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2009/06/27 第15回GTD勉強会を開催します

6月は「引き続き、基本に戻って詳細だ!」が、テーマです。

勉強会詳細

日時:2009/6/27(土)
場所:東京・銀座
時間:15:00-18:00(3時間)
定員: 16名
参加費用:場所代+ドリンク代です。人が集まると安くなります。

6月も半ばを過ぎました。最近の活動はいかがですか? 5月は基礎について勉強会を行いましたが、実践してみていまいち分かりにくいなと思った人がいるかもしれません。6月も基礎について行いますが、全体の概要は理解した上で、詳細の部分について触れていきたいと思います。

今回のGTD勉強会は初心者向け~中級者向けの実践の補足紹介を行います。5つのステップとリストはわかったけれども、処理ステップがー、といった所や、そもそもここってどうなの?! といった質問部分を消化できればなと思います。

勉強会の進め方

勉強会の進め方としては、一通り自己紹介→説明→ワーワー→説明→(以下略)→感想を言い合う、というような流れを想定してます。

勉強会前の宿題

特にないです。

勉強会にもってくるとよいもの

特にないです。

 

尚、勉強会後に懇親会という名の飲み会を行っています。都合が合わなくてこっちだけでも参加してみたい、という方でもOKです。

ではでは、よろしくお願いします。

懐かしむる感覚

そういえば、自分には「懐かしむる感覚」というのは、皆無に近いなとハタと気がついた。

懐かしいという感覚に至るには、二つの要素が必要のように思う。

  • 昔のことを思い出せること
  • それについて自分がどう思っているかの感想があること

上は最悪よしにしても、下の項目についてはついぞ確信がない。感情の壷というか坩堝というか、そういうのが全く何も発露されてない感がある。

経験と感情がどうにも隔離しているような気がする。ノートを取る時に、それを思い出すためのツールとなりて、などとそれを前もって用意しながらノートを書くといったようなことをウェブで見かけたのだが、私がそれをして見直したとしても、全く感懐がなかったのだ。昔の日記を思い出しても、あの頃は若かったなー、と思うことはあっても、その当時の気持ちを再現することはかなり難しい。

思い出とは。

思い出は、記憶の中にそれを思い出すことで、その時の記憶がまざまざと再現できることがある。その時に感じた憤りや悲しみや怒り等の感情すら、その形のままで再現し、同じ時間を再度繰り返す。最近読んだ本「なぜ年をとると時間が早く過ぎ去るのか」みたいなタイトルの本で、そんなことが書かれていた。

残念ながら、このような再現能力は私には皆無に等しい。

それについて特段問題にはしなかったし、それが随分人と異なるとも思っていたのだが、実際のところどうなんだろう? 正直なところ、私は敢えてそういう部分を放棄してきたきらいがある。自分自身に発露する前に、かってに受け取って勝手に振り回される感がある。だから敢えて外部で発露している感情やそういったものを受け取らないようにしてきたもかもしれないし、そもそもそういう風だったのかもしれない。

そういう経路があるにしても、まぁとりあえず再現能力はやっぱりないし、手帳で思い出して懐かしいなと思うこともやっぱりない。

 

それは随分悲しいことじゃない?

と思うのだろうか?

 

私はこれを悲しいことが思ったことがないし、確かに困ることは派生していくつかあるかもしれない。けれども、現実にはあまりに処理すべきことが多すぎて、過去を振り返る時間など取るに足りない結果だし、実行してきたことについてそれを楽しむには、私には楽しみが少ない。

まーしょうがないよね。楽にする作業のその時間が一番好きなんだから、終わって動くことがないものに興味が全くないってのは。過去を懐かしむことはないけれども、過去を蔑ろにしているわけではない。

ただ、感情とともに思い出さないだけだ。

伝えるべきは、テクニックではなく、心持

最近の本を見かけて、「~力」という言葉が多くなって、面倒くさいなーと思った。

「~力」の本→やっぱテクニック本は売れるねぇ→でも全部きっちり使えるわけじゃないんだよね→ユースケース集みたいなもんだから、やっぱり全部覚えなきゃいけないのか→めんどくさいなー、と思った次第。

