風船に毛糸をまいて、風船を割る。そして毛糸だけでできた球をつくる。これを水につけると、毛糸が少ないとぽたぽたしたたるだけで何も起こらない。
風船に毛糸を先ほど以上に巻きに巻いて、風船を割る。そしてまた毛糸だけでできた球をつくる。これを水につけると、所々糸と糸とが卑近になったところで、表面張力によってあたかも水でできた面が作られる。
糸が通常の技能とするなら、この水の面を作れる技能こそが、ディープスマートだと私は思っている。
Categories: Drafts
風船に毛糸をまいて、風船を割る。そして毛糸だけでできた球をつくる。これを水につけると、毛糸が少ないとぽたぽたしたたるだけで何も起こらない。
風船に毛糸を先ほど以上に巻きに巻いて、風船を割る。そしてまた毛糸だけでできた球をつくる。これを水につけると、所々糸と糸とが卑近になったところで、表面張力によってあたかも水でできた面が作られる。
糸が通常の技能とするなら、この水の面を作れる技能こそが、ディープスマートだと私は思っている。
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「可能性がなくなるっていうのは、結構しんどい。気がつくと組織にしがみついている自分がいてね。若い時にはそういう上司たちを見て、格好悪いなぁと思っていたのに。トホホですね」
先日、経営者層を対象に「生きる力の強い部下の育て方」なるテーマで講演した後の懇親会で、大手広告代理店の部長という男性が苦笑しながら、こう漏らした。
“市場価値”を悟ったエリートの悲哀と希望:日経ビジネスオンライン
可能性を見いだせなくなって、手が出なくなることは私自身よくある。人生全体を覆いかくすような切羽詰まった感までに至らないまでも、まぁがんばってもなんだか効果ないなぁと思うと、本気でやる気をなくして生きるのにばかばかしくなることがある。
というような思うところもあったりしてちょっとまとめておく。
著者の感じた”市場価値”ショックと、50代の感じたそれとの違いを端的に表そうとすると、例えばこんな風になるかもしれない。
著者の感じた”市場価値”ショックは、市場価値が、過去の実績があまり寄与していないこと
50代の感じた”市場価値”ショックは、市場価値が、未来の変化が見込めないこと
この二つは大いに異なる。過去と未来とで否定される場合、どちらがのしかかってくるかというと、未来の方だ。
未来への可能性がないのは、何よりも心理的に厳しい。変化が見込めないこと、自分がどんなにがんばっても効果がないことは非常に恐ろしい。まるで自分が透明人間のようになって、そこに存在しないかのような気になってしまうからだ。効果を打ち消す手法を用いた拷問があるらしいぐらいだから、その恐ろしさは計り知れない。
何が損なわれると未来がない、と思うのだろうか? 長い目でみればそれは伸びしろであり、短い目でみれば効果、もしくはフィードバックだ。
伸びしろは、たとえばテストで言うなら100点が最大で95点をいつでもピークしているようなものだ。これ以上点数を上げるにしてもあと5点しかなく、また95点を保ち続けるのにも労力がいる。そうでなくても70点台を取る面子が90点台に台頭して気持ちは焦るばかりだ。
効果は、化学的な見かたでいうなら「刺激と反応」のうちの「反応」にあたる。効果の大なり小なりはあるけれども、最終的な一番小さいものを見れば、「反応」と私は考えている。ここでいう効果は、わりと短期的なものを示す。50年代は今までの効果の振りが大きかっただけに、小さな効果では物足りない、満足が得にくいのかもしれない。
この「効果」を見出すことがなければ、今後続ける理由が見いだせない。50年代の”市場価値”ショックは、この「効果」のなさの小さな積み重ねと「伸びしろ」の大きな将来の断絶のダブルショックを受けて、ますますやる気が削げてしまうのかもしれない。
50年代の”市場価値”ショックには、隠されたショックがある。
今自分が所属している会社以外の他の市場では役に立つかどうかわからない。こんなに培ってきて、自分ではそれなりの価値を認めているのにも関わらず、である。それは「俺は、結局、組織の中でしか生きられない」という言葉に集約されている。それはある意味当然だ。何せ他の「市場」でどれほどの価値が自分にあるのか、調べていなかったからだ。
それだけではない。今はまだ会社にいるから「市場価値」はある。だが、定年後はどうだろう。「市場」そのものから場外を言い渡された後、自分の価値とは一体どのようなものが残りうるのか? そこに存在価値は存在するのだろうか? 延命措置は可能だろうか?
