2010年度に書いた記事をまとめてみました。1番の項目が外向的で、番号があがるにつれて内向的になる記事の順番でまとめています。
1.GTD特選
GTDに関連した記事を取り上げてみました。
詳細よりも概要的な内容で取り揃えてみました。アプローチとしては、会社にとっていかに役に立つかを言いたいんですが、なかなか難しいですね。
- 人生をどうしたいの?の前にGTD – 何かを成し遂げんと思っていても、実行が伴わなくてはならないわけで。その実行力を培うためには? というお話。
- GTDのよいところ 約束を押し付けない – 私のGTDの好きなところは、約束する、といった考え方と密接です。「はじめてのGTD」の第三章にそれが入ってるのは秀逸。
- GTD Japan Review(1) 日本でGTDが流行らないのはどうしてか? – 4月の記事。GTDをはやらせるためにうんうん考えて書いた記事一連。#gtdjpのタグができたのもその派生でした。twitterをもうちょっと使えるようにしたいと思ったのもこの時期からです。
- GTDの持つ社員教育への将来性 – 日本の会社の上位層もしくは経営層にGTDを興味を持ってほしい!と思って書いた記事。
- 忙しさのレベルとGTD – GTDが仕事の最初から必要となるわけではなくて、徐々に仕事を変遷していくと、行き着く先にGTDがあるという話。時間管理とGTDとが甲乙があるわけではなく、時間管理もある状況について最適化された管理手法を言いたかったはずなんだけど、とりあえず状況によって適した管理手法が異なってくるもんだよ、というのをお伝えしたかったです。
2.イベント御礼
2010年何もやってないー!と思ってみましたが、結構やってました。
- 「(前略)つまみぐい勉強法」の書評をいただきました。おなかいっぱい。 – 「つまみぐい勉強法」を刊行しました。
- フィード読者数10000人突破しました。ありがとうございます! 私とGTD、そして人生について – いつの間にかフィード読者数が1万人突破しました。ありがとうございます!
- 岡山オープンラボで勉強本の紹介をしてきました!&名古屋でGTD勉強会を開催してきました! 感謝御礼 – オープンラボでお話してきました。名古屋でも出張勉強会をしてきました。
- GTD勉強会@Ustream 最大27名の方に参加いただきました!どうもありがとうございました! #gtdjp – Ustreamもやっちゃいました!
3.主義主張等
声高に外部に向けて話したと思われる記事です。
- 或る日記――阿久悠の場合 – 阿久悠カッケー!というのを前面にいいたかった記事。
- 絶望の記憶と世界の始まり – 友人への叱咤激励の記事。
- Somedayリストの中に、「私の人生をプレイフルにするリスト」を作りました。 – 私のテーマでプレイフルが決まった記事。
- 意思決定プロセスが利用するシステムを変える~EvernoteからDiigoへ~ – Diigoへ、といいつつ今もEvernoteを併用しています。
- だいたい分かるエマジェネティックス – エマジェネティックスをなんとか伝えたくてかいた記事。
4.思考の変遷
心に思ったつれづれなど。
- 仕事や私事に追い詰められて陥る、硬直した状態について – ドツボに落ちいた時の記録記事。あの時はひどかった。
- 心のゲージ – プレイフル。
- 私は私にとって「信頼できるシステム」ではなかった。 – 大きな発見。
- 「自分の好きにするのは難しい」 – それでも自分の好きにするのを選ぶ理由。
- 信頼、確率の問題、とある詐欺の話 – 信頼つっても結局のところは比率の問題じゃなかろうか。
- 観察者であろう – 酸いも楽しむための方法。
- リスクを取る理由 – 信頼できるシステムを拡大するためのアプローチ。
5.感覚の機微
上記の「思考の変遷」よりもさらに粒度が小さいひっかかること。
- 後味の問題 – 極上のものたちへの考察その1。
- 認識の変化をキャプチャーする – 私がキャプチャしたいのは行動じゃないよな、というのを思い出したときの記事。
- 時間感覚を左右する要素を考える via 脳が加速するとき:「恐怖の時」はなぜ遅い? | WIRED VISION – 時間の認識について。時間が早くなったり遅くなったり感じるのは未だ自分的な言葉が見つかっていません。
- 極上たるもの、あまりに自然に存在していて、するりと日常に紛れ込む – 極上のものたちへの考察その2。
- 経験の一範囲 – エマジェネティックスから派生。経験が活用できる応用範囲は、実際は結構小さいんじゃないか、と振り返る記事。
- 知る前と知った後、その瞬間の衝撃と熱量、シュレーディンガーの猫という可能性の際 – 選択というか、決めるという行為の不可解さについて。この不可解さのことを、個人的にシュレーディンガーの猫と呼んでます。