Yearly Archives: 2007

うまく時間管理を行うのはともかくとして、複数の案件をつつがなくこなせるようになる現実解

自分をつくる:其の1.うまく時間管理を行い複数の案件をつつがなくこなせるようになる:DESIGN IT! w/LOVE」さんところの内容について、うんうんと思ったところと、うーんと思ったところについて。

うんうんなところ

抱えている仕事の種類を全部把握しておくこと

 「どうしたら数多く抱える仕事を、中途半端にならずに進められるか」といったところの対応策として「自分の手持ちの仕事を常に把握しておく」というのはすごく納得のいった所。GTDではこれがプロジェクトリストになる。

 どうしてこういうプロジェクトリストが必要になるのかというと、完了するまえに一気に作業ができず、作業が散逸してしまい、進捗を確認するために簡単に思い出すものが必要になるから。
 牧場の牛だってタグをもっているのは判別しやすいから。脳の中でも他の情報と混ざりやすく、そして見つけるのが大変だ。だから、分かりやすいようにリスト化する。

抱えている仕事のエンドを抑えておくこと

 「案件ごとのスケジュール管理だけでは足りない」という対応策には「あらゆるところに終わりを視覚化しておく」というのももちろん同意。

 あと、どういう状況になったらOKなのか、というエンドの定義をしておくことも必要。障害対応とか問い合わせ対応だったら、お客さまにOKを取れたとかそういうことになる。とにかく、ゴールテープがどういうものなのかは具体的にしておかないと、いつまでも終わった感がしないというより、そのプロジェクトがいつまでたっても終わらない。

 プロジェクトといっても、自分で管理するプロジェクトなのだから、自分の役目が終わったところで、自分の中でのプロジェクトは終了する。

 他の依頼ごとだったら、相手の考えているエンド、どういうものがほしいのかは確認しておくことは必須。相手のゴールイメージを実現化することが自分の役目だもん。

うーん?なところ

 上記二つはとっても頷いてて、そう!そうなのよ! とか机を叩いて大きく頷いてたんだけれども、「時間空間内のタスクのレイアウト力」という部分はちょっとあれー? みたいな感じなのだった。

 といっても、タスクのレイアウト力、というのがあんまり明確になっていないので、そもそも、あれあれ、と思った部分が本当にあーれー? な部分なのかどうかもすら疑わしい。

 予想として、レイアウトで思い出すのは、(1)タスクを誰に割り当てるかどうか、(2)案件の状態を考えつつ、どういう順番でどういうタスクを実行するのか、という2種類のアクションが考えられる。私が思ったのは、(2)の部分であるのかなと思った。

レイアウト通りに終われなかったら?

 いろいろ、時間空間をレイアウトするのに不安な要素を考えてみたんだけれども、結局はレイアウト通りに終われない場合はどうしたらいいのか、という問題がある。レイアウト通りに終われないのはどんな時か、というと例えばいろいろある。

(1)突然の腹痛でパフォーマンスが一気に下がり、作業が時間内に終わらなかった
(2)交通費の精算が今日中であることを思い出し、想定していた作業ができなかった
(3)締め切りが前倒しになり、想定していた作業ができなくなってしまった
(4)30分で終わる予定だった相談が、なぜか延びて1時間以上も。。
(5)メールの対応に追われた。思いの他時間が消費された

 といったことが挙げられる。これらは全部、想定していたタスクがオーバーフローした場合のことばかりだが、もちろん反対に、必要なタスクが案件がポシャってやる必要がなくなった、とか思いの外はやくできてしまった、とか思っていた時間より少ない時間で終わることももちろんある。
 時間をデザインしても、状況は刻々と変わるので、デザイン通りに動けない、時もある、というか多い。

 この時間にこれやって、とかこれを何分で終わらせて、とか時間のデザインは私もよくやってたんだけれども、ことごとく駄目だった。そりゃそうだ、予定は自分がアクションを行う予定しか想定してなくて、誰かが自分に対してアクションすることなんて想定してないし想定できるはずもない。

 じゃあどうすんの?