今まで上昇するばかりのジェットコースターで、前は霞で覆われていて、落下切り返しポイントは見えなかった。それが今になってようやく前の霞が薄くなり、先が見え始めつつある。
ジェットコースター上の落下切り返しポイントは免れない。そもそも落下切り返しポイント上にレールがあるのかという疑問は残っているが……
ハーバードビジネスレビューで思い出した論文があったのでそれを記述しておく。
ハーバードビジネスレビュー 2010年2月の「リーダーシップ講座」でもその周辺に関して言及されている。
ハーバードビジネスレビュー
40~50年代というと、HBRではマネジャークラスにあたるので、そこのジョブクラスに関して言及されている。「アタマ打ちのマネジャーの活性術」では消極的になった彼らの再活用方法について、「中年期マネジャーの心得」では、状況の説明とそれに対する本人と組織が取り組むべきことについて言及されている。
後、効果に関して、仕事が充実した系の記事がどこかにあったはずなんだけど忘れてしまった。
備忘録。「可能性がなくなる」ことの終着駅は「自分に存在価値がない」ことだと思う。その感情がうまく表現されていたはずの本ということで、思い出した。
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Wikipediaにはこのように書いてあるけれど、俺はGTDって多少違う意味で理解してる。
GTDがすばらしいのは、「タスクリストのフレームワーク」としては
ほぼ、完成された仕組みである事。
Emperorは永遠に不滅です:タスクリストのすすめ
つまり、もっともよくできた、タスクリスト処理システムだって言いたいんだ。
via Emperorは永遠に不滅です:GTDを再構築する – livedoor Blog(ブログ)
上記のブログでは、GTDはタスクリスト処理システムだと説明されていた。この考えは私は同意。ただ、GTDをタスクリストと制限するのはちょっとつまんない。
タスクは情報の一形態。その情報によって、誰かが何かをしなければならない、と行動を促すもの。
タスク⊂情報
となると、タスク処理システムは、情報処理システムと言い換え可能なんじゃないかなと思う。
私は、この情報処理システム、という言い方がとてもすっきりする。というのも、一番初めにデータが集まるInboxは、そもそも海のものとも山のものともわからない「物」ばかり。この時点で、そこに集まっているのはタスクかどうかすら疑わしいものだってある。そういう意味でも、GTDをタスク処理システム、と限ってしまうのはとても合わないんじゃないかなぁと思う。
GTDを情報処理システムと、大きくとらえた時、一番イメージが合うのが食べ物を消化するシステムだ。
食べ物は、口に入り噛み砕かれて一部は唾液によって消化される。次に食道を経由し、いくつかが消化される(なんだったかは忘れた)。で、その後も順に各器官を経由して最後には食べ物はすっからかんに消化される。
そんな食べ物の消化の仕組みであるが、特徴を表すと3点ある。
この食べ物の消化のしくみなのだが、GTDと似ていないだろうか?