 

最近のGTD勉強会で、話すのに重点を置いているのは、ポイントとなるべき考え方やGTDの心持を伝えることだ。正直テクニックは、伝える手段はどうとでもなる。しかし、心持だけはなかなか伝えにくい。

会社で教育研修に絡むようになって、それは痛烈に思う。会社という組織の中であっても、何かの仕組みが会社の中で存在を認められ尚且つ有効活用されるのは難しい。社員の中で名前が生きて、その中で情報が伝達されるようになるまでは、その仕組みは存在しても生きてはいない。遊びに来る人のいない遊園地みたいなものだ。

 

 

しかし、自分がそう思うとは思いもしなかった。あんまり心持といったものには信用を置いてなかったからだ。なんというかそれは伝わらぬものではないのか、という気持ちだからだ。だから、GTDを伝えたい、とは思っていても、GTDの考え方を伝えたい、とは正確には思っていなかったというのが実情である。

いずれにしても、芯など伝わるでなし、という考え方が私の中で蔓延している。

 

しかしかし、恒久的に相手に考え方を保持させ続けていくためには、やはり心持なくして効果のあるものなどなかった。結局のところ、テクニックなどは、その心持を実現するものではあるが、そこから心持に辿るためには、複数のテクニックを要する。心持→テクニックの展開は可能であるが、テクニック→心持の展開は、はるかに難しい。

正直心持なんて嫌いなはずだった。しかし、合理的にシステムやその成り立ちを説明するには、心持を説明するのが一番てっとりばやいのだ。心持さえ理解しておけば、そこからシステムを組み立てたり分解することも可能なんである。テクニックは、この心持を満足できさえすれば、何でもいい。テクニックが還るための拠り所が、心の中にできれば、考え方もやり方もなんとはなしに統合され、必要以上のエネルギーが必要ではなくなる。

 

GTDだってそうである。5つのステップ6つのリストは、あれすれも、GTDはフレームワークを持たない人に対して、仮に提供したものであって、これらをすべて満たす必要はないこともある。忙しくなければ、整理ステップは格段に縮小されてしまうこともある。GTDがツールを問わないのは、自分が満足できないツールはツールとして全く意味がないことを指し示す。

GTDの理論で恐ろしく十分のみを満たしていると思うのはこういう時である。実装を実践者に委ねている所である。

私は道具にえり好みが激しいので、手帳とかでも、フォーマット自体が合わないと年を通して使えない。いや、そもそも年を通して真面目に使いこなしたことなどほとんどないのである。それらは存分に細かいことであるが、24時間表記なのかそうでないのか、バーチカルなのか、カラフルすぎでないのか、月曜始まりか日曜はじまりか、等々気にすることはかなりある。だから、今回はこの柄がかわいいからえーい♪、などという選び方なのではなく、自分に合った手帳を選ばんと、目を血走ってコーナーにある手帳サンプルのほとんどに目を通す。

――私の、血走った手帳の話をしたかったわけではなく、形が決まっていたら、上記のように自分が合うものに出会うまで大変な道のりになることを言いたかったのだ。

 

自コメント

  • トピックはばらばらな状態。

時間を捉えるということ

 

例:今ここで僕がやっていることの進捗管理記入例

  • 8:51~8:57 目標:時間管理表記入

進捗:表記入中(今ここ)

  • 8:57~9:03 目標:最後のパラグラフまで記入、見直し

進捗:(空白)

(中略)

こうして、本などで紹介されているものよりも、短いスパンでの時間管理を積み重ねると、最終的には週間や月間、ひいては半期や年間の目標もうまく考えていけるようになりました。最初は面倒ですが、ここを突破すると、うまく目標管理ができるようになったと思います。

時間管理例紹介 – FDmountwill_millsの日記

 