 そこで、GTDだとNextActionリストが有効になる。NextActionは、タスクの分析ができて、実行可能な状態までに細分化された作業そのもののみが入っている。やり方がわかるものだけここに入ってる。刻一刻の変わりゆく状況と照らし合わせて、自分のできそうなものを、NextActionから選んで実行する。昼間で後10分ならメールの返信をしたり、昼の眠い時期は事務作業にあてたり等々。もちろん、真っ先にしなきゃいけないものは、優先してそれを実行すればいい。

 結局のところ、プロジェクトが進むのは作業ができたかにかかってる。

まとめ

 というようなことを、ページを見て思った。うーんと思った部分は、あんまり外部環境の影響があまりない人だったら、この考え方は、シゴタノ! さん所でも実践されているようだったし、充分かとも思う。でもそれがうまくいかない人も一部にいるということをアピールしてみた。割り込みが多い人、やることに対して時間が少ない人だと、レイアウトするだけでは足りないかなと。まぁ人によりけりっちゃよりけりやね。
 それにしても、レイアウトがうまく実行できない不安要素は、「効率を上げるのには限度がある。 | works4Life season IV」の内容とかぶるなぁ。。

ユースケース 1日の始まり、1日の終わり

1日の始まり

 GTDシステムを立ち上げるとDashboardが目に入る。Dashboardには日のはじめに確認する必要のある項目が全て表示される。DashboardにはDaily用に確認するべき(以降DailyReview)チェックリストと入力フォームが存在する。
 ユーザは、DailyReviewのチェックリストに従い、項目を確認したり入力フォームを満たすことで、今日すべきことと今日の行動イメージを確かめられる。確認する際には、同じGTDシステムを確認するため、Dashboardは別途切り分けて表示することもできる。DailyReviewのうち3つの重要項目を決める部分がある。この3つの重要項目は、同じDashboardに表示されているNextAction項目をD&Dすることでアサインできる。
 Dashboardにはその日のDailyReviewが表示される、次の日になれば自動的にその日のDailyReviewが用意される。このDailyReviewは日ごとに一つのノードとして取り扱われる。ノードはDashboard以外のリストからでも確認することができる。DailyReviewは基本的にその日を過ぎるとロックがかかり、編集できなくなる。ロックをはずせばもちろん編集は可能(基本アイデアはEverNoteのロック)。またDailyReviewはテンプレート化されており、後から自分で修正することができる。

1日の終わり

 一日が終わると、Dashboardに戻る。
 Dashboardは、一日の終了後で1日の始まりと変わる部分がある。3つの重要な項目だ。この部分には具体的なNextAction項目がアサインされるので、実際の完了したかどうかのノードが、ここでの表示に反映される。見事3つの重要な項目が完了されると、その日は上々である、といった按配だ。
 そして今日のコメントを書いて簡単な振り返りを行い、今日の日は終わり。
 DashboardのDailyReview部分は、もちろん自分で次の日を表示することも可能。だから、1日の終わりに、先に明日の「1日の初め」を始めても問題ない。今日のできる部分をやっておいて、明日に残りのチェック項目を実施する。

1日の初めにDaily用に確認するべきこと

 Daily用にその日のブート作業として必要なものは、以下のようなものを想定している。

(1)今日の予定を確認する(カレンダー項目)
(2)時間をトリガにして開いたアクションを確認する(期日の決まったAction)
(3)近々やってくる予定(1週間)を確認する(カレンダー項目)
(4)昨日からのアクションを確認する(実行可能なAction)
(5)メールを確認する(メールからInbox項目を拾う/分類/整理)
(6)今日のざっとの行動イメージを作る(朝、昼1、昼2ぐらいのスパンでどれをやろうかを考える)
(7)今日の3つのタスクを決める(これだけはやっておこうと思うものを3つ決める、実行可能なAction)

 上記作業より、DashBoardに必要なものをあげると、以下のような感じ。

・今日のカレンダー項目が表示された今日のスケジュール(24時間スパン)(1)
・今日に有効なアクションリスト(2)(4)(7)
・近々のカレンダーリスト(3)
・メール機能、もしくはメールを立ち上げるショートカット機能(5)
・メールデータをキャプチャできる機能(5)
・行動イメージ(6)

 1日を過ぎて仕事が終わる場合はどうするのか? 自分が一日を区切る時間を決めることができるようにする。2時ぐらいで作業が終わるのであれば3時に設定する、とか。

宿題

・Lifehacking.jpさん所でブート作業の項目があったのでそれもメモに追記すること。
・テンプレートの取り扱いのイメージを拡げる。
・実行作業時に実行キューのイメージを書く。

GTDツール作成のカテゴリを仕切りなおしします。

 このカテゴリはもともと自分の素敵なGTDツール(しかもオフライン)がほしいと思って、その構想メモ用に使いたいと考えていました。

 が、あまりに壮大な目的を掲げてしまったために、いまいち入力に気後れしていました。
 また、自分自身がツールを作り上げるとも想定できず、そもそも到達できない目的に対して時間を割くこと自体も嫌がっていました。