さてGTDである。GTDは5つのステップから成り立っている。
食べ物の場合、分化は一つのものが複数に分かれ、その結果一つずつの大きさが異なるという意味で使っていたつもりだ。
GTDでは食べ物のかわりとなるのが「物」である。「物」の場合、分化はその「物」が何かを明らかにすることになる。丁度処理ステップの一つ目の手順がそれにあたる。処理ステップではいつでもどんなものでも、「それは何?」と問いかけることから始まる。「物」はゴミなのか、それともただの資料なのか、はたまた見果てぬ夢なのか、自分にとってそれは何なのか、どんな関係性があるのかを明らかにする。
食べ物は、たんぱく質はここで吸収して消化、とか決まっている。栄養素によっては、複数の器官で消化吸収することもあるけれども、青年期になると、単糖は小腸で消化吸収することに変わりました、とかそういうことはない。
GTDでは処理は各ステップでやることは決まっている。決まっているからこそステップ毎に分割できたとも言えるがとにかく決まっていて、だいぶなれましたのでレビューステップはなくなりましたとかそういうことはない。
物によっては、消化の必要のない器官だってある。GTDの5つのステップも、食べる情報量によって、機能する必要のないステップだってあるだろう。
GTDを習得した人になると、見かけは収集だか処理だかやってんのかわかんない状態に見えるかもしれないけれども、「物」に対する5つのステップは必ず行われている。多分。
GTDでは「物」がどうであってもこの5つのステップは必ずこのサイクルを実行する。
そんなわけで、GTDは情報消化システムと言い換えてもいいと思う。
GTDをタスクリスト処理システムから情報消化システムにイメージを膨らませた。膨らませたはいいけれども、情報を消化するってどういうことなんだろう?
情報を消化する、ていうのは情報を食べることだ。むしゃむしゃもぐもぐ、これは人間が食べ物を食べるのと同じイメージだ。ただ、食べ物は体の食べ物で、情報は心の食べ物になる。
例えば、私は友人の結婚式を控えている。私はそれに参加するので、参加するまでの準備が必要だ。電車のチケットを取ったり美容院に行ったり、祝儀袋とピン札も用意しないとだし、いろいろすることがある。
こんな風に一つの情報「友人の結婚式」からすべきことを洗い出すのも情報の食べ方の一形態だ。
例えば、以前に私はマインドマップの本を読んだ。その時思ったのはマインドマップの使用方法とは別に、マインドマップの誤解のされ方を思い出した。マインドマップの肝はどちらかというと連想であって、イメージを丸で囲むのはイメージを固形化させるのでマインドマップの本来の目指すべき形ではないのだなと理解したり、でもマインドマップの真の理解は現実では異なっていて誤解を受けやすいところはGTDとも似ているなと思ったりし、それをブログでまとめた。
これも本という情報の食べ方の一形態だ。
それ以外にも、情報はいろいろな形で現れる。本などの自分以外が出力したものでもあったり、自分が思いついたことでもあったりする。自分自身がそれを消化しやすくするには、ある一定の順序に従って消化作業を行う。それがGTDの5つのステップなのだと思う。
GTDの意味をわざわざ抽象的に広げるのには、もちろん意味がある。今は取り扱っているものが自分のやるべきことのみだから、タスクリスト処理方法、なんて言葉に表されている。
いいたいのは、GTDという考え方っていうのは、結構いろいろ応用がきくんだってこと。自分がひろげさえすれば、無尽蔵に広がりそうだって。
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その人の世界は、文章から再構築される。その人が見えている世界がいかに明瞭なのか、整理されているのか、どれぐらいのフォーカスで見通しがあるのか、そういったものが浮き彫りに出る。彼の場合はクリアな世界だ。論旨に迷いがなく。言葉も具体的だ。
会社でミーティングの鬼とも言っても過言ではない人に、資料のレビューをしてもらったことがあったけれども、あれもしびれる経験だった。あれほどまでに、会合という名の複数人の話し合う場で、整理されたミーティングの時間はなかった。それと似たようなクリアさを感じた。
