Monthly Archives: 6月 2009

昔は話すつもりはなかった。

 

会社でGTDの紹介をした。先は遠そうだ。

昔のことを思い出していた。自分なりにいいことやまとまったことがあったとしても、これほどまでには伝えることに努めていたことはなかったなと思う。多分昔の私なら、これぐらいでゲームオーバーになっていた気がする。

一生懸命なのをあざ笑う自分にはどう対処したらいいものか。

会社でGTDの紹介をした。反応はかんばしくなかった。へこむがまぁ仕方がない。友達に意見を聞くと、それが妥当な状況だと言って少し安心した。

GTDの基本的な部分は問題解決には何の寄与もしてくれない

GTDで問題解決に貢献するのはナチュラルプランニングだ。ナチュラルプランニングは一番てっとり早い問題解決の方法を示してくれている。しかし示してくれてはいるものの、結構抽象的で、使いこなすにはいろいろ訓練が必要な代物だ。

一方、ステップやリストに代表される、GTDの基本的なシステム部分は、問題解決には全く寄与しない。

GTDがうまくいかない記事を読むと、一体どの部分がGTDで解決できなかったのかと、いつも純粋に気になっている。というのも、GTDで解決してほしいと思っているその部分は、もしかすると、GTDでは解決しない部分かもしれないからだ。

期待が高まると、あんなことやこんなことができるだろうと、いろいろ妄想を膨らませてしまう。かく言う私も、ホームページビルダーに自動的に更新履歴のページができるものだと期待を膨らませていたが、それは期待しすぎて紹介記事を読み間違えた結果だった。実際にはそんな高度な機能は持ち合わせていない。(もし、そんな機能ができると知っている方は、是非ともご連絡ください)

そんな風に、GTDも思われてるんじゃないかなーとちょっと思ってたりする。

で、しばらくして気がつくわけだ。そうだよな、GTDはただのリストだもんな。実行してくれるわけじゃないんだよな、って。ある種のもの悲しさと共にショックを受けるのだ。これ、何なんだろうね?

GTDがステップとリストだけなんですよって、今更当たり前のことなんだけれども、私は何かヘンなショックを受けた。「私はしろって言った訳じゃないわよ。あなたが勝手にしただけで」って言われてたような気がしたんですよ、その時は。

あの裏切られた感(敢えてそう言おう)は、例えば初めて補助輪なしで乗ってて、誰かに補助して自転車を漕いでたつもりだが、実は誰も補助してなかった時に感じる、ヘンな裏切られた感と似ている。

まぁ補助としてのGTDに頼ってたんですね。それが実は、自分がどうするしかないってことをまざまざと当てつけられるのですよ。

話を戻そう。

サッカーの試合の時には、誰も実行リストをもってないのと同じように、緊急の場合は作業することが最優先させられる。

緊急の作業は、そんな状況と同じだ。GTDのリストは必要がない。GTDは数あるタスクの中で、どこから手をつけたらいいのか迷った壷の底に、蜘蛛の糸をつるしたようなものだ。GTDが一番効果的に利用される状況を考えれば、緊急時にはGTDが全くあわないのは道理だろう。

 

自分コメント

  • 結論に至ってない。

面倒くさいからまとめたくなるゼ病が勃発しはじめた。

javaで言うところのガベッジコレクションの時期がやってきた。

EvernoteとDropboxで集約することの楽さ加減を知ってしまい、集約する範囲がだんだん広がりつつある。現状がまだ最適な状態になってないというのに、どーーーーしても、以下の二つをまとめたくて仕方がない。

  • 写真
  • 音楽

音楽は、会社の方のPCにも入れておくので、作業は二度手間、管理も二度手間。そうでなくとも音楽はそこまで整理癖が出てないので、もうちょっと気楽に管理がしたいと思っている。

写真は既に崩壊気味で、写真を保存するサイクルが全く作られていないという有様。保管するなら保管するで、もうちょっとなんとかならんかなーと思うあたり。

EvernoteとDropboxのどっちかで、管理できんものかと最近思っているこの頃。だが、以下のことが気になってちょっと躊躇してる。

サイズ。

 

Evernoteに画像を取り込むのは、非常に魅力的なんだが、現状67MもあるこのDBサイズがもっと大きくなるのかと思うと、クライアントがちゃんと動くかどうかが不安でしょうがない。今ですら、入力としての機能は、入力する快適さ、という点では壊滅的だというのに、検索することだけでなんとかなるんだろうかという恐ろしさがある。ガクガクブルブル。

あーでも、上記の写真と音楽は、どっちかっていうとストックレベルのデータだからDropboxの方がいいのか。

ストックレベルは、よく言われるフローとストック、のことを指す。そこらへんは、Lifehacking.jpさんの所でよく言われてるので、そっちで知識保管してください。

 

じゃあ、Dropboxで! と思うわけだが、こっちもどうしても気になる点がある。

同期時間。

仮に50Gを契約したとしよう。そうすると、50G分をクライアント別に同期する必要があるんだが、その時間を考えると怖くて怖くって! SVNだったら、リポジトリポイントが自分で好きにできるけれども、Dropboxはまだそういう機能はないし、そもそも多分作らないだろう。あれは、SVNの「同期だけ」がしたい人向けなんだろうからな。だから、ディレクトリ移動したら別の履歴が残るとかも多分しょうがないと思ってる。