 なので、ここで一旦仕切りなおしをします。

 で、ここのカテゴリの目的は、とにもかくにもこういうツールだといいな、と思ったメモにしようと思います。ステップとしてはアイデアの収集です。

 アイデアの収集は、自分が今まで触れてきたツールの総決算として、こういうツールがいいと思ったイメージを書いたり、あのツールではこういう問題点があったからこういう風に新しいツールではほしいな、といった部分をとりあえずまとめてこのカテゴリに突っ込むことにします。

 仕切りなおしてどこが違うのかというと、目的がツールを実装を含めて作ることから理想のツールにほしいアイデアメモを収集することへ、エンドが前回が決めていましたがこれを一旦エントリ数で区切って見直すことへ、の二点です。ひとまず50エントリあたりを目指してインプットしていこうと思います。

 

効率を上げるのには限度がある。

効率を阻む要素

どうしても調子の悪い時間はある

 
 気分が滅入っている、好きなスポーツの好きなチームが敗退した、等の心理的状態で、効率ががくんと落ちることはある。

体調に依存する

 二日酔いで調子が出なかったり、お腹が痛くて目が回ることはある。こんな時に効率の話をされてもしょうがない。

思考等の効率重視ではない作業もある

 いいアイデアを出そうと思っても、効率重視でできたら問題ない。問題は出てくるかどうかじゃないのか?!

存在重視の時間もある

 ミーティングは出なきゃいけないんだよ。出ることが大切。

 といった要素があって、効率が効率が、といってもどうしても効率を保つことができない場合もある。
 しかし、一体私はどこから効率を重要視し始めたのだろう?

そもそも効率を重視する目的とイデアの公式

 ちょっと考えれば効率がうまくいかない場合があるのに、どうしてこんなに効率のことを躍起になるように考えたのか?
 目的はただ一つだろう。早く家に帰りたいから。現状、そんなに早く家には帰っていない、どうして? 効率よく時間を使っていないから。だったら効率よく時間を使ったら9時5時で仕事がおさまるんじゃない? なら効率だ! といったような按配で、私は効率を重視するようになった。
 その時考えている公式はこんな感じ。

 やる作業=作業効率×時間

 このうち、時間は9時5時の7時間で確定だから、となると作業効率を上げるしかない、ということになる。
 でも、現実の世界はこの公式だけでは成り立っていない。

現実世界のプシケの摩擦要素

 やる作業=作業効率×時間

 これで、今日できる作業というのがどれぐらいから見通しがたつ。のだけれども、他にもいろいろ現実世界にはやってくる。

(1)そもそもやる作業が増える。

 つまり割り込みタスクが入るということだ、しかも優先的にやってほしいことで今日までにとか明日までにとかざらに言われてしまう。かなしいかな、本質は割り込みタスクではなく割り込み型のタスクであって、本来はすべきタスクであるということだ。

(2)作業効率に、体調等の要素が関係する

 効率を阻む要因の一つに体調というものがある。状況は逐一として変化する。効率効率といっても、心身ともに健康でなければ効率はうまくいかない。となると、自分が不健康であれば、上記公式はそもそも成り立たない。

(3)各作業に対して、活性化効率が異なる

 作業によっても、このぐらいの効率でやるのが一番やりやすい、というものがある。どの道でもアクセル全開がベストというわけではない。事務作業に頭を動かしてもエネルギーがもったいなくない? そういうことだ。

(4)作業から作業に移行する際のインターバルが発生する。

 時間は7時間で固定と書いてあるが、休憩時間や作業移行時に発生するインターバル時間は加味していない。つまり、利用可能なのは実は7時間たっぷりというわけではないということだ。

 これらのように、現実世界では、公式が正確に成り立たない要素が存在する。何よりエネルギーは有限である。仕事に全力を傾けるのはよいが、アフター5に使い物にならなければ、人生という仕事がうまくいかないのではないか? 何もアフター5じゃなくてもいい、次の日の仕事にエネルギーが100にならなければ、次の日は効率よく働けるのだろうか?