で、今回の彼の言によって、人によって意思決定に至るまでのプロセスはかなり細かく異なることで確定した。チェスのスペシャリストが言うのだから間違いないだろう。
キルケゴール(だっけ?)の生活習慣が、周りの人間の時計変わりになっていたように、イチローの儀式が無意識にも実行できるように、心を傾けるのが無用だと思う部分にはスケジュールの通りに動くことで、オートマ状態に持っていくことが大事だとゆー。
決まった行動というのは極めて低エネルギー状態で実行することができる。なおかつ、その作業に没頭しながら、思考だけが解離でき、あたかも歩いている時に頭だけが別のことを考えることができるようになるのだ。
これを全体の時間にかけるということは、つきつめて考えるといかに規律のある状態に自分を強いることができるようにするか、である。チェスは長い試合もある。集中力をどれだけ継続するかもポイントになるだろう。これは、粘り強さを構築する手段であるのかもしれない。
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この前、その筋では有名な方と帰路を共にした。その時にGTDの話になって、私はGTDだったら自分の好きにできるところがすきなのだという話になった。その時、言葉を噛み砕くようにその人が言ったのが掲題の言葉である。
私はそれを聞いて、随分不思議に思ったものだ。彼のような、有名で実績もあり、端から見れば彼の好きにやっているように見える人でさえそう思うものかと考えると、である。人によって、自分の好きなように動かない部分は異なるものだ。彼にも彼の信じるものがあり、しかしながら世界に花開かぬものがあるのだと、この世は広いのだと感じた。
GTDの話に戻そう。私がGTDが好きなのは、私の意志を曲げることなくそれを実践することができるからだ。GTDはフレームワークと言われる通り、単なる骨組みであって、こういう考えを持ちなさい、といった思想は含まれてない。これは、GTDを確立する時にDavid Allenが最も気をつけた、とどこかで聞いたことがあるから確かなことだろう。
では、どの部分が自分の意志を曲げなくてもいいのか? 時間管理でよくあるのが、この時間に作業を決めてやろうというものだ。作業する時間ぐらいすきにさせろや、と私は思うものである。また、優先度を決めろという。優先度を決めたって、どの作業をするか決めるのに寄与しないじゃないか(これはある意味正しくある意味正しくない)。
時間管理は、一言で言えば不愉快だった。しかし、何が不愉快なのかがいつもわからずにいたのだ。GTDをやるようになって理解したことだが、時間管理は、私にとってはその仕事をその時間内に終わらせることを無意識的に約束することになるからだ。少なくとも、私にとって時間を取り付けるとは、そのようなことを指し示す。つまり、どんな問題な状況があろうが、それができることを見越して時間を約束したのだから、守れないわけがない、と。そして、本来はここからが大切なのだが、時間管理は、私がそれを納得しているしていないに関わらず、約束を交わしていたのである。そしてこの勝手に約束を取り付けられていることこそが、私のもっとも不愉快なことだった。
GTDはその無意識的な約束から解放してくれた。
このような無意識的に約束する範囲は人によって微妙に異なる。 人によってこの時間的な認識は異なるものだし、それが許容できるかどうかはまた異なるものだ。
確かに彼の言うとおり、「自分の好きにするのは難しい」。いつまでたっても、私の愉快な世界にたどり着くまでには程遠く、あらゆるところで理想とは異なるものの、現実の辛酸を舐めるほかないときもよくあることだ。そんな不愉快な世界から解放されるためには、理想など放棄すればよいのだ。そうすれば、不愉快に思う基準もなくなる。
それでも私は理想を捨てたくはなかった。ここに手と足と口があり、外部に向けて動くことができるのに、なぜ不愉快な現状に納得せざるを得ないのだろうか? 年を重ねて自分の理想に近づくための方法が増えるようになった。行きたい場所があり、いくための方法を見つける手段も出揃いつつあり、向かえる足があり、道具を使える手があり、ゴールを見据える目がある。それでも行き着く場所に行くまでには困難な道のりなのかもしれない。
