Monthly Archives: 3月 2010

GTDツールに求めるもの

GTDの中でもNextActionリストやProjectリストに関係するツールがやっぱりほしいです。そんなことを昔から考えていて、ブログにカテゴリも作ってはみたものの、そっちにまで時間と情熱がかけられずに結局何もしていません。でもjavaでできないかとJree Padとかダウンロードしてみたんですよ。 プログラミング作業から随分離れているから、簡単に手直しは無理! という結果に達してしまったわけですが。。

直近のこまこました項目は紙ベースでいいんだけれども、やっぱり数ヶ月単位で作業になると、今までやってきた履歴とかがどうしてもほしくなるです。で、結局手軽に使えるFitzNOTEを何度も使いなおすというパターンなのです。

汎化か特化か

どういう方向性のツールがいいのかと考えると、汎化したゆるいツールの方がいいのです。

ThingsやOmnifocusなんてのは、GTDに特化したツールなんだけれども、それだと最小単位のノードが、確実にNextActionだけになって、それだと私は困るですよ。というのも、作業分は更にそれを細分化して使うことが多いので、NextAction以外の何の属性も持たないノードも存在している方がいい。

しかし、ThingsやOmnifocusなんか見ていると、そういう作りではなさそう。NextActionが必ずしも最端ノードになるとは限らない。

EverNoteは特化、Evernoteは汎化

Evernoteは、メジャーバージョンが上がって、珍しくも特化から汎化したツールです。どこかでアドレス帳みたいなフォーマットがほしいという人を見かけたんだけれども、これって実はすでにEverNoteで提供されてた機能なんです。フォーマット機能というものがあって、それがアドレス帳みたくに作ってありました。勿論フォーマットも自分で作ったりできたりしてました。でもEvernoteになったらごっそりなくなりました。

このことは、ツールを無理なく使うことを考えると、とても重要な出来事だと私は思っています。特化すると、その分使い方に自由が利かなくなってしまう。

自分自身のFitzNOTEの使い方を見てみると、NextActionのノードもあるし、それを細くするための更に細かい手順をまとめたようなノードもあるです。だから、ノードに関して言えば、自分がラベルか何かで区別できるようなのでいいのかな、と思ってます。それに、ノードってすぐに属性が変わってしまいます。

ノードの粒度

エマジェネティックスで私が大きく学んだ点は、人による区分の違いがかなりあるということです。粒度の大きさもそうだし、スライスする際の基準についてもそう。NextActionも私はこのラインで考えるのがわかりやすいけれども、そうでない人もいるだろうし。そう考えると、ノードの取り扱いは、ユーザ側でどうとでもできるようにしてほしいなと思います。

そんなに細かく考えなくても

とりあえず、FitzNOTEにスマートリスト機能がついてくれた物がありさえすれば、ひとまず満足するんだけれども、思った以上にないんだよね、これが。

自分コメント

  • 最初 2008 年 10 月 15 日

会社でGTDの紹介をした時に受けた質問

以前から、会社でGTDを広めたいと言っていたところ、部内の方で紹介できる時間を会社からもらいました。それで、GTDの紹介をしたわけですが、上司(あだ名は総長)の方からポイントの効いた質問を受けたので共有します。さすが上司です。質問が的確です。兼務の数は伊達じゃありません。

  • GTDをいきなり取り入れるのは難しいから、簡単にできる内容ってないの?
  • 他にもいろいろやり方はあるけれども、それらがうまくいかなくて、GTDがうまく続くのなら、どういう所が異なるから?
  • 似たやり方はあるけれども、それらにGTDの何を取り入れればうまくいくと思う?

GTDをいきなり取り入れるのは難しいから、簡単にできる内容ってないの?