だがしかし、SVNとかリポジトリ系サービスを知る私としては、ちょっと微妙な気持ちになってくる。50GストレージでSVN立てればいいのかそうか――それでいんじゃね? 駄菓子菓子! 面倒な作業を思い出すとちょっとどうかなと思ってくる。50Gストレージ+SVN+DB許可レンタルサーバを探すのとか、インストール作業とか、メンテナンス作業とかを思い出すわけで、そうすると、多少の不満をかぶってDropboxでいいんじゃないのかとスタート地点に戻る。いいのか。いいのか? いいのかもしれん。。

古典を読んでない人への不信感

外国人が、かくも誰か昔の賢人の言葉を大切にしており、なおかつ好んで引用するのか不思議に思っていたが、某会社の本棚が紹介されていた時に古典がないという話を聞いて、ああ、と納得した。

ブログに統一した理由

ブログを書かない時期 – blog.yuco.net

中断する以前はなんの本を読んだとか、どこに行ったとか、そういうことを書いていたわけなんだけれども、そういうことをいちいち文章化して、公開する手間をかけることの意味というのが自分でもちょっと分からなくなっていた。

Draftsを作る時は若干悩んだ。若干だけど。なんでRSSを流さずに公開する理由があるのだろうかとかいろいろ考えたけど、最近は一重にこの理由に帰着した。

めんどくさいから。

 

  • 自分の考えた内容を文字で残すのはいいんだけど、どこに書いたか考えるのが面倒くさいから、ブログに統一した。
  • 書いたはいいけど、他にもいろんなところに書き散らしていて、どれが正の情報として取り扱えばいいのか考えるのが面倒くさいから、ブログに統一した。
  • 自分宛てメモと他の人メモとで区別して書いてると、後から関係性がわからなくなってうざくなって調べるのが面倒くさいから、ブログに統一した。
  • 自分宛のみに出すことなど! とか言ってるけど昔はその方針だったじゃない、だからなんでも出してもいいんじゃないの、他の人とケンカしなけりゃいんでしょ。これは見せる見せないって考えるのもー面倒なんだよ! で、ブログに統一した。

 

とにかく面倒なんだ。どこに統一すべきか、という問題はあったんだけど、なんだかんだと管理しやすく検索しやすく、既にそのルールが統一されていると、やっぱりブログが一番だった。他の理由も作用して、それでブログに統一した。

誰かに何かを言いたいということがハッキリしている場合は、こういう管理方法は難しいかもしれない。秘匿主義もなかなか難しかろうに。

– ここまでで12分

私自身も、今の私だから余裕を持って運用できるからこそ決められたと思う。自分の書く内容が特に問題なく、影響範囲がさほどでなく、どのように見られたいという気持ちからずれることもなく、誰かしらのマイナスに然程なることなく、それでいて独立して特に意識を傾けることなく転がせられる達磨のように、見られることを放棄できたならば、そこは新たなMy spaceとなるだろう。

そういえば電車は私のMy spaceだったな。

– ここまでで23分

自分コメント

  • やはりまとめようとすると時間がかかるなぁ。今後はDraftsではまとめることを考えないようにしないと。

ライフハックス勉強会メモ

フロイトの心理学のトラウマと海馬の関係は何か関係性があるのでは、というのが佐々木さんの気になるところなようでした。

以下思いつきメモ。

 

海馬は記憶を作る機関。

→ストレスがかかると、そのストレスばかりがかかって、海馬はストレスの記憶ばかりを作ってしまう。

→その記憶を軽減させるために、海馬自体は記憶を作る機能を制限させる。

→海馬の機能減少のため、セロトニンが減って、いろいろ体に支障がきたす。

→そうすると、他の記憶が全くできず、バランスがとれていた最近の記憶内容がトラウマ記憶ばかりで、何でもトラウマ記憶につながっていく(これはそのまま水が集まるままに)

→最近の自分の記憶や行動の記憶が減る。

→現在進行形の自分の記憶が減るため、自意識が減り、正常な判断も減る。

→正常な判断がさらにできなくなり、悪のスパイラルへ。

というのは聞いてて考えたサイクル。

 

フロイトの心理学にはあまりでてこなかったんだけれども、ストレスというのは、なんだか大きい石ころみたいなもので、それで正常な記憶を思い出す経路をふさいでいるような気がします。

そのため、正常な記憶を思い出すことができず、今までの前後関係の情報を引き出すことができずに、近視眼的な物の見方ばかりになってしまうんじゃないのかなーとも思ったのでした。

また、療法の中で、昔の記憶を思い出し、その中でよかった記憶を広げるというものがあったが、これが、昔のよかった記憶を思い出すことで、正常な記憶サイクルを活性化するような感じを受けました。

石ころ自体を直接どうすることかは難しいので、周りからせめていくような感じも。

正常な判断をふやすために、昔の記憶を思い出すこと・よい思い出を思い出すことで、自意識の回路を活性化させるといったような。

参考図書メモ。

難しい性格の人との上手なつきあい方
フランソワ ルロール, クリストフ アンドレ
紀伊國屋書店 ( 2001-03 )
ISBN: 9784314008853
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

「うつかもしれない」 – 調べたけど、なんだか間違ってるっぽくて本を特定できなかった。

効くインタフェース・効かないインタフェース

私は言葉は速攻性のないインタフェース。友達にはそうではないらしい。

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