思っている。それが何かはわからないけれども。

これが五つ目。

以上が、今のところのGTDを流行らせたい私の理由群である。GTDでビッグになってやるぜ! とか、GTDで仕事ができるようになったらいいよね、とか、今まで培ってきたGTDの何がしかをなんとか還元させたい! ていうのは当然すぎなので今回は一旦さっぴいている。

これらの理由から、日本でGTDが流行っていないことに不満を感じているわけで、それで自分なりにいろいろなアプローチを自分ができる範囲で試みてきた。じゃあどんな所にアプローチをかけたのか、という話になるんだけれども、そもそも要素が揃ってないからGTDでは流行ってないのだ。その足りない要素は何なのか? 次回は、何が日本では足りないのか、について考えたことをまとめる。

GTD Japan Review(3) 日本でGTDが流行らない理由

前回は、そもそも私がどんな目的でGTD流行ってほしいのかを説明した。じゃあ何が足りなくて流行っていないのかを今回は見ていこう。

さて、日本でGTDを流行らせようと思った時、私は最初にアメリカでの現象と日本での現象の違いに着目した。もし、アメリカと日本との差異がわかれば、そこに注力できれば日本でGTDが流行る確率が高くなるに違いない! と。

国民性の違い?

で、最初の頃、ブログ記事でいろいろ見た時のGTDの誤解のされっぷりが気になった。GTDが時間を気にするのはカレンダーリストであって、それ以外のリストには、本来は時間の概念はない。というか区別されて考えている。しかし、ブログを見ていると、これを正確に理解されることが少ない。私もそうだった。思いっきり時間管理と間違っていた。そして、GTDを続けていくうちに、こういうものなのか!と合点がいくようになるのであった。

で、その誤解はどうしてするのか、を考えた時に、日本は時間で考える癖の人が多いからじゃないのか、と思った。つまり、国民性の違い。それを友達に話したところ「いやいやそうじゃなくて、アメリカと日本とじゃあ、仕事を回している人が違うからでしょ」と真っ当な意見を頂戴した。

その意見を聞いた時、素直に「そうだね!」とは賛成しなかった。

まぁ、ものすごく考えたのに一蹴されたので、意地になってその時は賛成しなかったんだな。日本人だからGTDを誤解しやすいのかどうかは、結局検証はとれなかったし、エマジェネティックスでも、思考スタイルの違いに国民性は関わってこない、と言った。つまり、国民性じゃないだろうと。それが一番堪えて、国民性の違いが、流行らない大きな要因とは今では思っていない。とはいうものの、誤解されやすいものとして、伝播の比率が多少小さくなるのは、小さな要因の一つだと私は思っている。

「アメリカと日本とでは、仕事を回している人が違う」?

GTDが誤解されやすいから、という要因は排斥された後、私は「アメリカと日本とでは、仕事を回している人が違う」という友人の意見を吟味していた。友人はこうも言った。「アメリカでは、戦略と仕事を回す人は一緒で、日本は別々だから」と。

丁度同じころ、タイミングよく私は日本でマネージャークラスのレベルに相当する人間を四人ほど見てきた。で、この四人にはひどく忙しい人と、そしてそうでない人の二パターンがあることに気付いた。

ひどく忙しい人はGTD勉強会で知り合った人だ。とても忙しく、その中で仕事を回すためにGTDにたどり着いた人である。一方の三人は、それなりに自分の中で仕事は回せていて、GTDはしていない人々である。

で、三人の思考にはいくつかの共通点があった。

  • 部下については、GTDのような仕事を軽減させるようなものをさせたいと思っている
  • しかしながら自分には、そういったものが必要とは思っていない
  • だって、GTDは自分にとってはすでに培われた手法であり、もうすでに似たものを持っている

忙しい人とそうでない人が、同じマネージャーレベルに存在するのは興味深かったし、忙しければGTDを選び、そうでなければ自分には必要ない、というような印象があるのもまた興味を引いた。つまりそれは、GTDがその人自身の忙しさによって必要性が変わるのではないのかと思ったのだ。

ここで、アメリカでのGTDの適用のされ方を振り返ってみよう。

アメリカでは、経営コンサルタントのDavid AllenがGTDをするのはマネージャクラス、つまり経営と仕事をまわす人たちである。これらの人に対して、DavidはGTDを適用し、そして効果をあげている。ところで、マネージャクラスになると普通に働いてても通常のよい成果を出すような人間がなるものだ。にもかかわらず、GTDのようなセミナーや研修などのテコ入れが必要になってくるのだ。これは何を意味しているのだろうか?