自分の理想に辿りつくのは難しい。
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今までの中で、大なり小なり絶望を感じた時を思い起こすと、いくつかある。
最初は小学校高学年で1回。
中学で1回。
高校で2回。
大学で1回。
少なくとも、記憶にある中でこのぐらいが思いつく。
絶望といってもそのときに感じたものは、絶望からほど遠いものもあるが、何にせよショックを受けた体験という意味では共通している。
小学校高学年時、学校単位での学級会を行った。そこで副委員長みたいな感じのものをやって、ときたま私が委員長にごにょごにょ言って、会が珍しくまとまって終了した。その後、委員長が先生にほめられた。
書いてみると、そんなごときで小学校ではショックを受けるのかと思った。でも小学校はそんなものだな。小さなことで自分の所有権を主張したものだ。そんなんで、小さな私も、先生の賞賛が本来は私が享受されるだろうと思ったのが、そのときの委員長に流れてしまったことに、少なからずショックを受けた。
かように、行動に対する評価はずれるものか、と。しかし私は取り立てそのことについて先生に告げることもなかった。
中学校は、塾に行くのが楽しかった。楽しかったは楽しかったが、勉強に意味を感じるかどうかは別だった。小学校の頃は、それなりに授業が楽しかった覚えがあるのに、中学校に行くとその楽しさが全くなくなってしまった。その小学校の時の楽しさは、塾で補完されることとなったが、中学校の授業自体に辟易した感情を拭いさることはできなかった。
どうして勉強なんかするんだろう? と、当時の私はさめざめと嘆いた。その気持ちを推測するに、その勉強がどこに役に立つのかさっぱりわからなかった、というのが表面的な理由であろう。そして、深層的な理由は、つまらない授業に納得せず受けさせられている(と自分が思っている)ことへの怒りのような気がする。
中学校の成績表は非常にクリアだった。100点成績で、五教科は90点が中間考査と期末考査の点を足して二で割って90%にした値となる。残り10%は日頃の行い点だ。
私の成績は上々だったが、そこに中学生全員の努力した結果が反映されることはなかった。原因と結果の均衡はくずれるものだと、なんとはなしに理解し始めたのも、この時期だろう。
高校に進学した。
高校は、よすぎる高校にうっかり進学したと言わざるをえない。
中学校の「なんで勉強なんか」という気持ちはますます強くなった。理由をいろいろ考えるものの、意義を見いだせないから、というのもあるが、明らかに「勉強そのものがつまらない」という不満が高いように思う。つまらないのに、他のみんなはそれなりに授業を受けているのに、どうして自分は素直に授業に受けられないんだろう、ということでも二重にショックを味わった。
しかしながら、高校で絶望した内容は違うものもある。
一つは文化祭の時だ。私が言いだしっぺで、大きな壁画をクラス全員で作ることになったが、人が集まらず進捗は芳しくなかった。
そんな折、季節はずれのあられに見舞われ、屋上で作業をしていた壁画は濡れに濡れ、文化祭まであと数日ではとてもじゃないが間に合わないかのように見えた。
あられをどこからか駆けつけたクラスメート達が一気に一斉にがんばりはじめて、結果、文化祭に完成が間に合った。あのあられの時、皆が動いてくれなかったら完成できなかっただろう。ありがとう、皆……! というようには、なぜかいかなかった。
私はその時、感謝の気持ち以上に、なんともやりきれない気持ちになった。みんなが参加したのは、天候のおかげであって、まぁ結局自分ががんばってようががんばってなかろうが、あずかり知らぬ所で物事が進んでいったことに、ショックを隠しきれなかった。
これによって、他人がどう動くか私は予想しても、その予想の内容に確信を持たないようになった。 いい意味でも悪い意味でも期待しなくなった。
こうやって考えると、本当にひとの絶望なんて、なんでそんな所で、といったような部分に陥るものだと思う。とはいえ、その時点の思想体系等からは、その反応にならざるをえなかったのだろう。
そんなんで、高校の時に感じた一つ目の絶望だ。
二つ目の絶望は、至高の極みとともにやってきた。