これはもともと紹介の資料に含んでいました。私が紹介したのは3つです。

  • 収集をやってみる
  • メールでGTDをやってみる(Make it over)
  • 出来事を全部メモする

収集をやってみる

GTDのサイクルをしなくても、収集だけでもしてみると、思ったより気が楽になることがあります。ちょっともやもやしてきたら、これはこれでよいので、ひとまず実行してみては、ということで紹介しました。

メールでGTDをやってみる

メールのInboxを空にする方法です。私の会社はMLが多量なので、このやり方は合うかどうかわかりませんが、人の運用はわからないのでひとまず紹介しました。これはメールという範囲では、一応GTDのサイクルができるようになっています。

出来事を全部メモする

これは本気で余裕ないんだけれども収集する気もない場合か、もしくはあまりに余裕がありすぎて収集する気もない場合に対してです。これをすすめたのは、(1)一つに情報を集約するメリットと、(2)メモをつける習慣がよいことを体験してもらいたくて紹介しました。

私は、通学時間が長いこともあって、大学の頃からノートを持つ癖があります。それでノートに書くのはあまり苦ではありませんし、いつでもどこでも何かを書く、というのに抵抗がありません。

しかし、メモを取る習慣の一番のネックを考えると、何を記述すべきでそうでないか、という判断が難しいからというのを感じます。それで、反対にすべてオープンにして、全部書き留めるという方針ならうまくいくんじゃないかと思って紹介しました。

それに、私が一番仕事が急がしかった時に、分レベルで作業を記述していたことがあり、忙しい時ではそれが一番うまくいっていた(GTD以外で)記憶もあるからです。まずはここから初めて、それでも管理が物足りなくなったらGTDに移行してもいいんじゃないかなと思っています。

他にもいろいろやり方はあるけれども、それらがうまくいかなくて、GTDがうまく続くのなら、どういう所が異なるから?

他にもGTDのような、仕事を管理するシステムはあります。それらとGTDを分け隔てる物は何かという質問です。

GTDは確かによく見かけるような仕事管理に映ってしまいがちなので、それを区別するための質問は、クリアにGTDを捕らえることができました。

今回の回答では、レビューステップを用意している、というのを回答しました。今回はこのように答えていますが、場所が異なれば違う回答をするかもしれません。

今回の対象者では、仕事が然程忙しくないけれども、うまくまとまり切れない、といったような仕事環境を想定して、紹介しました。だから、GTDはどうして続きやすいか、という部分を説明したいなと思いました。それで、今回の回答となったわけです。

これが、本当に仕事が忙しい人々を相手に紹介するなら、別の答えを提供していたと思います。

似たやり方はあるけれども、それらにGTDの何を取り入れればうまくいくと思う?

この視点は今までなかったので、すごくよい質問でした。今のシステムにGTDの何を取り入れたらうまくいくのだろうか、というための質問です。私の回答は、上記と同じく「レビューだ」と答えました。

こちらの場合は、紹介する環境が異なっても回答は一つです。処理ステップや、リストの分類はGTD独特です。その点については、人によってもかなり最適なリストというのが異なります。ですが、全員のどのような環境、どのような状況においても必ず通る一点があるとするなら、「レビュー」ステップがあることです。

たとえシステムがどのようなものがあっても、「レビュー」ステップを実行できれば、そのシステムがうまく動けるのに手助けしてくれます。今までのシステムは、提唱した本人に、レビューサイクルが自然にあるために、システム自体がそれを必要とする、とは考えたことがないように思います。それを、GTDでは敢えて外だしして、そういうステップが必要だ、と言っています。この点が、他のシステムと大幅に異なっていると言えるでしょう。

上司の偉大さ

上司は途中から入ってきたものの、質問の意図が的を得ていて非常に適切な質問でした。私は、GTDを新しいものとして取り入れるように話をしてきましたが、通常はその一部を取り入れるなどしてだんだんと適合するのもあるのだと、思い知った瞬間です。GTDに合わせるのではなく、GTDが最初は添え木のようにたずさえ、そして徐々に馴染んでいくように思います。

自分コメント

  • 初出 2009/02/13

メモの習慣はどれぐらい継続していますか?

