Posted by nomico on 2009/10/07
私は過去を懐かしいと感じることは割と少ない。それと合わせて反対の状況、つまりマイナスの状態であってもそれは同じだ。私はつらい過去を引きずることは割と少ない。もちろん、「割と」であって、ないことはないのだけれども。
このことを考えているうちに、過去を思い出すとそれに合わせて感情が付随することについて考えた。上記のそれらは、全くもってそのような状況だ。
嫌いな人のことを考えると嫌だった経験も思い出すにつれて、気持ちが荒ぐことはよくあることだ。それは、出来事とともに、感情すらも合わせて頭の中で想起されるからだ。感情が記憶とともに癒着している。
瞑想は、情報の想起と感情の想起から離れることを目指しているように思う。「思い出してもそれに気を取られるな」といったような作法あたりからそう思う。
ところで、書き出すことでこの事実と感情の分離が可能になる。事実+感情=実体験というものが、文字というハコを与えられると、そのハコは私自身からは分離され、事実だけがハコに遷移する、ように思う。それゆえ、事実を確認するのと、感情を思い出すのとが、別々に実行できるようになる。
頭の中に流れるもやもやは、行き先を失った電気信号だと思う。彼らは拠るべき所がなく、力の限りに自分自身を保とうと躍起になる。つまり、頭の中に流れ続けるということで。このような行動の原理は、ただ一つ、慣性の法則から見れば至極当然のことだろう。
ならば、流れ続けるもやもやを頭から取り去るにはどうしたらいいのか? 文字という新しいハコに遷移させることで、可能になる。拠るべき所を見つかり、それ自身はこれ以上自分自身を保必要がないと悟り、自らの意志で消えゆく。
それができなくば、頭全体に逆らいがたい流れをもってして、制するという方法もある。ゲームだったり遊びだったり、目的と作業がはっきりしたものにとりつくことで、つかの間の楽園が頭の中で再生される。
頭の中のことを書き出すとよい、というのは私の中では自明になりつつあるが、未だ理由は納得するような、しないような、である。ただ、情報が頭の中にブロードキャストされた状態だと考えると、まだ納得はそれなりにできる。
書き出すことは、ワーキングメモリが広がる、というたとえ話を聞くけれども、納得できるようで納得できないところがある。なぜ、書き出すこと自体がワーキングメモリから情報を消去するのを促すことができるのか、自体について、それは語らない。書き出すという作業が寄与するのか、それとも書き出す作業によって出力された成果物が寄与するのかは、まだわからない。
自分コメント
- 流れ着くままにもやもやと。
- 主題から随分離れてしまった。
Posted by nomico on 2009/10/02
今回のテーマは「GTDつまづきポイント共有会」でした。
勉強会まとめ
今回はテーマのとおり、GTDつまづきポイントの共有を行いました。
- タスクのチャンクが大きくなってうまくいかない
- 家のことがこなせない
- レビューがいまいちだ
- パソコンとノートで実装しているがうまくいかなくなっている
- やり残した仕事を次の朝にやって、その後の仕事は崩壊気味
- GTD飽きたというか、ブログの更新ができなくなった
ラストのGTDに飽きたというかブログの更新ができなくなったというのは私の問題点です。これに関しては、すでにGTDの問題ですらないような気がしなくもありませんね。。
レビューがいまいちなのはどうしてか?
今回のトピックとして出しておくのは、GTDのよくつまづくポイントに関してのレビューです。レビューがなぜ躓きやすいのかというと、「結局何したらいいの?」というのが、明確に示されていないからです。いやいやそんなことないよ、やってきた内容を見直して収集すればいいんでしょ? と仰るかたもいるかもしれません。
確かに実際そう言われるとおりです。見直しを行い、収集ステップを再度行って処理ステップ整理ステップを順々にすればよいのです。だのに、なぜそれだけなのに不安が付きまとうのか? なぜならそれは、至極当然の作業をやっているだけで、レビューとしての効果がわかりにくいからなんじゃないかなと思います。
勉強会では、「レビューとして何をするかが決まっていないから」という理由を説明しましたが、その先にある本当の理由は上記のようなものなのかもしれません。
レビューの効果は一体どのようなものか?