私もこのやり方が、いいと思う。

 

記録することから予測することへの展開パターン

  1. 日々の記録(上記のようなパターン)

  2. その日のまとめ

  3. その日にやること計画

  4. その週のまとめ

  5. その週にやること計画

  6. プロジェクトのまとめ

 

記録したり・計画したりすることの、現在を基点から見た時間的範囲は下記のように広がるんではなかろうかと思う。なんか、poicでこんな図を見た記憶がなくもないのだが。。

image

特にこの視点の変遷が見てとれたのが、体育教師の先生が陸上部の部員に毎日日誌を書かせて全国優勝に導いた人の、その日誌の取らせ方。

 

ポイントとなるのは、過去となるものを記録することから始まること。

行動付帯条件

この場所だったらこの作業ができる、というのは、いつの間にか決まっているように思われる。

  • 電車 ― 落書き・文章を書く・本を読む・寝る
  • 家 ― くつろぐ・ご飯を食べる・ネットする・ぼんやりする・寝る
  • 会社 ― 仕事する・ネットする・文章を書く・仮眠する
  • 歩く ― 妄想する・瞑想する・ぼんやりする
  • 待つ ― 本を読む・ぼんやりする・文章を書く・落書きする・寝る

どうしよう。。家のモードが全くぼんやりモードというかインプット型の項目しか存在しない。すかさず寝ようとしてる件については無視の方向で。

 

それにしても勉強するところのタイミングが全くない。というか、主要な考え方をするのが電車時間というのは、高校と大学時代の習慣というか弊害に依るものだろう。というのも、高校は片道1時間半、大学は片道2時間の通学生活だったので、まぁそれはしょうがない。

家でのモードは全くといって、インプットタイプもしくはぼんやりタイプである。確かに、家でのどの場所でも、積極的に勉強したいというようなスペースがない。茂木健一郎大先生は、その気になればそこが勉強部屋さ!とおっしゃるが、それはやる気と行動がすぐに結びつく輩の場合であって、私はうまく行かない。

第14回GTD勉強会ログ ~基本に戻って概要だ!~

今回のテーマは「基本に戻って概要だ!」でした。

今回の勉強会は、初心者向けだったので、最近はじめた人が多かったです。とはいっても、おおよその概要は皆さんご存知だったので、今回は実践でつまづきやすい部分のフォローに焦点を絞りつつ概要を紹介しました。フォローに関しては主に下記の2点+補足1点です。

  • GTDは、どちらかというと数に焦点がおかれている
  • 実行する時はやる気をあてにするな
  • 社会人1~2年目は別のことを考えよう

 

GTDは、どちらかというと数に焦点がおかれている

GTDだけではないと思うのですが、タスク管理ツールは最初の使い勝手のよい時期から、途中からタスクが消化できない状態になります。その理由はいくつかあります。GTDの場合は、状況が合わないということが理由に挙げられます。それで、上記の見出しのことを説明しました。

GTDはどちらかというと、いっぱい持ちすぎる仕事をどう切り盛りするかがメインです。いっぱいの場合はよく働くのですが、これが少なくなると動かなくなります。その結果、次のような状態になります。

GTDは、忙しい時は上手く働きやすいが、忙しくないと上手く働かないことがある

忙しい時は、時間が少ないことも手伝って、思った以上に仕事に手をつけられます。しかし、忙しくないとそうではなくなってしまい、手をつけられない場合があります。もちろん、タスクが難しすぎて手が出しづらいということもありますが。

ひとまずは、GTDがうまくいかない場合もある、というのを理解してもらえればと思って、こういった話をしました。

 

実行する時はやる気をあてにするな

じゃあ、GTDが動かずに実行できなくなった場合はどうするのか? もうぶっちゃけこれは「実行する」しかないんですよね(笑)。 で、健やかな時も忙しい時もGTDをやってきて思ったことの私の結論としては、以下の通り。