トリガー

メモの習慣はどれぐらい継続していますか?

私がメモを取り始めた、というより、フリーノートを持ち始めたのは大学生だった頃。その後は、あったりなかったりの時期もはさみつつ、そういったメモ帳を使い続けてきた。最初はほとんど日記だけ。というか、7年くらいは日記しか書いてない。

それでも、メモするのは気分によってあったりなかったりするので、メモする、という行為はなかなか習慣化しにくい行為だな、と思う。ここで言いたかったのは、メモするのはこんなに大変なんですよ、というよりかは、まぁ気長に行こうぜ、ということ。数週間ぐらいで、メモができなくたって、大丈夫って言いたいわけだ。今だって、数ヶ月ノートが新しくならないことだってあるのだから、これからメモする人もあんまり気負いせずに使っていってほしいところ。

それから、残り数ページが消費できなくなってきたら、次のノートに行ってもいいと思う。終わりに近づいてくると、仕事でもやる気がなくなるのと同様に、ノートも「いざとなったら書ける場所がなくなる!」という無意識的な気持ちも左右されてるので。

自分コメント

  • 初出 2009/11/24

騙すのは誰?

気をつけなければいけないと思っているのは、自分の感情だ。自分の感情というのは、得てして理不尽な状況に陥ると、明らかに自分に利益のあるようにしか解釈をつけるように、騙しこむ。なぜか? そうでなければ、その状況に耐えきれないからだ。

ストックホルム症候群、ドメスティックバイオレンス(以下DV)や共依存症など、端から見て明らかに理不尽な状況に陥る人が、その状況から抜け出せないことは多々ある。その理由が、本人がその状況から抜け出せない、もしくは抜け出せるとは思っていない、もしくは抜け出したいけれども抜け出せずにいるからだ。その場に、なんとも言い難い磁場が生じて大気圏から抜け出せない彗星の如く、その磁場から抜け出せられずにいる。

特に、その抜け出せない状況に作用しているのが、その被害を被っている人の心理面による。洗脳されたかのように、正常な判断ができずにおり、その磁場を保つように動いている。そのような状況下にいる人は特にこの言葉を口に出す――「でもあの人にもいい所があるのよ」と。

今回はそれらの事象の深い面については特に考えず、この3つに共通している、「自分に脅威を与えているはずの加害者に対して、愛情なりなんなりの心情を寄せる」という心理面について焦点を置きたい。このとき、一体何の理由から、そういったプラスの心情を寄せるのかが一番不思議でならないのだ。

で、いろいろ考えた結果、私の結論はこうだ。

「そうでなければ、今の理不尽な状況を被るメリットがないからだ」

人間はメリットのある方に進む。メリットのない方には正直何も続かない。上記でだした状態は、このメリット(例えば一緒にいて楽しいといったような状況)の享受できない状況、もしくは享受できたとしても、受け取るルールが統一しない状況である。だから仮にAの状況があったとしても、時間が変わったらどのように反応するかはわからない、非常に不安定な状態となる。

人によっては敢えてそういう状況を好む人間がいる。このような状況に陥る理由として、大雑把にいえば、こういう不安定な状態が正常な状態だと思っている人間が、理不尽な状況をわざわざ招いている。理由は、不安定な状況が普通だから、である。

しかしながら、他人から見れば非常に正しい状況ではないので、外部からの茶々は入る。それを徹底抗戦するために、「あの人にもいいところがあるのよ」と言う。これが、被害者があえて理不尽な状況にたたずむ正義だ。脅威となる人物にもいいところがある、だから自分がこのような脅威の状況にあるのは悪いことではない。

そして、悪いことに、離れようとした際には、脅威者から謝罪なりなんなりの行動を垣間見せた瞬間、許してしまおうかというような行動に陥る。これが不思議である。あんなにも先ほどには別れるといっておきながら、その数時間後では相手を許そうとしている。ちなみにこんな状況が何度も起こりうる。