GTDによる対応策

 GTDはエネルギーを管理する、といっていたのであるが、当初この意味がどういうことを示しているのか計りかねるところがあった。

(1)の対応方法 - GTDリストで再リスケ

 割り込まれたタスクが今すべきかどうかは即時に判断する。新しいタスクがアサインされたとなると、あぶれるタスクが存在することも確かだ。それは、GTDリストを見て、明日に回しても問題ないものを選ぶ。
 予定は守るためにあるのではなく、判断するために必要なのである。

(2)(3)の対応方法 - コンテクストにそったActionリストを用意し、エネルギー量にあわせて実行する

 ミーティング後で疲れた頭で、資料を作るのは得策ではない。あまりエネルギーを使わないような、事務処理や資料読みに当てるのが妥当と思われる。
 そこで用意しておくのがコンテクストにそったActionリストだ。この中で、電話ぐらいなら、メールの返答ぐらいなら、といった作業の概要を見てできそうなものを選ぶ。
 エネルギー量じゃなくても、時間が10分くらいしか余ってない時にも、このActionリストから選ぶのは役立つ。ミーティングまであと10分ぐらいならちょっと電話ぐらいはできそうだろう。
 また、同じタイプの仕事を続けてやることはエネルギーを効率よく使うことでもある。全く別の作業をやるより、似た作業をやる方が、やりやすい。

(4)の対応方法 - インターバルがあるのは当然である

 効率化の問題で、インターバルは避けられない問題である。しかしながら、仕事が変わるのならば、そのインターバルはどうやっても発生してしまう。だから、ここはインターバルはあるものだ、と受け入れる方がよい。何事も息継ぎが必要だ。
 問題は、終わった作業から次の作業に取り掛かるまでやたら時間がかかってしまうことだ。これをどうにかしてほしい! これがぐずぐず病というものだろうか?!
 というわけで、(4)についてはうまい対応方法が私の中で出ていない。
 インターバルを狭める方法という意味では、コンテクストの似た作業を連続して行う、というのがそれに当てはまる。似た作業なので、特にあまり考えずとも次の作業に進むことができる。
 あとは、作業の順番を予め決めておくくらいしかアイデアが出てこない。。

まとめ

 効率を重視してしまうと、稼動時間を正確に分単位ではかったり(私だ)、休みの時間が悪に見えてきたり(私だ)、インターバルの時間が極悪に見えてくる(私だ。。)。

 休みは必ず摂るべきものだし、仕事がこまごますると、インターバルが生じるのでパフォーマンスが下がってしまうは仕方がない。

 時間が少ないから、効率よく仕事をするのはいい。でも突き詰めてもそれはそれでハッピーになれるかというとなれない。私たちはロボットじゃないんだからそんなにどんな状態でも効率を最大限出せられるわけじゃない。
 じゃあどうやったらハッピーになれるのか? だったら効率の意味をちょっと変えればいい。限りある現状の出しうる効率を有効に使って動こう、これだって効率を上げるのと変わらないじゃないのか? そんな視点からやり方を考えてみてGTDのリストを振り返るのもいいかもしれない。
 
 今の自分の状況に合ったできる限りのことをやる、それでいいじゃないのさ。

WeeklyReport 2007/09/30

現在の使用アイテム

 現時点での使用アイテムを以下にリストアップします。

  • Inbox – アナログ(Rhodia No.11)・デジタル(FitzNote)
  • Action/WaitFor/Projectリスト(会社用) – デジタルに統一(FitzNote)
  • Action/WaitFor/Projectリスト(家用) – デジタル(EverNote)
  • WeeklyReviewチェック用リスト(会社用) – デジタル(FitzNote)
  • プロジェクトファイル – デジタル(FitzNote)・アナログ(マニラファイル)
  • カレンダー – スケジュール帳
  • References – デジタル(FitzNote)・アナログ(マニラファイル)

 粛々とEverNoteの使い方を見つつデータの登録だけは頻繁に。

WeeklyReviewでやったこと

 仕事のパーツ自身は大きいので、特にリストの最新化に悩む程ではないのでこまめに最新化をしているので、Reviewする程にはいたらず。
 個人作業の法はそれなりにActionリスト以外のことは割りと積極的に動いているのだけれども、Actionリストに書いてる方はやんないね。これをどうにかしたい。ってレビューじゃないよコレ。個人の方ももうちょっとまじめにするように再見直したいところ。

今週の感想

続・EverNoteテスト中

 データの登録をしながら様子を見ている。カテゴリ設定がまだ確定していないけれども、特に不満もないのでこのまま続行予定。
 カテゴリ、プロジェクトのデータとの付き合い方が今後の課題。

読書の秋

 図書館に行ったり積極的に本を読むようになってます。データ管理はdiigoを使用。かなり便利。

集中と無意識とエネルギー量について

 GTDはエネルギー管理できるとかあったけれども、実際どんな部分がエネルギー管理しているのかを知りたくてちょっと考えていた。それの派生として、集中できるとはどういうことかを考えていたんだけれども、それは無意識の状態であって、自分の頭の中で言語化するわけではないよね、言語化するとむしろダメだよね、そしたら言語化しないというのはエネルギーの低い状態なのか、って最近思うようになった。

『いつまでもデブと思うなよ』レコーディングダイエットはGTDと似ているのか?