アメリカでも、優秀な人間であるにもかかわらず、その力を発揮できずにいる状況が存在しているということだ。レベルはどうあれ、私も最近になってそのような状況を私自身が体験している。そしてこれらの状況は今後も、誰でも、どんな時にでも、やってくる可能性がある。新しい仕事になれば、それだけでなる可能性は高い。

導きだされる流行らない理由

さて、以上の話と+αをまとめて言えることは、日本では、アメリカのように、GTDを心底必要とする人間が会社の中枢部におらず、GTDを誰かに適用した後展開が難しい。だから、日本ではアメリカほどGTDが流行らないのでは、と私は想定する。

確かに、GTDが一番の最適環境は忙しい状況に身をおいている環境である。そして日本ではそのような環境にいる人間は仕事を回している現場の人間であって、経営層に近い状態にあることは難しい。経営層はすでにそれなりの力を持っており、自分自身が能力を発揮できるように、仕事の量を調整できる立場にいる。GTDは仕事量を調整できにくい立場にいるからこそ必要となるのだ。

日本では、GTDの伝播の経路が会社の中で確立していない。そして何より、変革が必要なのは現場の人間であって、上部層の自分たちは対象外で必要ないと、信じている。本当に?

次回について

本記事では、日本でGTDが流行らないのは、アメリカでの展開のキーパーソンとなる所に、GTDがアプローチできる伝播経路がないことをまとめた。状況が異なるのは仕方がない。次回ではもうちょっと要素を分解してアプローチできる部分はないか探っていく。

GTD Japan Review(1) 日本でGTDが流行らないのはどうしてか?

2006年11月からGTDをはじめて3年ちょっと。英語圏でのGTDのフィーバーはすごいなーと思うけれども、日本ではそんなに定着していない。

語幹だけなら、仕事術やらTODOのかわりとして利用されるようになってきて、「GTDにいいかも!」「GTDにもってこい!」などなどの用法で用いられるようになった。それは、もちろんGTDが有名になって効果がある故の、膨張部分だ。

しかしと思う。

実際のDavid Allenの言うGTDが一次的にもうまくいけた! と思った人なんて少ないのだと思う。例えば、柔道のレベルも七級から六段もしくはそれ以上など、柔道をとっても人によって修錬度が異なる。David Allenは空手の師範代でもあるから、喩えに空手の話を持ってきていたりするのだが、実のところ、GTDの習熟度は、空手や柔道などの道と同様に、ある段階を持ち合わせる。私がこの数年やってきた結果の感覚の結論はこれである。

英語圏で流行っているとはいえ、GTDの習熟した人間の比率がどれぐらいいるかはわからない。しかし、わかっていることは、日本の比率と比べればはるかに多く、そしてはるかに絶対数も多いということである。

日本でGTDが流行らないのはどうしてなんだろう?

GTDを日本でもっと知ってもらおうと流行らせたくて、私は今までに自主的にいくつかやってきた。しかし、アプローチが悪いのか、そもそも私の説明内容が悪いのか、どうにもこうにもうまくいかない。

2008年6月16日にはDavid Allenが来日してきてくれたというのに、その後の日本での反響は芳しくない。

今回はいったんの区切りとして、どういう分析をして、その結果を加味し、アプローチを行ってきたのかを数回にわけてまとめていこうと思う。そうして、これからの私の行動指針について、もう一度振り返ってみようと思う。

SeasonをVからVIにアップしました。

Seasonは自分の中でキリができたらアップするようにしています。今までどうも違いができずに長い間Vでしたが、ようやく自分なりのキリができたので、今回VIにアップしました。

今回のキリとは、粒度の変化

Seasonは、自分自身になにがしかの変化があったらアップするつもりで付けています。今回のできたキリとは、粒度の変化です。

粒度の変化とは、私の感覚が変化したことを指してます。具体的には、結構まじめにチェックしていたRSSが、忙しいのも相まって、ずいぶん気がそぞろになってしまったり、かわりに、ハーバードビジネスレビューがおもしろく感じるようになったり、そもそもそういう本を読もうと考えるようになったり、そんな変化からそう思うようになりました。