外野から見れば特に理不尽だ。自分がそのような状況に陥ったらどうなるかもわからないので、強くは言えない。ただ、端から見て思うのは、明らかに、被害者が自分自身を巧妙に騙しているとしか言いようしがない。脅威者は自分にとって大いにメリットのある人間なのだと、被害者は声を張り上げる。ただ、外部の人間から見てると、脅威者のなけなしのいいところをかき集めて無理やりにでも提示しているようにしか見えない。

多分、気が付きたくないのだ。

自分が今までいろいろしてきた行動が、すべて台無しになるのが。

だから、自分自身を騙そうとする。自分が今陥っている状況が、実はメリットがないとは気づかないように、騙そうとする。それで、数少ないメリットの部分がクローズアップされるのかなーと、思った次第。

まぁだからといって簡単に抜け出せないのは承知の上だ。

自分コメント:

  • 初出:2010/03/15

人生をどうしたいの?の前にGTD

GTDの収集ステップによく挙がる「自分戦略」

GTD勉強会やGTDのオフ会などで、よく話題にのぼることがある。今後の人生計画について、つまり「自分戦略」だった。その自分戦略を組み込みたいという気持ちが、GTDの中の『物』として浮かび上がってくるようであるし、そもそもGTDをしようと思う人には、このことを注目している人が多い。

人生をこれこれどうこうしたいと思っているから、自分戦略・人生計画・人生設計をしようと考えるわけだが、そういう欲望がはっきりしていなくても、そういう設計などをしたいという気持ちに駆られる。そして、Inboxに入ってくる。

自分戦略を考えてるんだがという話がのぼってきたら、私は一様に「今は計画の前の、どういう風にしたいかをはっきりさせる時期だから、いろいろな行動をした方がいい」というようなアドバイスをした。

「自分戦略」をする前にすべきこと

この「自分戦略」は、他にもいろいろ表現の仕方があって、人生計画だとか、人生設計だかある。そして共通して言えるのは、人生をどうするのか、ということを焦点にあてていることであり、人生をどうしたいかには、表現には現れ出ていないことでもある。しかし、一番重要なのは、「人生をどうしたいか」ということがはっきりしているかどうかなのである。

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GTDでスッキリしない理由

GTDでは収集ステップをするとスッキリする! とよく言われる。人によってはスッキリしない場合もある。その理由を大昔に考えてみた。

スッキリしない理由

・そもそも余裕がある

この場合は、精神的な余裕を指し示している。ストレスとリラックスは正反対の関係であり、ストレスが高ければ高い程、リラックスを感じることができる。

・物理的な収集をやっていない

精神的な収集だけでは、スッキリ感というか脱力した感じを得ることができない。精神的な収集で気が晴れた場合は、かなりやばい状態でもある。精神状態にも気をつけよう。

・そもそも鈍感である

あまりに体に疲労が溜まると肩こりになっても感じなくなる。そういう人がGTDをやっても、あまりに感じない状況が続くので、まず体が認識できない。ストレスすぎて、ストレスだと感じることを放棄してしまった。ストレスを放棄すると、同じ認識ジャンルであるリラックスな状態も、もちろん理解がしにくい。リラックスしている、というのもストレスを感じてこそである。

収集ステップは、頭の緊張を解いてリラックスする

頭にデータが保存されている状態は、神経回路に電気信号が持続して流れている状態だ、と認識している。

昔P2Pプロトコルのためのプログラムを作ったことがあって、Broadcastというメッセージの流し方があるが、Broadcastは全ノードに対して全員通達するという、絨毯爆撃のようなメッセージの流し方だ。ノード自体は誰と繋がっているかは知っていて、あるノードからメッセージを受け取ったら、それ以外の繋がっているノードにそのメッセージを送るというやり方である。次に同じ内容のメッセージを受け取ったら、何もしない、という方針を持っている。

