Yearly Archives: 2009

歩くことの効果

歩くと思索しやすいのはよく言われている効果だ。私もそれについては非常に同意する。

実は、電車についても同じ効果を持ちやすかったりする。これは、私は高校・大学と通学が長かったからそうなりやすくなったもしれないが、とにかく電車に座ったらできそうなことは何でもしていた。

読書・勉強・学校の課題・寝る・などなど。

今ではpomeraを用いて書くようにしている。

歩くことによる効果はなんだろう。家に帰るとなかなかどうにもなにもできなくなる。考えることもあまりうまく回らない。

行動の制限1

歩いている間は、できることが減る。音楽を聞いたり、話したり、何か考えたり、などができる。このうち、話したりするには相手が必要で、音楽を聞くにはiPodなどの携帯機器が必要になる。相手もおらず、機器も持ってないなら、残る作業は考えるだけだ。

つまり、思考が手持ちぶさたになり、自然と行動が「考える」ということに集まってくる。

行動の制限1ー2

歩くことによって、注意量が分散される。私たちは通常、行動と思索に対してどちらも注意を払っている。一方に偏らせることは、生命上危険な行為である。なので、身体的な機能では、極端に偏った注意を払うことを避けようとする、と私は思っている。

歩くことは、極端に偏らないにしても、ある一定量の注意を行動に払うようにし向けられる。また、その行動自体は、意識的に注意する作業でもない。行動に対する注意量は飽和され、あとの注意量は、ほかの作業に割り当てられる。

自分コメント

  • 時間切れ。

考え方の基本となるいくつかのルール

私の場合、自分なりのルールはいつの間にか作られていることが多い。ルールは考え方の基本というか、ものさしというか、そんな感じで用いているものだ。残念ながら、用途や目的すら、言葉にままならない。

このルールだけれども、毎度明らかにしようと思うのだけれども、まとまりが悪くて言葉にまで落ちてこないが、ひとまずまとめられるものからまとめていこうと思う。

そのうち、今回は具体と抽象のルールについて。

(1)具体から抽象への昇華は可能であるが、その逆は厳密的には不可能である
(2)具体と抽象は別々に培うことが可能である
(3)別々の具体と抽象がつながることができる
(4)具体に含まれる要素はほとんど全てが当てはまる。人が変わった、環境が変わった等変わったことが一つあれば、具体は変わる

私が理解した順番も、実際の論理展開も上記の順番通りである。これが理解できると何が便利か? ありのままに受けられるように気持ちが拡張されることで、変な抵抗感が少なくなる。また、人はオンリーワンである、ということが(変ではあるものの)理論的に導き出せる。

また、上記のルールについても、上記を適用して納得が生まれるものである。具体のない抽象は、ただの机上の空論である。

最近の実装

 

仕事の状況について。
複数のプロジェクトが同時並行で進行しているものの、ひどく忙しいというわけではない。電話・人による途中イベントは1日に1~2件程度で、自分で都合がほとんど取れるという状態。

文庫本ノートを使っていた時期もあったが、その後やっぱり全然見ないことに耐え切れずに、やめた。B5のリングノートは続行中。サイズがある程度あると、見なくてもやった感というかまとまった感があるらしく、特にこれをやめてしまおうという気にはならないようだ。

poicでも、カードに書く前に野帳に書いているというから、その延長線で文庫本ノートを導入した経緯がある。しかし、よっぽど忙しい時期でない限りにはそんなに毎度毎度書くような状況には陥らないということが確認されただけに終わった。人間必要な分しか動作は発揮されないもんなんですね。

で、文庫本ノートはひとまず3冊目までは突入できたものの、3冊目の途中で事切れてしまった。

最近、といっても3日試した程度の淡い感じなんだけど、最近は上記のメモを使っている。これは、前の勉強会で細長いRHODIAをDoingリストに使っているというコメントがあって、ほんなら私も! と思ってた時に見つけたものだ。この紙に上から順に、これから行う作業を、GTDのうちアクションレベルで書いていく。いまいち流そうなアクションの場合は、更に別の1枚を用意して、そのアクションの中の手順レベルを書いていく。それが終わったら、最初の紙に戻るという按配。