 もともと、404 Blog Not Foundさんところの書評を見たのがきっかけの本だったのですが、GTDとやり方が似ているとのコメントがあったので、俄然気になって読みました。
 以後、反響が大きく、いろんな所で書評を見つつ、本当にレコーディングダイエットとGTDは似ているのかなぁと改めて考え直したいと思い、ちょっとその周辺をまとめました。

本の所感。

 読み物としても、またダイエット本としても非常に楽しく読めました。
 レコーディングダイエットについても、なぜそれをしたかの経緯が書かれてあります。また第1章のダイエットに関する比較についても ダイエット=投資と考え、それについて各ダイエットについてのリスクとリターンの観点から比較していることが、今まで見たことがなかったので、それが非常に興味深かったです。
ネットでの書評。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50894513.html
私が一番初めに見かけたのは、この書評でした。

「著者はダイエットを超えた、肉体ハックを手にする。その方法がGTDと全く同じだというのが面白い。とにかく記録を付ける。それだけで、体は勝手に節制をはじめる。」とあるように、レコーディングダイエットとGTDが似ていると指摘しています。
 が、それについてはあまりフォーカスはされておらず、本書が面白いのは、どうしてダイエットをするようにしたのかが書かれてあるからだと説明していました。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/08/post_1ac4.html
 極東ブログさんの書評では、ポイントは二つほどあって、ラベリングの妙、ダイエット成功への懸念点といったことがありました。どちらの点も、私にも納得できる所で、特に後者の成功できる確率は低いのではという指摘が面白かったです。
 確率が低い要因には二つあるとのこと。
 要因の一つ目には、飢餓感との問題があり、これを超えるために非常に難しいということ。これについては、どのダイエット方法でも同じ経路をとる必要があるだろうから、これは何もレコーディングダイエットに限った要因ではないでしょう。
 要因の二つ目には、自己認識の問題があるとのこと。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070921/135667/?ST=nboprint
 NBOnlineの書評は、404 Blog Not Found さんのブログを受けて、レコーディングダイエットとGTDが似ていることを非常に取り上げており、ニューエイジ的自己変容願望がGTDへと繋がる、といったような世代的な位置付けを展開していました。
 『日常作業の効率化という卑近なハックからいきなり「よりよき人生」にすっ飛んでしまうGTDと、オタキングの「レコーディング・ダイエット」は、その「中抜き=お手軽」ぶりにおいても、みごとに相似している。』と評されていましたが、実際のところ、手軽ではないです。実践を継続するには、かなりの困難を要しますが、食事制限をするよりかはお手軽である程度です。やっぱりつらいのには変わりありません。レコーディングダイエットが成功できたのは、熱中するとマメになるオタクな岡田さんだったから、と私は思っています。 

 いろんな見方で評されていた本書ですが、私が注目した点は二つです。レコーディングダイエットとGTDが本当に似ているのかという点、そして、どうしてレコーディングダイエットはリバウンドがしないのか、という点です。

ダイエットとリバウンドの問題

 リバウンドを制するものはダイエットを制する――ダイエットにはリバウンドがつき物です。華麗にダイエットを成功したとしても、リバウンドでほとんどダイエット前と変わらない状態に戻ることはよくあります。ダイエット方法が数多あるのも、このリバウンドがあるからこそで、手をかえ品をかえ新しいダイエットが編み出されるのです。

 なのに、どうしてレコーディングダイエットではリバウンドをしないのか? 私はとても不思議でなりませんでした。一体どんなダイエット方法であれば、リバウンドをしない体になるのだろうか、そもそもレコーディングダイエットのプロセスってどうなんだろう?

レコーディングダイエットの仕組み

 レコーディングダイエットは、自分の食べたものを記録する、という極めてシンプルな行動から始まるダイエットです。そこから徐々に作業を追加していき、最終的にカロリー制限をするところまでもっていくという方法です。
 考え方の基本は、カロリーの足し算引き算を明確にすることの一点に絞られています。
 レコーディングは体に吸収される食事の足し算を正確に行うことです。この記録するところがレコーディングダイエットの肝となるところで、これがGTDの収集ステップに似ているのかな、と私は思いました。
 レコーディングダイエットは、以下の4つの段階で構成されます。