オープンループは言わばBroadcastの状態がずーっと続いているような状態だと思っている。上記プロトコルでは、次に同じメッセージが着たら破棄するようにしているが、脳の場合は多分そうではなく、クローズするための情報が流れてくるまで、同じ情報がやってきても流れてしまうのだろう。けれども、脳の神経回路の中には、完了してなくてもメッセージを送らなく調整する神経回路もあるのだろう。それで、短期メモリからは、ある一定の時間を経過すれば、ほとんどの情報をすぐには思い出すことができなくなる。

自分コメント

  • 2009/1
  • 途中で終わってたし。

HBRR:2010/02 24/Y理論は万能ではない

感想

マグレガーの呪いから解放された、ということでFA?

長い間有用だった理論を否定することは難しい、というような感じを受けた。この記事の最初の理論は「Y理論は万能だ」というところから始まる。Y理論は万能だから、どんな組織の状況でもきっと適用できるに違いないと思ってきたのだろう。そのように組織を合わせていけば、自ずと素晴らしい組織になるはずだろうと、コンサルタント達やマネージャ達は考えて、適用するように組織を形成していったんだと思う。

が、それでうまくいく所とうまくいかないところが出てくるようになり、寄る辺だったY理論の万能伝説はもろくも崩れ去った。

しかし、通常考えてもみよう。科学の研究所と、工場とで、どちらもY理論が適用できると、マグレガーは主張しているのだ。Y理論は自律性を重要視してるんだが、傍目八目的に見ていれば、向上でそういった自律性は、むしろ弊害なんじゃないかと思うものだろう。だのに、Y理論はきっとそんな場所でも役に立つ! と何故信じることができたのだろうか?

ここに理論適用の硬直化が垣間見えるだろう。理論もまた、科学の実験と同じように、ある条件下においてのみ効果がある。それが正しく提示できない場合、解釈が肥大化してしまいつつも、全体の肯定度合が強いために、表だって「違います」て言えなくなるんだろうなとかそんなことを思ってしまった。

センス・オブ・コンピタンスとかそういったものが紹介されていた。これは、業務にまつわる能力やスキルを高めるセンスのことを言い、自分が十字している仕事や環境に慣れ親しみ、技能が向上することでもたらされる満足感の積み重ねでできあがるものだ。で、ものすごくわかりにくい言葉なんだけど、会社の仕事で役に立った感のことだと私は理解した。

 

で、この論文の結論は、「各組織によって最適なやり方は違うから毎回考えろ」といったものになるんだと思う。万能なやり方はないことがわかった、という証明というか。で、その次は似た感じの課題の部分があれば、それに近しい形でできるかも! と思ってユースケースの紹介が活発になりつつも、あまりに全部が全部異なるので、ひとつの最適解があるに違いない! と、Y理論がまたもや再登場とか、そんな風にウロボロス的展開をしてもおかしくなさそうなお話だった。上記のようなウロボロス的展開を回避するには、当然のことながら、ユースケースを特化して、その中で数をこなして理論化するのがベターのように思う。

それを実現しているのが、業種特化型のコンサルタントとかなんじゃろかいな。

 

それにしても、このタイトルは、本来の記事の趣旨が現れ出ていない。この記事の素晴らしいところは、X理論だけでは無理なことがわかり、Y理論が台頭し、しかしながらY理論ですらうまくいかなくなり、そしてX理論とY理論を状況によって使いわけるべきだという結論に達した、といった内容をまとめたものである。X理論→Y理論→コンティンジェンシー理論という、ホップ・ステップ・ジャンプといった進化の段階がある。それを踏まえて、英語では「Beyond Theory Y」というタイトルになっているのだろう。とはいっても日本語に直訳すると「Y理論を越えて」になってしまう。それだけだと、意味がさっぱりわからんので、今のタイトルに落ち着いたんかなーと思った。

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