高校当時、私は島田雅彦に傾倒だっていた。島田雅彦は中学校の頃から毎日新聞で知ってからそれなりに興味が湧いていた。そんなこんなで、島田雅彦の本を図書館から読んでは感激していた。
なんと私の言いたかったことを言い当てているのだろうかと。
それは鋳型が見つかったような気持ちよさで、至高の幸福とも言うべきものだった。しかし、それはすぐに絶望に変わった。小説が書かれていたのは、当時で既に数年以上も前の話だ。彼の小説を読み進めていくうちに、彼の考えている内容自体は別に進んでいっていたのである。
つまるところ、私がすばらしいと思ったその彼すらも、過去の産物であって、その当時の時間軸の彼と共有できるわけではないのだ。ある同じタイミングに合わせて同じものが分かち合えるのは、ほぼ皆無に等しいどころか、1.000から1.000への真の理解は有り得ないのだ、ということに思い至った。
どうやら絶望は、今まで自分が確かだ、と思ってきたものがぶち壊される瞬間に感じるように思われる。 そして、このようなエピソードを一言で言い表すとすれば「断絶」というのがぴったりな感じがする。
大学生になった。
理系の大学で実験など大変だった。ますます勉強はきらいになってた。プログラミングのような、好きな授業もあるが、そもそもテストのための勉強というものが苦痛で、なんとかかんとかしのいでいた。他には、OBの人の会社が大学の近くにあるので入り浸っていたり、友達のバイト先の事務所が大学の近くにあるので入り浸っていたり、というような感じだった。まぁ全体的に何かしらどよんだ感じがあった。
相変わらず私は鬱屈していた。何をやっても続かないし、興味をわくことすらないことも多くある。それでいて自分が自分が、というあまりに自己本位な考え方にうんざりしていた。誇れるものも好きなものも、たいしてなかった。 ゲームはまあ好きだった。
それはさておき、注目するのはその自分本位な感情だ。無駄に、というよりかは余計にいろいろ考えすぎていた。例えば、アフリカの飢饉のことを思っては憂えたが、結局自分は何もしていないことに自分自身を非難した。
知っている人が死んだ。空虚にしか受け止められなかった。私が頭で構築している世界にいる知り合いの実装がなくなってしまったことにショックを受けて、なんて冷たい人間なんだとショックを受けた。書いてる自分が言うのもなんだが、それって悲しんでいることには変わりはないんじゃないと思うんだけれども、その当時の私にはどうやら違ったように見えた。
いちゃもんをつけるのは、昔からの得意技だ。学生の頃も相変わらずだし、自分の意見にさえケチをつけた。利己的な自分の考え方をする自己中心的な自分に対して、ずいぶん自分で自分を非難した。
なら「誰かのために」という風に方向性を変えるべきか? と仮定を作っても、結局のところそれさえも「誰かのために」と自分がおもっている自分のためにすぎない。私の中の屁理屈たれはそう結論づけて、自分自身の行き場を失わせた。それに、「あなたのことを思って言ってるのよ」というようなアドバイスに見せかけた強制は、私が一番嫌いな行為だ。
結局。
私からは逃れられない。捨てることもできない。
私から中心になって、動作や感情、意識が生じることを否定することはできない。
私自身の人生が、こんなはずではなかった、こんなつもりじゃなかった、違う時代に生まれていれば、違う世界に生まれていれば、違う所に生まれていれば、と過去仮定したとしても、そのような仮定自体すら、今現在この場所にいる私から出ているものなのだ。十数年、数十年の息づいた中で出てきた言葉であって、その積み重ねがなくては言うこともできない。今までの経験のどれ一つ欠けても、この現実はもうない。
過去仮定とは、現実を覆す行為だ。頭上の池で入水自殺を試みるようなものであって、どんなに過去仮定を考えたとしても、今現在自分が存在しないことにはそのセリフだって出まい。そして仮に過去仮定の設定が現実となった瞬間、今現在いる私は消えてなくなる。
つまり、過去仮定とは、現在の自分を否定することに他ならない。
そりゃ今の現状と異なる状況を思い描くことは簡単だ。前提条件が異なれば、きっと今の現状すらも異なるだろう。しかし。今は変わらない。 どうあがいたって変わらない。私が過去仮定が非常に嫌う理由はただ一つだ。今を受け入れてないからだ。現状を変え、結果に導くのは自分の行動のみしかないのだと、そして自分が切れる手札は今この瞬間にある手札のみだということを。