例えば、そうめんがあります。私がそうめんをゆでる時、差し水をします。差し水は、そうめんをゆでて、お湯が沸きあがって鍋からふきこぼれないように入れる水のことです。差し水を忘れてしまったらどうなるか? もちろんお湯が沸きあがって鍋からふきこぼれます。
さて、GTDのレビューとは、差し水のようなものです。つまり、タスクで管理があぶれる前に、差し水=レビューをすることで、タスクにあぶれることを防ぐ役割があります。黄信号だった状態を緑信号にするのですから、効果という点では理解はしにくいでしょう。一度赤信号になったことがある人間が、その赤信号になる前に緑信号に戻すことがよっぽど楽だ! と気づいた時に、ようやくレビューの効果を体感することができます。
つまり、一度しっちゃかめっちゃかにならないと、GTDの良さは体感できないということです。実際は反対で、しっちゃかめっちゃかになった人がなんとかそれを防ぐために編み出したのがGTDですが。
とはいえ、効果が理解できようが理解できなかろうが、作業はしなくてはなりません。だったらどうするのか? 何をもってレビューしたとするのかを決めてしまいます。
レビューする=決めた作業をクリアする
レビューの効果について説明した通り、レビューは何かを達成するためにする作業ではなく、何かを防ぐためにする作業です。この場合、どういう状態になったらレビューは完了したとは、言いにくくなります。そこで、レビューでは、状態ではなく実施する作業を決めてそれを行うことで、レビューの完了とみなします。
例えば、ピアノの練習や体力訓練がそれですね。効果云々は考えずに、1曲につき5回引いたら完了、腕立て伏せ50回で完了、という風に決めてしまいますよね。レビューもその取り扱いでいいんです。
で、実際の具体的なメニューは何がいいの?
となると、GTDのレビューで、腕立て伏せ50回に相当するプログラムメニューは何かが問題になってきますね。今回の勉強会でも列挙してみました。
- リストの最新化
- 終わったものは消しこみます
- もちろん、収集ステップをやると尚よろしいです
- 机の掃除
- 埃が視界に入ると、本来取り除かれるべき存在なのに取り除かれてないと判断し、視界に入る毎にHP1削るような微弱なマイナス影響があると、私は考えています。
- そんな屁理屈はともかく、机がきれいになると、作業した感がアップします。見た目的に。
- 物理資料を整理する
- 会社ではプロジェクト資料に相当しがちな物理資料。捨てる・しまうの処遇をはっきりさせます。
- これを実行する前には、全体的に物理資料の管理ルールをはっきりさせるというのが大前提にあります。
- ちなみに私は会社では、だいたい1プロジェクト=1ファイルで取り扱い中です。
- 交通費の精算をする/工数入力をする
- いわゆる、定期的にすると望ましいとされる、会社の事務作業です。
- ちなみに、レビューに取り込む前の工数入力は、1ヶ月分を1時間×1回で処理していました。
- 今はレビュー中平均1週間分を10分×4回になりました。
- PCのデスクトップを何もなしにする
- 私はデスクトップには何も表示しないおうにしています。
- 忙しい時は何かとデスクトップにとりあえず置きが発生しがちなので、週一回掃除をして何もない状態に戻します。
- 財布精算をする
- これは個人的な財布の精算作業です。どれぐらい使ったかを把握するのに、だいたい1週間単位でお金とレシートをチェックします。
- 昔は1日単位でやってました。
- Projectのまとめを書く
- 上司に現状のタスクの状態を説明するかのごとく、状況をまとめて記入します。実際文字にするのがポイントです。
- つーか、昔上司に週次報告していた延長でやっています。
- 個人的にはこの作業がものすごく役に立っていると思います。
- カレンダーを同期する
- 会社用のスケジューラと、自分が持っている手帳のカレンダーとで、項目を合わせます。
で、これを徐々に増やしていくわけです。腕立て伏せだって、1日50回を最初からできないです。最初は1日10回から始めて、だんだん余裕が出てきたら20回、30回と増やしていくものです。
レビューでもそれと同じように、だんだん扱う作業を増やしていけばいいのです。
GTD初心者のレビューのプログラムメニューは?
GTD初心者は、レビューもそうですが、レビューを習慣化させることが第一にあります。そこで、レビュー作業自体は最低限のものを実施するのがよいと思います。例えば、以下のよう