時間については、タイマーを使用する。時間の予測は立てない。これはもちろん、時間を立てなきゃ危険ではないという条件付だ。むしろ家で外出する前の方が逆算を考える率が高い。なぜだ。で、予測は立てないかわりに、12分1コマでタイマーをかける。これも確かLifehacking.jpで紹介されてた48分やって12分休むとかそういうのの変則利用だ。これは、私が作業をし始めると、うっかり他のことを忘れがちになるということからはじめたものだ。タイムアタック方式で一番私がつらいのは、そもそも時間を計測していること自体を忘れるということだ。それに、この作業をこの時間までに終わらせよう、というのがどうにも初めての作業では発動しない、というのもこういう形式になった理由の一つである。第1回目の作業は、通常にかかる時間が明確にするための試験期間であって、タイムアタックに最適な時間が設定されているわけでもない。つまり、予測されている時間がそもそも現実に即していないということにたぶん私は納得いかない、のかもしれない。

 

ここから別の話。

ノートという形状は、結合度が強い。モレスキンにしてもそうだ。

例えば、Lifehacking.jpの堀さんなんかだと、これはというイベントの時に書くのだそうだが、振り返ってみた所、自分はあまりそういう感慨はないので、これは素晴らしい体験だ!という気分に書くこと自体を区別するのが難しいような気がした。モレスキンを使う様は格好いいし、オレンジのモレスキンもまだ大事にしまっているので、なんとか使いたいところ。もうちょっと気軽に使えないものなのかな。

話を戻して文庫本ノートだ。結局のところ、リングノートならまだしも、文庫本ノートしかもこの小ささで見直すことは皆無である。忘れるためだけに書かれているのであって、トイレットペーパーみたいなものなのかと考えればある意味納得もするんだけれども、納得いかないこともある。

そもそも小さいあのメモ帳って何だ? というか、私は小さいメモ帳を使いこなせたためしがなかった。最適な使い道がわからなくて、いつも死蔵品になることが多い。

自分コメント

  • とりあえず出しただけなのでまとまりがない。

あなたが伝えたいことが、誰かに伝わるまで

  • あなたが伝えたいこと
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換すること
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換することを文章にすること
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換することを文章にすることを流布すること
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換することを文章にすることを流布することを誰かに届くこと
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換することを文章にすることを流布することを誰かに届くことの後その人に読まれること
  • あなたが伝えたいことを言葉に変換することを文章にすることを流布することを誰かに届くことの後その人に読まれることの後その人に理解されること

ことごとく広がり続ける世界

自分が何のためにこれをしているのか、というのは正直わからない。

そうだ、このために私は今までやってきたんだ!とその時確信しても数年後にはそれが続くことは少ない。ここだと思って到達したゴールは、到達した瞬間、ゴールからただの道になる。そこからは新たな世界が新たに始まる。ゴールはもはやゴールではなく、ただの通過点になる。

そんなことを何度も繰り返しながら、世界はずっと広がり続けていく。何度もゴールを上書きする。そして新たな一歩を踏み出す。いつも新しい一歩を。

自分コメント

まぁ見つからないんだよこれが。

300人突破記念★オフ会&横浜中華街で中華を楽しむ会

日時:07月25日(土) 19:00~
場所:横浜中華街
会費:5000円程度
定員:15名ぐらい
mixiURL:http://mixi.jp/view_event.pl?id=44423240&comm_id=3013597

いつの間にか、コミュニティが300名を突破しており、四捨五入すると400名にも
なってまいりました。どうもどうもありがとうございます!

コミュニティをはじめて1年半。体力がさほどないので、あんまり大きく動きはできませんが
東京以外にも何かまきこんでできたらいいなと思っています。

さて、オフ会です。
100名突破記念ごとに、オフ会をしようと決めていたのですが、なかなか実施することができずにいました。そろそろきりよく実施しましょうということで、7月はオフ会になりました。

場所が一向に決まりません

なんですが、横浜中華街で中華を食べること以外に、店が決まってません。
先週の月曜日あたりから探さなきゃと動き始めたのですが一行に決まってません。。
別に食べればどこにでも決まるわけなんですが、せっかくおいしいところに
食べに行きたいしとかなんとか言っているうちに、一週間ぐらい過ぎてしまいました。
なので、ひとまずイベントだけ登録しておいて、その間に誰かがおいしいところを
教えてもらえば! という他力本願丸出しな状態でもうしわけないのですが
よろしくござい。

・飲み放題込みで5000円前後
・横浜中華街で中華料理

というのでいいとこがあれば教えてください。14日火曜日に決めようと思います。

どんな人がくるの? どんな話をするの?