  • 助走 – 食べたものを記録
  • 離陸 – 食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録
  • 上昇 – 一日の摂取カロリーを決め、それを守りながら食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録
  • 巡航 – ダイエット法を併用しつつ、一日の摂取カロリーを決め、それを守りながら食べたものとカロリー、体重・体脂肪率を記録

 フェーズを進む毎に、やることがだんだん増えていきます。上昇のタイミングで、初めてカロリー摂取の調整に入ります。
 レコーディングダイエットが特徴的なのは、この3段階目の「上昇」ステップで、カロリー調整に入る所でしょう。他のダイエット方法は、ほとんど「上昇」ステップから突入します。これは仕方のないことかもしれません。今までのダイエット方法は、体重を減らす、という一点を主眼に置いた方法であり、総合的にダイエットを行うという視点はないからです。

 確かに、逐一記録する部分はGTDの収集ステップと似ているかもしれません。しかし、その後のデータに対しての作業については、GTDとは異なっています。GTDは処理をするためのデータを収集しますが、レコーディングダイエットは現状を確認するためのデータを収集します。なので、今までのテストの問題を全部取り出し傾向と対策をとるといった全うな受験勉強の方がむしろ似ている、というのが個人的な意見です。

しかしどうして太るのか?

 岡田さんが、レコーディングダイエットを始めた理由も、自分はどうして太っているのか、その理由が分からなかったからだと書いています。その理由を解明するべく、詳細にデータを取り、状況を確認しようと試みていました。その途中において、記録していない食事をしていることに気づいた、と本書では書かれていましたが、この気づきは非常に重要です。

 そして食事の記録をした結果、食事の内容、食事をする時間、食事の回数などがわかり、自分がどのような食事習慣だったのか、というのが白日のもとに晒されるのです。
 
 本書でも書かれていますが、太っている人の場合、食事の内容はいかにもカロリーの高そうな食事であり、食事の回数もまた多いです。内容や回数もさることながら、私自身はそれ以上に、記録していない食事があったという、無意識に食事をしている習慣自体も問題なのでは、と思いました。

 私の母親にも、体重の心配をしなければならない体型です。無意識の食事の摂取は、確かに私の母親についても似たような習慣があります。岡田さん程には無意識でないにせよ、母親はナチュラル~にお菓子を食べます。その行動には淀みがなく、息をするような無意識さで食事をします。
 食べることに対する意識の希薄さ、回数の多さが、太っている人の気になる習慣のように思います。

 岡田さんは、このレコーディングを実施するにつれて、自分の習慣というものを目の当たりにし、いかに自分が体重を維持するための行動をしたのかを認識したと説明されていました。

リバウンドのワケ、レコーディングダイエットがリバウンドしないワケ

 さて戻って、どうしてレコーディングダイエットはリバウンドしないのか? それは、上記のように自分はどうして太るのかの習慣を目の当たりにしたおかげで、他のダイエットよりも、やっぱり今までの食事がしたい! という願望から免れるようになったのではないのかと思いました。
 習慣を見直すタイミングのないまま、ダイエットをする人は、次のような気持ちを心の中に潜ませつつダイエットをしているのだと思います。

・好き勝手にご飯を食べているのに、どうして私だけが食事制限をしなければならないの?
・私は何も好きで太っているわけではない、ただ体質だからどうしようもないのだ。
・今までちゃんと痩せることもできたんだから、今回だって痩せられるし、ぶり返し太っても大丈夫。
・今の食事の習慣は、ダイエットが終わったらやめてもいいんだ
・ダイエットをしている私は、仮の姿だ
・私が悪いことなんて、一つもない
・私は悪くない
・ダイエットなんて、本当はしたくない
・今のままじゃ、私はダメなの?
・今の私は受け入れられないの?

 ダイエットをしている全ての人がそうだというわけではありませんが、必要に迫られて、いやいや仕方なくダイエットをし始めた、という気持ちの人がいる人も確かなように思います。それらの人の中には、ダイエットを全く拒否する気持ち、むしろ抵抗することさえ考えている気持ちが存在します。
 なので、ちょっとしたきっかけで、その気持ちが膨らみ、ダイエットをしなかった頃の食事習慣に戻ってしまいます。

 表面的なリバウンドの理由は、食事習慣が身についていない、ということがまず考えられるでしょう。ただ、レコーディングダイエットでは、「助走」フェーズで、自分の今までの食事習慣を見てきたので、もう帰りたくありません、という気持ちになりやすく、それでリバウンドしないようにも思います。