それに私は知っている。ある一面では結果がすべてということも。
私は幼少のころから小学校に行くより長くピアノを習っていたことがある。ピアノに関しては非常に出来がよく、周りからのやっかみもあった。
しかしだ、やっかみがあろうがなかろうが、私のピアノが出来には影響なかったし、私もある程度の努力はしていた。なんだかんだとさぼりつつも、平日の1時間は練習していた。そういう行動があってこそ、結果を導いていることには確かだ。行動が結果に結びつき、誰かに評価されたとき、それは実績と呼ばれるようになる。
過去仮定は、これらの実績を、そしてそれに基づく結果をすべて蔑ろに、対等に扱わない作業でもある。何せ今までやってきた自分の実績は否定し、自分にはない新しい付加価値を取り入れることが過去仮定がすることだ。しかも、ないものねだりの付加価値だ。
実績をとるか、あるはずのない付加価値をとるか。
私は実績をとった。だから、私は今の私を否定しなくなり、今の私をゆるした。否、これが今の私の最大で最小であることを認め、受け入れ、和解したのである。今のままでいいんだって。私以上に私を理解し、私以上に誰が私をなぐさめられるだろうか。一番自分の起こった事実に対して実直に考えて意見を述べることができようか? そして、今の私を好きになるようにした。その結果、今現在は自分が大好きっこだ。今までの私は私自身を拒否していたのだ。
私は私と和解し、そして絶望は少なくなった。
このような記憶を書いたのは、一つに友人のことが頭のかたすみにあった。
先日、ものすごく幸せなことと、ものすごく不幸なことが友人に同日に起こった。幸せなことはだいぶ昔から友人にあった問題の一つだった。ようやくそれが終わったと思ったら、ショッキングな事件が到来した。
そのときに、思った以上に現状に絶望していたのだと、友人は言ったのだ。それで、私も絶望について書き連ねてみた。読んでみてどうだったろうか。自分ですらもう記憶と感情がかけはなれていて、その当時感じた気持ちを思い出すことはできなくなっていた。もはや、過去の自分すら他人になりつつあるのだ。
絶望はその字の如くだ。望みが絶たれてしまう状態だ。私は友人の絶望をはかり知ることはできない。それと同じで、友人も私の絶望をはかり知ることはできまい。私は私の絶望したことに対して、誰かに共感してほしいとは思わないし、共感できるとも思わない。それより、同じ評価軸上にのぼれるものではないと思っている。残念ながら、絶望は自分だけのものであり、それ故に孤独だ。
私が友人に対して危惧したのはこの後の展開だ。
友人は自分自身の人生がドラマティックだといった。私はすぐにそれを全否定しておいた。確かに、わりと何でも素直に受け入れられる自分の中でも、友人の人生はドラマティックな方だ。それでも、私は友人が自分のことをドラマティックだと言った言葉を否定した。明らかに自分の人生の価値を固める算段を感じたからだ。
ドラマティックという言葉を用いるだけで、人生はあたかも価値のあるように見える。すばらしいような感じには見える。本当だろうか? そこに、その人生の主人公がハッピーかどうかで、ドラマティックという言葉の意味が分かれる。ハッピーならば、ドラマティックな人生を生きたと肯定的に。そうでなければ、流れに翻弄された生き方だったと半ば否定的に。
友人のドラマティックな人生はもう聞いた。解決したことは、その翻弄されたドラマティックな人生から、航海に躍り出るようなわくわくした人生に切り替えるためのものだろう。それをもう人生いっぱいでしたと、何ふざけたこと言っとんのか。
長年の問題は友人にとって大きな心を締めていて不健康だと思っていたので、それがなくなればもっといいことが広がるんじゃないかと思って応援していた。断じて「やるだけやりました思い残すことはありません」といった、終わりのための応援ではなく、「責務は果たした、さあ新しいことに向かおう!」という始まりのための応援として、手助けしてきた気持ちだ。
ドラマティックかどうかが、自分を満足させるかどうかは別であることを言いたい。その言葉に自分が満足したかどうかは寄与しているのか?