感覚の変化は自分でも気づかないうちに起こります。ハーバードビジネスレビューについても、実際興味が起こったのは11月ぐらいからの話で、その時点ではまだ粒度が変わったとは思いもよりません。どっちつかずの状態がある一定時間あって、それから確定したんじゃないかな、と感じています。

実際粒度の変化が確定したのは、「仕事や私事に追い詰められて陥る、硬直した状態について」の原因でもあった仕事です。このような状況に陥ったのは確かに大変なことが多くありましたが、今回のように身体の方針パターンががらっと変わるきっかけにもなりました。よかれあしかれ、大きなイベントはあらゆるものがやってくるわけです。

さて、Seasonを切り替えるにあたって、合わせてブログのシステム自体についても見直しをかけました。デザインも変更しました。ついでにwordpressのバージョンんもアップさせました。2.9.2になっています。これらのシステム変更に関しては別記事にてとりまとめる予定です。

シーズンVの始まりはどうだったのか

そういえば、Vについては何を考えて始めたのかと思って、自分の記事を見直しました。振り返ってみると、Season Vは、なんと2007年の4月ぐらいから始まったんですねー。かれこっれ3年間ずっと同じ状況だと自分は見なしていたわけです。

実際振り返ってみると、考える粒度から考えてみれば、確かに変化は微々たるものばかりで、大きな飛躍というものはありませんでした。

そんなに粒度の変化は大きく違うのか? というと、ほかの変化よりおおいに違うものです。そもそも、私がGTDを好きになったのは、この粒度の変化のきっかけを作ってくれたと思ったからだった!

自己の成長を、何をもってものさしとするかは人によって異なります。私はGTDを通じて、考える粒度の違いを知りました。その成長があったからこそ、今でも私はGTDを続けているし、その粒度の変化をもたらしたのが何なのかを知りたくて、GTDへ興味が尽きないわけです。

そしてその成長がどのような変遷を通じて行われるのかを知りたくて、自分自身の変化の経過を見るがためが、このブログ自体を続けている一つの理由でもあるのです。

システム変更によりぎっこんばったんしています。

で、システムを大幅に刷新して、今更のようにDisqusを入れたりRSS切り替えをしていたりしてちょっとばたばたしているかと思います。

RSSのURLは特に変わりありませんのでそのままRSSから閲覧ください。

これからもご愛顧よろしくお願い申しあげます。

2010/04/10 第19回GTD勉強会 【全レベル対応】春なら黙って収集ステップ2時間勝負

4月は「【全レベル対応】春なら黙って収集ステップ2時間勝負」が、テーマです。

■勉強会詳細

日時:2010/04/10 (土)
場所:東京/銀座 ルノアール銀座6丁目店
時間:15:00-18:00(3時間)
定員:14名
参加費用:場所代+ドリンク代です。人が集まると安くなります。
mixiURL:http://mixi.jp/view_event.pl?id=51789785&comm_id=3013597

今回は、とりあえず春なので棚卸しようぜ!てことでGTDの収集をするだけの回です。

皆様お久しぶりです。久々のGTD勉強会です。連絡が遅くなってもうしわけない。。

GTD収集ステップというと、2時間やるといいよ!とか嬉々と言われてふざけんなと思うアレです。2時間の先に何ができるかとも思いますが、正直効果の程を知ってないとなかなか実施は難しいものです。
そこで、今回はいっそ勉強会でやったれ! というもと、今回のテーマに絞りました。というか、私がかける時間がないとも言う。。
そんなわけで、脳みそのたな卸しにどうぞご参加ください。

■今回の縛り

・書くことに集中します
・ノーパソでの洗い出しは禁止です

■今回の持ち物

・思い出すための手帳、ノート、パソコン(ただし参照に限る)
・書くためのもの
・紙は用意するので最悪手ぶらでもなんとかなります

■スケジュール

15:00(30min)~ 開始/挨拶/自己紹介
15:30(120min)~ うわさの収集ステップ
17:30(30min)~ クロージング(感想共有)

尚、勉強会後に懇親会という名の飲み会を行っています。都合が合わなくてこっちだけでも参加してみたい、という方でもOKです。参加されたい方はmixiURLの方に参加表明をお願いいたします。