勉強会ではこれまで3回飲み会を実施していますが。GTD以外には、フォトリーディングやフォーカスリーディング、マインドマップなどの話題がよく出ます。もちろんGTDも話題に出ます。ツールの話などは勉強会の飲み会でもよく出ます。そういった部分でディープな話もできると思います。

新しい他のツールを知りたいという人にもよい機会と思います。ウェブサービスのミーハー好きもよく見かけます。私も試しミーハーです。

GTDをしている方も、興味がある人も、単に横浜中華街で飯を食べたい人も、大歓迎です。友人を巻き込んでのご参加も、勿論OKです。 お気軽にご参加ください。これを機会に、他の人と仲良くなるきっかけになればと思います。

mixiなどのコミュニティでは、活発には動かないことが少なくありません。せっかく活動するのだったら、GTD勉強会は、活動するコミュニティにすることを目標として、活動してまいりました。もちろん、そこにはGTDについて勉強することを活発にしたいという目的があるわけなのですが。その活動の甲斐あってか、着々とコミュニティの人数も大きくなってきました。とても嬉しいです。そういった、コミュニティの醍醐味を、オフ会という形で味わってもらえると、いいなと思います。

ぜひ、ご参加をお待ちしています。
よろしくお願いします。

時間との付き合い方

時間計測の話になると、私の場合、Personal Software Processから始まる。最初に入った会社ではこのやり方で入社前研修を行った。その時に、正確に時間を計測をすることは難しいのだと至った。弊害もあった。私の計測のチャンクはこれで固定化されてしまい、10分とか15分とかざっくりとした時間スパンでの予実管理ができなくなってしまった。

計測するにはある条件が必須となる。その作業が連続的に行われる状態であること。これがなくなると、私の中では計測したとは言い切れない。このことから、私の中では計測というものは、陸上の時間計測並みの状態を保持するべし、と意識が働いていることがわかる。

しかし、プロジェクトに携わるとそうもいかない。活発なプロジェクトだと、他の人に話を持ち掛けられたり、電話がかかってきたり、連続的な作業時間を確保することが難しくなる。なので、私が求める潜水のタイムトラッキングのようなことは、できなくなる。

 

意識は集中し、拡散する。私はこの流れを意識的に制御したいとは思わないし、制御できるとも思っていない。残念ながら私の意識というものは、時間に関してあまりよい印象を持っていない。何をどうよろしく思っていないのかはちょっとまだ解析していないがまぁとにかくそうなんである。

とにかく、私の意識には、きちっとだとか、みっしりだとかが、どうにも背中に怖気が立つほど苦手らしく、それは時間管理にも言える。切り替えには多少の時間が必要だ。浮遊する時間の中でゆらゆら動きつつ進められるなら、これよりうれしいことはない。

 

そんなんだから、一般的な時間管理というものが合わなかったんだろうと今にして思うわけだ。ならGTDはどうなの? というと、あんまり時間については細かく言わないところがすきだった。スケジュール、というか結局のところ、他の人と約束する内容を最優先すれば、あとは適当にやっても文句ないでしょ、というあの、しめるところはしめて緩めるところは緩めてもいい、手加減が好きだ。

 

私が予実をしなくなったのは、実績を取ったからといって、限界的な時間があることがわかったからだ。結局作業をするということには変わりはなく、その作業がなくならなければ、時間は極端に減ることはない。最適化する作業は私の場合自動的に行われるので、多分他の人よりかは限界値に近い状態にいるのだろうと思う。

 

自分コメント

  • 取り留めなくだらだらと時間関連について
  • あんまりまとまってない。
  • via 時間計測ツールの記事
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