やる気があるのと実行できるのとは、別問題。

ぶっちゃけ、やる気があるなしに、仕事が実行できるかどうかは関係あるようで関係ないです。特にそう思ったのは、仕事がヒマになった時。とにかくやる気が出ない。やる気がでないから、ちょっと他のことをやってやる気が出るのを待つかー、て思ったりするわけですよ。で、実際別のことしたりするんですよ。しかし、やる気でねー! で、考えました。

そもそも、やる気をあてにするから駄目なんであって、やる気がなくても実行しなきゃいけないものは実行しなきゃいけないんだ、と。ただ、やる気がある状態で実行できると、とても気持ちがいいんですね。それは理解できます。でもやる気を引き出すには、いろいろ大変です。ライフハックになるぐらいですし。ちなみに、私はそんなライフハックを実行するのが面倒くさい派。これじゃどうしようもありませんね。

で、ハタと気づいたのがネクストアクション。ネクストアクションは実行しやすいように、次に実行する最初の第1歩を書いています。これってよくよく考えたら、自転車に乗るための、サドルにまたがるためのようなもんなのかなーと。でも、サドルにまたがるのにやる気もへったくれもありませんよね。

つまり、GTDのネクストアクションも、うわ、これはしにくい! と思ってやるようなものは書かずにどれでも手をつけられそうな、結構曖昧な文章をネクストアクションにもってくるのもアリかもしれないってことです。以前、アクションの下に手順という概念を紹介しましたが、ここで説明しているのは、ちょうどこの手順となる第1歩を用意することです。

実際にはどんなのか? たとえば関係資料のショートカットを押すことだったり、URLを開くことだったり。これぐらいだったらまぁ実行してやらなくもない、程度のものです。

まーそんなんで、やる気が出るまで待ったりするのに時間を浪費する以外の方法として、とっとと実行するのもいいんじゃないかなと思います。とはいっても、それができたら、私もこんなにブログを書くのが遅くなってないので、あんまり説得力はありませんね。…… 。

とととりあえず、GTDはやる気を管理してくれません、怠惰も解決してくれません、ってことで、GTDにも限界があるのも理解してもらえればなー、といったことだったり、やる気をあてにせずに実行できるものが用意されているのが、ネクストアクションの意義の一つでもあるかもよ、といったことだったりが、この項目の主旨でした。

社会人1~2年目は仕事の枠を考えよう

で、最後に社会人1~2年目の人の仕事管理について。実は今回は嬉しいことがあって、同じ会社の人が参加してくれました! その人が社会人1~2年目ということもあって、今回補足として追加します。

GTDは正直言って、仕事もこなせられるようになって、自分から仕事を作ったり他の人から仕事を作られたりして、複数仕事を抱えてしまって激しく困った人の最適解です。だから、社会人になって1~2年目で、そんなに忙しくないならば、GTDしなくてもいいんじゃないかな、と思うかもしれませんし、勉強会でもそのようなコメントがありました。個人的には、確かに、と思う反面、そうかな? と思ったりもします。

そうかな? と思ったのは、仕事が忙しくなったと気づくのが難しいからです。仕事が忙しくなるのは徐々にであって、正直忙しくなった、と思った時には大概手遅れなことが多いです。少なくとも私はそうでした。しかも、結構簡単なことから複雑になってくんですね。最初はミーティングがいろいろ追加されたり、それから他の人とのやり取りが増えたり。こんな単純なことで、一気に混沌を迎えます。いつそうなっても大丈夫なように、今からGTDを習慣づけておくのはいいかな、と思い、「そうかな?」と思ったワケです。

一方、確かに、とうなずいた部分は、その仕事の部分の枠つくりが曖昧なんじゃないかな、と思ったからです。GTDのプロジェクトでは、一般に指し示されるプロジェクトと同様、スタートとエンドをきっちり作ることが大切です。社会人1~2年生では、このプロジェクトは上司だったりリーダーだったりから、渡されるものです。そして2年目以降から徐々に自分で定義して、行動できるようにしていく必要があります。