本当に自分がしたいことをやってきた人生なのか? 問題が解決して、本当に思い残すことがないというのか? 本当に、自分がしたかったことが明るみになったのか? ここで終わるのが自分の限界か? 今絶頂の幸福の中なのか? やりきるだけでいいものか。
絶望もまたドラマティックに見えるかもしれないし、感じるかもしれない。しかしその絶望が永遠に続くわけではないし、自分から幕を引くべきものだ。ドラマティックは終わりゆくものであり、ある短期間の激動の状況を表しているだけにすぎない。その言葉自体には、残念ながら価値はない。
自分が満足したかそうでないか、それだけが自分の世界に価値を与える。
絶望の記憶で人生を終えるのか、それとも至福の記憶で人生を終えるのか、自分だったら、どちらを選び、進むのか。それだけは、自分が自分にのみ与えうる変化である。私自身もそうしてきたし、これからもそうしていくだろう。今は終わりじゃない。始まりだ。いつだって、今は始まりだ。世界は今始まったばかりなのだ。
Categories: Drafts
GTDの中でもNextActionリストやProjectリストに関係するツールがやっぱりほしいです。そんなことを昔から考えていて、ブログにカテゴリも作ってはみたものの、そっちにまで時間と情熱がかけられずに結局何もしていません。でもjavaでできないかとJree Padとかダウンロードしてみたんですよ。 プログラミング作業から随分離れているから、簡単に手直しは無理! という結果に達してしまったわけですが。。
直近のこまこました項目は紙ベースでいいんだけれども、やっぱり数ヶ月単位で作業になると、今までやってきた履歴とかがどうしてもほしくなるです。で、結局手軽に使えるFitzNOTEを何度も使いなおすというパターンなのです。
どういう方向性のツールがいいのかと考えると、汎化したゆるいツールの方がいいのです。
ThingsやOmnifocusなんてのは、GTDに特化したツールなんだけれども、それだと最小単位のノードが、確実にNextActionだけになって、それだと私は困るですよ。というのも、作業分は更にそれを細分化して使うことが多いので、NextAction以外の何の属性も持たないノードも存在している方がいい。
しかし、ThingsやOmnifocusなんか見ていると、そういう作りではなさそう。NextActionが必ずしも最端ノードになるとは限らない。
Evernoteは、メジャーバージョンが上がって、珍しくも特化から汎化したツールです。どこかでアドレス帳みたいなフォーマットがほしいという人を見かけたんだけれども、これって実はすでにEverNoteで提供されてた機能なんです。フォーマット機能というものがあって、それがアドレス帳みたくに作ってありました。勿論フォーマットも自分で作ったりできたりしてました。でもEvernoteになったらごっそりなくなりました。
このことは、ツールを無理なく使うことを考えると、とても重要な出来事だと私は思っています。特化すると、その分使い方に自由が利かなくなってしまう。
自分自身のFitzNOTEの使い方を見てみると、NextActionのノードもあるし、それを細くするための更に細かい手順をまとめたようなノードもあるです。だから、ノードに関して言えば、自分がラベルか何かで区別できるようなのでいいのかな、と思ってます。それに、ノードってすぐに属性が変わってしまいます。
エマジェネティックスで私が大きく学んだ点は、人による区分の違いがかなりあるということです。粒度の大きさもそうだし、スライスする際の基準についてもそう。NextActionも私はこのラインで考えるのがわかりやすいけれども、そうでない人もいるだろうし。そう考えると、ノードの取り扱いは、ユーザ側でどうとでもできるようにしてほしいなと思います。
とりあえず、FitzNOTEにスマートリスト機能がついてくれた物がありさえすれば、ひとまず満足するんだけれども、思った以上にないんだよね、これが。
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