レコーディングダイエットとGTDの共通点

 レコーディングダイエットのリバウンドをしないことは、それは「助走」フェーズがあることだと、とリバウンドをしない理由の部分にて明らかになりました。私がポイントと思ったうちの一つはクリアになりました。さて、もう一つのレコーディングダイエットがGTDと似ているか、といった部分はどうなのでしょうか?
 確かに記録する部分自体はGTDの収集ステップを似通ったことがあるかもしれません。しかし、それ以上に似ている部分があることに気がつきました。

習慣を再設定するプロセスであること

 レコーディングダイエットもGTDも特に明言はしていませんが、両者は図らずも習慣を再設定するためのプロセスになっています。
 習慣を再設定するために必要なポイントは、現状を確認し、同じ作業を繰り返すことで何かしらを訓練します。
 レコーディングダイエットでは「助走」フェーズで現状を確認し、レコーディングを繰り返すことで、食べたものを意識的に取り扱うことを訓練します。
 一方、GTDでは収集ステップで現状を確認し、処理ステップを繰り返すことで、直ちに決定することを意識的に行うことを訓練します。
 両者とも、一旦は意識的に作業を行いますが、これを続けて行くにつれて習慣化され、意識しなくても考えの基準になるように自身の体へと融合して行きます。

同じことを繰り返すプロセスであること

 レコーディングダイエットもGTDも、基本的に同じことを繰り返すプロセスです。レコーディングダイエットは食べたものなどを記録し、GTDは所在ない「物」に対してキャプチャし、それについてどうするかを考えます。
 そういった、シンプルな作業を繰り返し行う内容であるといった部分も、両者の共通点ではないかと思います。
 同じことを繰り返すプロセスであることは、これは習慣化することにも一役買っています。単純な作業でなければ、習慣化は難しいからです。

レコーディングダイエットに書かれていないこと

「助走」フェーズで食べる罪悪感から解放する

 「助走」フェーズが食事を見直す位置づけにあることから、実践する際には重要なポイントがあります。
 ダイエットをしようと思う人は、そう思い至る程なのですから、自分の食事習慣がちょっとダメだなぁという自覚があります。でもほんのチョットであります。
 ですが「助走」フェーズでは、その食事習慣を自分の身を挺してダメだしするような状況になります。食べた内容を記録すること自体で、なんでこんなに食べてしまったんだろうと、食べること自体に罪悪感を感じるかもしれません。ですが、「助走」フェーズでは、この食べたい気持ちと実際はいけないんじゃないかと思う内実の誤差から生じる罪悪感と、実際に食事をしたことの現実とを乖離させることが目的だと考えた方がいいと思います。
 ここでは、今までの習慣を受け入れることこそが一番重要だと私は勝手に思っています。罪悪感というのは、結局の所自分の食べた内容を拒否していることと等しいので、まずは「こんなに食べたんだー」と感心するようにして、全く別の誰かが食べているログを見ているような気持ちでやってみて下さい。
 自分の感情と、食事を乖離できた時、そこで初めて次のフェーズに進んでみて下さい。

『レコーディングはすべてに応用可能な、「奇跡を当たり前にする」技術なのである』

 NBOnlineの書評では、上記部分を大きく取り上げていました。単なるダイエットの方法から、大きな技術を得たという話ですが、岡田さんの気持ちが大きくなるのも納得の行くところです。ダイエットを成功し、贅肉から解放され、月面着陸をしたかのような軽さを手に入れました。しかもリバウンドすることなく50kgの減量、昔以上に感じられる気持ちの高揚や、自由度が高くなったことに対して気持ちも大きくなります。しかし、ダイエットをして状況が変化できたことが「奇跡を当たり前にする」技術だと言うわけではありません。
 レコーディングダイエットに成功して学ぶべきことは以下の二つではないでしょうか。

・習慣によって成功体験を獲得したこと
 レコーディングダイエットはメモを取るのが 結構つらいんじゃないかと思います。 レコーディングダイエットに成功した、ということは、このメモを取る習慣を獲得したに等しいです。これは、継続は力であることを身をもって学んだということです。運動選手が強いのは、この継続の力を体感しているからだと思います。
 一度体感しているのとしていないのとでは、続けていること自体に問題を感じなくてもよいので、他のことをやり始めても、気持ちがきっと楽になるんではないかと思います。多分。

・習慣は力であることを学ぶこと
 上記の内容と似ているのですが、上記が習慣と成功が結びついたことについて学べられること、こちらについては習慣を身に着き有用であると学べられることが重要なのだと区別しています。
 この部分は、「繰り返すことが大切だ」というのを頭ではなく体が理解していることが重要なのだと言いたいのですが、「継続は力なり」という言葉はなかなかに実感できないものです。こちらは、成功できた人だけが感じ取れるボーナスみたいな感情だと考えた方が、いいかもしれません。