その枠がうまく作れてないのなら、GTDをするのもなー、というのがあって、それで「確かに」という感想に繋がってます。勉強会中ではやっといた方がいい、とは言いましたが、今の気持ちは、GTDよりもその枠作りを気をつけるべきかなぁ

「ADDの傾向なかったよー」「え゛っっ?!」

自分が普通だ、と思っていたことが実は違うのだと知るのは、随分衝撃的だ。

私は最近このような経験を2度している。一つはエマジェネティックス研修で、そしてここ最近のもう一つは、ADDチェックである。

ADDについては、ついぞ誰にもそういう傾向はあるだろうと思っていた。で、チェックをしたところ、私自身に不注意型ADDの傾向がある、と出ても、大体そういう判定はつくものだろうと思っていた――その時の心象を正確に表すならば、たかを括っていた。しかし実際はそうではない。

友人が同じチェックを行ったところ、どの傾向も0であり、何らの傾向を示さなかった。この時、タイトルのような反応を私は示したが、それ以上に内の驚きといったらない。それから更にしばらくした後、自分はADDの傾向があるんじゃないのか、と、心の何かがドーンと落ちた。

 

心の何かがドーンと落ちた、は恐らくアハ体験のマイナスのパターンのように思う。自分にADDの傾向はあるだろうというのは、薄々感じていた。そういう傾向は認めていたものの、今まで成人になるまで多少なりとも問題はあっても生活はできてきたのだから、取り立てて問題としていなかった。入社式に社長を目の前にしながら居眠りをぶっこいたとしてもである。

それが、友人の質問の結果が何の傾向も表さなかったことで、この質問で傾向が出ることは、本当にその傾向があるのでは、と真面目に認識したのである。結局のところ、私はそれなりの気持ちで判定の質問に答えていた割に、全く信用していなかったのである。この事実は非常におもぐるしい。私自身は信用していたのにも関わらず、実際の所は全く信用していなかったのだから。ああああ……。

心の何かがドーンと落ちたことで、ようやく事実と認識が結びついたのである。ちなみに、この現象は経験と認識がつながったことによるエネルギー遷移だと、私は勝手に思っている。あんまりうれしくない。とはいえ、これがあったことで、私はようやくADDという内容に、向き合うスタート地点についたように思う。

 

しかし私は少し悩んでいる。ほとんど80%がた、どうするかは決まっているのだが、どうやら私の中に、反対勢力がまだいるようだ。コンセプトの強い私は、面白そうじゃーん真面目に判定受けにいこーぜ! と声高らかに言ってるのだが、その反面一部の勢力が「ちょっと待ってよプレイバック! そんな重要なことを面白そうで受けに行けるか!」と反抗している。明らかに分析型&柔軟性の「私」だ。こやつらの徹底抗戦は激しいもので、「私」たちの大半は何度も意見を覆されることがしばしばある。

反対勢力の意見はこう。

  • 受診した所でメリットがない
  • 会社に対する考慮はされるわけがなく、それは今まで生活できてきたことからしても、今後表明したところで全くの効果がない
  • 受けたとしても、具体的な弱点部分がでなければ、どの現象が作用しているのかを特定できない

この反論に対する反論はこう。分析型&コンセプト型ががんばっている模様。

  • ADDかそうでないかが判明することでメリットがある。今後どっちかどうだかで悩む必要がない
  • 体の性質がそんなだから何か考慮してほしいとは思ってないし、それを気にする理由がわからない。だいたいそれを表明するのも、なんか野暮ったいのでやりたくないし。
  • まだ検査については調査中だから、具体的な弱点部分がわからない、とは言い切れない。
  • 仮にADDだとすると、いくつかの不可解な行動がADDで説明できるかもしれない
  • やってもいないのに、文句を言うのはどうか
  • とにかくやらせろ

多分する方向で。特に緊急の内容でもないので、いつ実行するかは未確定。

 

しっかし、GTDTimesを読んで再考するとはなー。

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