ではでは、よろしくお願いします。

人生をどうしたいの?の前にGTD

GTDの収集ステップによく挙がる「自分戦略」

GTD勉強会やGTDのオフ会などで、よく話題にのぼることがある。今後の人生計画について、つまり「自分戦略」だった。その自分戦略を組み込みたいという気持ちが、GTDの中の『物』として浮かび上がってくるようであるし、そもそもGTDをしようと思う人には、このことを注目している人が多い。

人生をこれこれどうこうしたいと思っているから、自分戦略・人生計画・人生設計をしようと考えるわけだが、そういう欲望がはっきりしていなくても、そういう設計などをしたいという気持ちに駆られる。そして、Inboxに入ってくる。

自分戦略を考えてるんだがという話がのぼってきたら、私は一様に「今は計画の前の、どういう風にしたいかをはっきりさせる時期だから、いろいろな行動をした方がいい」というようなアドバイスをした。

「自分戦略」をする前にすべきこと

この「自分戦略」は、他にもいろいろ表現の仕方があって、人生計画だとか、人生設計だかある。そして共通して言えるのは、人生をどうするのか、ということを焦点にあてていることであり、人生をどうしたいかには、表現には現れ出ていないことでもある。しかし、一番重要なのは、「人生をどうしたいか」ということがはっきりしているかどうかなのである。

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HBRR:2010/02 24/Y理論は万能ではない

感想

マグレガーの呪いから解放された、ということでFA?

長い間有用だった理論を否定することは難しい、というような感じを受けた。この記事の最初の理論は「Y理論は万能だ」というところから始まる。Y理論は万能だから、どんな組織の状況でもきっと適用できるに違いないと思ってきたのだろう。そのように組織を合わせていけば、自ずと素晴らしい組織になるはずだろうと、コンサルタント達やマネージャ達は考えて、適用するように組織を形成していったんだと思う。

が、それでうまくいく所とうまくいかないところが出てくるようになり、寄る辺だったY理論の万能伝説はもろくも崩れ去った。

しかし、通常考えてもみよう。科学の研究所と、工場とで、どちらもY理論が適用できると、マグレガーは主張しているのだ。Y理論は自律性を重要視してるんだが、傍目八目的に見ていれば、向上でそういった自律性は、むしろ弊害なんじゃないかと思うものだろう。だのに、Y理論はきっとそんな場所でも役に立つ! と何故信じることができたのだろうか?

ここに理論適用の硬直化が垣間見えるだろう。理論もまた、科学の実験と同じように、ある条件下においてのみ効果がある。それが正しく提示できない場合、解釈が肥大化してしまいつつも、全体の肯定度合が強いために、表だって「違います」て言えなくなるんだろうなとかそんなことを思ってしまった。

センス・オブ・コンピタンスとかそういったものが紹介されていた。これは、業務にまつわる能力やスキルを高めるセンスのことを言い、自分が十字している仕事や環境に慣れ親しみ、技能が向上することでもたらされる満足感の積み重ねでできあがるものだ。で、ものすごくわかりにくい言葉なんだけど、会社の仕事で役に立った感のことだと私は理解した。

 

で、この論文の結論は、「各組織によって最適なやり方は違うから毎回考えろ」といったものになるんだと思う。万能なやり方はないことがわかった、という証明というか。で、その次は似た感じの課題の部分があれば、それに近しい形でできるかも! と思ってユースケースの紹介が活発になりつつも、あまりに全部が全部異なるので、ひとつの最適解があるに違いない! と、Y理論がまたもや再登場とか、そんな風にウロボロス的展開をしてもおかしくなさそうなお話だった。上記のようなウロボロス的展開を回避するには、当然のことながら、ユースケースを特化して、その中で数をこなして理論化するのがベターのように思う。

それを実現しているのが、業種特化型のコンサルタントとかなんじゃろかいな。

 

それにしても、このタイトルは、本来の記事の趣旨が現れ出ていない。この記事の素晴らしいところは、X理論だけでは無理なことがわかり、Y理論が台頭し、しかしながらY理論ですらうまくいかなくなり、そしてX理論とY理論を状況によって使いわけるべきだという結論に達した、といった内容をまとめたものである。X理論→Y理論→コンティンジェンシー理論という、ホップ・ステップ・ジャンプといった進化の段階がある。それを踏まえて、英語では「Beyond Theory Y」というタイトルになっているのだろう。とはいっても日本語に直訳すると「Y理論を越えて」になってしまう。それだけだと、意味がさっぱりわからんので、今のタイトルに落ち着いたんかなーと思った。

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