体形と自己認識の問題

 極東ブログさんのところでは「助走」の時点も要所の一つではとあり、大いにうなずくところがあります。というか、友人に勧めたら思いのほか抵抗にあっちゃった(えへ)。
 極東ブログさんでは、その要所となりうる理由が自己認識に関わるとありますが、実際そうだろうなぁと思います。

 「リバウンドのワケ、レコーディングダイエットがリバウンドしないワケ」で、ダイエットをする人には、ダイエットをすると宣言したにも関わらず、心に裏腹の気持ちを持っている人が少なからずいると説明しました。裏腹な気持ちは、現在の自分を守るための抵抗だと思います。ダイエットをしようと考えている人の中には、とても体型についてコンプレックスがあり、今のままの自分を受け入れてほしいという気持ちがあります。ダイエットを勧めるなどという人間は、それを真っ向から否定するようなものですから、受け入れがたいのかもしれません。

 一体どの部分に対して激しく抵抗しているかは曖昧で、人によって異なるのかもしれません。体型、もしくは食べること自体、あるいはその両方、多くにして両方を否定する者に対する抵抗のように思います。汚い部屋にしろ、内観にしろ、GTD
にしろ、レコーディングダイエットにしろ、全てをさらけ出すのは問題を明らかにする手段であり、何かしら問題がある人間には問題と真正面から向き合うことになるので、頑なに拒否するのはいずれも同じようです。
 けれども私はいいたい。明らかにすることが、あなたを真っ向から否定するわけでも、問題を解決するわけでもない。ただ実情がわかるだけであり、たった一歩を踏み出して、新たなステージへ進んでほしいな、と思うわけです。それに一回やってしまうと慣れるので、その後は内観だろうがGTDだろうが、現状を明らかにする作業には抵抗なくできるようになるでしょう。まぁそれが実際は難しいのでしょうが。。

無視できない無意識

 GTDを通じて無意識はどうしても無視できないものとなりつつある。というか、むしろ無視できないというか、やっぱりばったり出会ってしまったね、という感じ。

 自分がどんな風になしとげたいとか、どんな風になりたいかは、無意識にお伺いを立てないとわからないし、自分を極めて快適な状態に保つためにはやっぱり無意識が嫌がるものを前もって取り除かなければならない、つまりゴミだとか。
 それ以外にも、無意識とは折り合いをつけていかねばなるまい。例えば、理解。私が理解をするのは、意識がだろう、と思っていたけれども、無意識が理解してこそ、意識の理解は確定する。残念ながら、優位性は無意識の方にあって、無意識が理解を確立しなければ、意識はそれを情報として再利用することはできない。その最たる例が言語を習得することだ。
 言語の習得をするために作業をするのは意識であるが、意識が「習得した」と言ったとしても、それは全くもって出鱈目であることは明白である。意識の言語を習得しようとがんばった経過は、確かに無意識の言語を習得する結果に繋がるものであるが、意識からして見れば何か手柄を取られた気がしてならない。しかしながら、無意識が言語を習得しない限りには、「私」というものは真の意味で言語を会得した、とは言えない。
 理解だけではない、無意識には集中する上でも登場してもらわなくてはならない。言語の習得同様、無意識はここでもでしゃばる。しかしながら、集中こそが無意識の独断場であり、意識はむしろ乖離されるべき存在なのである、そして無意識は状況を最適化することで、その場で一番有益に行動できるように体中の全神経を支配下に置く。とはいえ、それが可能にするには、習得、蓄積されるデータ量、及びデータの流動的データ――つまるところの経験値が必要である。じゃあそれを誰がもたらせるのか? 意識である。

 GTDをするにつれて、コントロールするどころかもっと大きな存在がいることに気づく。GTDは寧ろ、意識である「わたし」と無意識である「わたしでない私」との折り合いをつけるもののような気さえする。

 「わたし」と「わたしでない私」が共通しているのは、データを蓄積する脳と使用できる考え方や機能である。でも残念なことに、使うものは同じでありながら、「わたしでない私」の方が断然使い方が巧い。鼻持ちならないが、曲げようのない事実でもある。

 でも「わたしでない私」は随分偏屈で、気が向いた時にしか表舞台に出てこない。だから、どうやってステージに引きずり出すか、いかに奴を引きずり出しやすくするのかが今後の課題となってくる。

 「わたしでない私」にはもう一つの利点もある。それは、燃費がいいことだ。

Page 4 of 16« First...2345610...Last »
Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes